本当の「沖縄そば」について専門店に聞いてきた
近年ではインスタント食品も販売されており、日本全国で知名度を上げつつある「沖縄そば」。一度は食べたことがあるという方が多いのではないだろうか?
しかし、では「沖縄そば」がどのような食べ物であるかと問われると、うまく答えられないことに気づく。
名前は知っている、食べたこともある。
しかし、あらためて「沖縄そばとは何か?」と聞かれると、自分が沖縄そばについて何も知らない、ということに気づかされるのだ。皆さんのなかにも、心当たりのある方がいるのではないだろうか?
東京都立川市に、3年前に開店した「沖縄そば食堂 海辺のそば屋」という沖縄そば専門店がある。
今回、「海辺のそば屋」を経営する小村俊介氏に、「沖縄そば」について話をうかがうことができた。
▲「沖縄そば食堂 海辺のそば屋」を経営する、SEASIDE COTTAGE株式会社 代表取締役の小村俊介氏
「沖縄そば」と「ソーキそば」は同じ食べ物ではない
──本日はよろしくお願いします。
小村さん:よろしくお願いします。さっそくですが、松本さんは「沖縄そば」と「ソーキそば」は同じ食べ物ではない、ということをご存じですか?
──えっ、そうなんですか?
小村さん:はい。正確に言うと、「ソーキそば」は「沖縄そば」の種類のひとつなんです。「沖縄そば」には、一般的に豚の「三枚肉」がトッピングとしてのせられていますが、「ソーキそば」は名前のとおりトッピングとして豚の「ソーキ」をのせます。
──「三枚肉」と「ソーキ」とは何でしょうか?
小村さん:「三枚肉」は皮つきの豚のバラ肉です。皮、脂身、肉の三層があるので、「三枚肉」と呼ばれています。「ソーキ」とは骨付きの豚のバラ肉のことです。
▲「沖縄すば※(並)」(690円)。トッピングの豚肉には、確かに皮、脂身、肉の三層がある。独特の食感で面白かった ※沖縄なまりを使用している
小村さん:ちなみに、「ソーキ」には「本ソーキ」と「軟骨ソーキ」がありますが、この2つは違うものなんです。「本ソーキ」の骨は硬く、食べることができませんが、「軟骨ソーキ」は柔らかいので食べることができます。「海辺のそば屋」では「軟骨ソーキ」を使用しています。
▲「軟骨ソーキ」(250円)。とろとろしていて絶品
「沖縄そば」のルーツ、「唐人そば」
──「三枚肉」も「ソーキ」も、沖縄県以外では一般的ではないですよね。
小村さん:そうですね。なぜ「三枚肉」や「ソーキ」が「沖縄そば」のトッピングになっているかについてですが、実は、これは「沖縄そば」のルーツが関係しているんです。
──「沖縄そば」のルーツ、ですか?
小村さん:はい。実は「沖縄そば」のルーツは、中国の「支那そば」から派生した「唐人そば」だと考えられています。「沖縄そば発展継承の会」が調査をして、2018年に110年ぶりに再現されました。
▲「唐人そば」のポスター
▲「唐人そば(並)」(800円)
──へえ!「沖縄そば」と違って、スープの色が黒いんですね!
小村さん:そうなんです。ただ、現在の「沖縄そば」のスープの色に変化した理由はわかっていないんです。ちなみに、現在「唐人そば」は沖縄県内のいくつかの沖縄そば屋さんで提供されていますが、「海辺のそば屋」でも期間限定メニューとして提供しています。
──スープの色だけでなく、トッピングも違いますね。
小村さん:そうですね。「唐人そば」を提供する際のルールは、沖縄そば発展継承の会が再現したスープを使っていて、豚肉と青ネギがのっているということだけです。スープに合わせるダシは自由ですし、提供している店舗によって異なる味になっています。各店舗の味を食べ比べてみるというのも、面白いと思います。
「沖縄そば」は中国の食文化から影響を受けている
小村さん:さて、このように「沖縄そば」のルーツは中国の「支那そば」から派生した「唐人そば」であるということからも分かるように、「沖縄そば」は中国文化の影響を受けた食べ物なんです。そして、「三枚肉」や「ソーキ」がトッピングとなっている理由もそれに関係しています。日本では豚をさばくとき、皮をはいでからさばきますが、中国では皮をはがずにそのままさばくんです。そのため、皮、脂身、肉の三層になるという訳なんです。「ソーキ」も中国でよく食べられる食材なんですよ。
──なるほど! 他にも影響ってありますか?
小村さん:そうですね。例えば、「沖縄そば」は“そば”という名前ですが、日本のそばとは異なりそば粉ではなく小麦粉を使用しています。これも中国の麺がルーツにあるためです。
──初めて食べたとき“そば”って書いてあるのに、そばの味が全くしなかったのでとても驚きました。
小村さん:名前で勘違いされる方が多いんですよね(笑)。
▲そば粉が使用されていない、やや黄色を帯びた白い麺
沖縄そばの麺に混ぜ込まれている「意外なもの」とは
──そういえば、「沖縄そば」には定義のようなものはあるんでしょうか?
