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「8Kに意味はない」のか。ソニー小倉氏が語る“8Kの価値とリアリティ”

「CES 2019」において8K液晶テレビ「MASTER Series Z9G」を発表したソニー。西田宗千佳氏による10日の記事では、ソニービデオ&サウンドプロダクツとソニービジュアルプロダクツの社長である高木一郎氏による、ソニーが8Kへ取り組む戦略をレポートしている。今回は視聴者にとっての8Kの有用性を探るため、テレビ開発の技術者視点からの8Kの意義と、それに対するソニーの取り組みについて、ソニービジュアルプロダクツ TV事業部 技術戦略室の小倉敏之氏に話を聞いた。

ソニービジュアルプロダクツ TV事業部 技術戦略室 小倉敏之氏
ソニーの8K液晶テレビ「Z9G」シリーズの85型

“最適な視聴距離”と、リアリティの関係

現状については「8Kの価値は解像度や情報量といわれる。その背景は『one pixel per arc minute(視野角1分に1ピクセル)がベスト)』という考え方。ピクセル構造が見えないが情報量が最大になるというもので、それを当てはめると、8Kは0.75H(画面の縦の長さの0.75倍)の距離から観るのが最適となる」と説明。

一方で「昨年(ソニーが参考出展した)8Kテレビで、椅子に座って(前後に)行ったり来たりしながらベストなところを探してみたところ、近づくと見える情報量は多くなるけれど、近づきすぎると(個々の)ピクセルが見えてしまった。そこで、“情報”ではなく“リアリティ”でいうと、どうも1.2H~1.5Hのあたりにあるようだと感じた。社内の人たちなどにも同じようにやってもらったところ、その辺りにピークがあるようだった」と指摘している。

そこで小倉氏が今回紹介したのは、NHK技術研究所の正岡 顕一郎氏が2013年にIEEEへ投稿した論文。その内容は「ある物体(オブジェクト)そのものと、それをディスプレイに表示したものを比べて、どれくらい離れるとそれが同じようにリアルに見えるか」を測定したものだという。「その結果では“two pixel per arc minute”が必要とされていて、前述したよりも2倍。それに基づくと、8Kの視聴距離は1.5Hになる」という。

小倉氏は「0.75Hは“情報”が阻害されないのがそこまでという距離。8Kは医療などで使われており、その分野では重要な話。ところが“リアリティ”を観たい場合は同じではなく、2つの異なる視聴距離が存在するのでは」との考えを説明した。

「リアルさがどこから来るかというと、1つはカラーボリュームが増え、色数が増えてきれいな色が出て、物が立体的に見えるということ。これも重要だが、もう1つの要素として“グラデーション”を見ると、1個1個のステップが分からないようにスムーズなグラデーションが出ていると人の目はリアルに感じる。ただ、輝度が上がっていくと、1つ1つのステップが見えてきてしまう。スムーズではないグラデーションが見えると『これは実物ではない』と思ってしまう」

「そこでどうするかというと、ピクセルを増やして、人に気付かれないところまでステップを細かくしてやればいい。つまりグラデーションをきれいに描くには、たくさんのピクセルが必要。BT.2020のような大きなカラーボリュームが使われるようになった時に、グラデーションを描き切るために多くのピクセルが必要になる。実際のテレビの輝度が上がってくると、それに応じてもっとピクセルが要る。大きなカラーボリュームが高い輝度で描画された時、そこで初めて8Kが必要となってくる。それによってリアリティの溢れる映像を表現できるのが今の時代」と小倉氏は分析する。

一方で「なぜ4Kではそういう話にならなかったのかというと、(4Kで最適とされる)1.5Hの視聴距離は、“情報”のための距離だから。4Kで“リアル”を観たい時には、倍の3Hが必要。そうすると見込み角が狭く、画面が小さく、遠くなるから情報量も減ってしまう。リアリティのピークはここ(3Hの距離)にあるが、リアリティそのもののレベルが低くなってしまうから気付かなかった。実際に4K映像を観ると、その辺り(3H)にリアリティのピークはある。でも差が大きくないので分からなかった。8Kになった時に、見込み角が大きく60度になって、コンテンツのリアリティがどんどん上がり、情報量が増えてきた、この3つの要素のバランスが高いレベルでとれてきたので、出てくる絵がぐっと引きあがってきた」という。

小倉氏は「今までの画質評価は測定すれば何とかなってきたが、没入感やリアリティは、人間としての感覚が重要になってくる。今は測定できない要素が画質に関わり始めている状況。結論として8Kの本当の価値が何かといえば、大きなカラーボリューム、高い輝度でリアルな映像を描けるというのが価値。解像度だけではなくて、リアルな映像を提供できることが、実はクリエイターにとっていいキャンバスになる。4K導入されたときに“色鉛筆の数が増えた”という言い方で話をしてきたが、8Kは“リアル”を描けるハイクオリティなキャンバスを提供することができる」と語る。

「テレビでクリエイターズインテント(制作者の意図)を伝えるために、今まではマスターモニターのBVM-X300に出てきた絵を一生懸命再現しようとしてきた。ところが、実際に観ているテレビはそれよりも大きく、モニターにはものすごい高密度な映像が出ているのに、大画面だと密度感が無い。その密度感まで再現するとどうなるか、というところで8Kの出番となる。画面が大きくなった分、ピクセル数も増やして、密度感も同じに保つということをやってみた。8Kならそれができる」と説明する。

ソニーのZ9Gについては「4Kから8Kにアップコンバートするには性能のいいアップコンバーターが必要になる。(Z9Gなどに搭載する映像エンジンの)X1 Ultimateはオブジェクトベース超解像を導入し、制作者の意図を壊すことなく、そのままの密度感できれいにアップコンバートできるようになった。8Kにより、リアルなクリエイターズインテントを再生するために、テレビがとてもいいデバイスになった」とZ9Gの仕上がりに自信を見せた。

Z9Gの98型

テレビにおけるオーディオ性能の進化にも言及。Z9Gは「Acoustic Multi-Audio」を搭載し、上下に配置した4つのスピーカーで、音像定位と映像を一体化。このスピーカーをサラウンド音声のセンタースピーカーとしても利用できる。

「これまで(画面から音が出る有機ELのA9Fシリーズなどの)Acoustic Surfaceによって、音のリアリティを高めてきた。“音が聴こえてくる位置”も、クリエイターズインテントの一部分。液晶でないと現状ではこの画面サイズは作れないので、液晶でも音の位置を引き上げる技術を開発した。「クリエイターとお客様を繋げる、その間にいるのが我々。テレビが持っている素晴らしい映像と音のパフォーマンスによって、クリエイターズインテントをそのまま提供することをサポートしたい。これが8Kを導入した一番大きな意義」とした。

解像度だけではない8Kの世界が現実に

実際に8K非圧縮の映像をZ9Gで体験した。ブラジルのテレビ局GLOBOが制作した、昨年のリオのカーニバルの映像を観ると、ダンサーたちの肌の表面の質感や、きらびやかな衣装の飾りの一つ一つまで細かく見えるのはもちろん、1.5Hという(従来に比べて)やや遠目の距離から観ても人物は遠くにいるようには感じず、存在感がある。

ポリフォニー・デジタルが制作した車のCG映像を観ても、車の表面の光沢感、陰