小村さん:沖縄製麺協同組合による「本格沖縄そばの定義」というものがあります。これは「沖縄そば」の麺に関する定義ですね。例えば定義のひとつとして「沖縄県内で製造されたもの」というものがあります。「海辺のそば屋」の麺も沖縄製麺協同組合の製麺所から毎日直送してもらっている特注麺を使用しています。また、「沖縄そば」の麺は独特の風味をしていますが、この理由のひとつは、麺に木を燃やした灰を水に浸した上澄みの「灰汁(あく)」を混ぜ込んでいるためです。
──「灰汁」が入っているとは! 独特の風味の謎が解けました。
小村さん:それはよかった。しかし、実際のところ、最近では「沖縄そば」もさまざまに変化してきているんです。例えば「沖縄そば」の麺は、もともと冷蔵庫のない時代に保存性を高めようと、ゆでた後に油をまぶしていました。しかし、実は最近沖縄でも生麺の人気が高まってきているんです。
▲「モチモチの生麺・半替玉」(100円)
小村さん:「海辺のそば屋」では「昔ながらの沖縄そば」と「モチモチの生麺」の2種類の麺を提供しています。「替玉」(200円)、「半替玉」(100円)もあるので、食べ比べて、違いを味わってみてください。
▲「昔ながらの沖縄そば」(写真は再掲)
▲「モチモチの生麺」
──確かに、食感が全然違いますね。生麺の方は、なんとなくラーメンを食べているような印象を受けます。
小村さん:おっしゃるとおりです。実は、現在では「沖縄そば」とラーメンの違いはだんだんとなくなってきています。
沖縄の人にとっての「沖縄そば」
──沖縄の人たちにとって「沖縄そば」はどのような食べ物なんでしょうか?
小村さん:例えば、松本さんはお弁当を食べるとき、何か汁ものが欲しくなったりしませんか?
──そうですね。寒い時期は特に味噌汁とかがあるとうれしいです。
小村さん:実は沖縄では、そのように汁物感覚で「沖縄そば」を食べたりするんですよ。沖縄の弁当屋では汁物の代わりに100円の「沖縄そば」を販売しているお店もあるんです。そうだ、松本さんはお酒を飲まれますか?
──大きな声では言えませんが、毎日欠かさず飲んでしまうくらい大好きです(笑)。
小村さん:そうですか(笑)。それでしたら、飲んだ後のシメにラーメンを食べたりされることもあるかと思うんですが、沖縄の人はそのような感覚で「沖縄そば」を食べることは少ないです。もちろん例外もありますが、沖縄の多くの沖縄そば屋さんは、夕方くらいで閉店しているお店が多いんですよ。
──それは意外ですね! 沖縄の人はシメにステーキを食べる、という話を聞いたことがあります。
小村さん:ご存じでしたか(笑)。実は、私は他にも立川で「海の家 波音」という沖縄料理を提供する居酒屋さんを経営しています。
▲「海の家 波音」
小村さん:「波音」は、沖縄のブランド牛を提供することをコンセプトに始めたのですが、それには沖縄ではお酒のシメにステーキを食べる文化があることが関係しています。ちなみに、これは笑い話なのですが、「波音」を利用されるお客様の多くがシメとして「沖縄そば」を注文されたということがありました。でも実は当初「波音」では「沖縄そば」を提供していなかったんです。というのも、「波音」は沖縄料理を提供するお店としてではなく、国産ブランド牛を提供するお店として始めたものですから。そのため、なかには怒ってしまうお客様もいらっしゃいました。
──それだけ沖縄の食べ物と言えば「沖縄そば」というイメージが強いんでしょうね。
小村さん:そのとおりだと思います。
東京で沖縄そば専門店を開いた理由
──最後に、小村さんが「海辺のそば屋」を開いた理由をうかがってもよろしいでしょうか?
小村さん:「沖縄そば」のことをもっとよく知ってほしいと思ったからです。例えば、沖縄旅行で一度「沖縄そば」を食べて、あまりおいしくなかったからそれっきり、という方って意外に多いと思うんです。そういう方々に「本物の沖縄そばって、本当はもっとおいしいんですよ!」ということを伝えたい。ところが、おいしい「沖縄そば」を作るためにはきちんとした設備が必要なんですね。「波音」の設備では限界がありました。だから、沖縄そば専門店として「海辺のそば屋」を開いたんです。また、「沖縄と東京をつなげたい」という思いがありました。
──「つなげたい」ですか?
小村さん:はい。「海辺のそば屋」でもおいしい「沖縄そば」を提供できるよう努力していますが、そうはいっても沖縄で食べる「沖縄そば」は特別です。どう頑張っても勝てないですし、それに、勝とうというつもりもないんです。「海辺のそば屋」で、「沖縄そば」がおいしいということを知ってもらい、そして、沖縄に興味を持ってもらいたいんです。例えば、「海辺のそば屋」の店内はできるだけ沖縄の雰囲気を味わってもらえるように、いろいろな工夫をしています。
▲店内
▲券売機。「すば」(そば)など、“うちなー口”(沖縄なまり)を使用している
小村さん:本土の人には沖縄の予習、復習をしてもらう場所。そして、本土にいる沖縄の人には、故郷に帰った気分になれる場所。「海辺のそば屋」は、そのように東京と沖縄をつなぐ存在になれることを願って始めたお店なんです。
──小村さんの願いがかなうことを祈っております。
店舗情報
沖縄そば食堂 海辺のそば屋
住所:東京都立川市錦町1-5-25 やまそうビル1F
電話番号:042-595-9184
営業時間:月曜日~土曜日 11:30~22:00 日曜日 11:30~18:00
定休日:無休(年始を除く)
書いた人:松本陸杜(まつもと・りくと)
東京都出身。現在、都内某大学院で日本近現代文学を研究中。好きな作家は江戸川乱歩。四六時中食べもののことを考えているため研究が進まないのが最近の悩み。趣味は作家の随筆を読みながら酒を飲むこと。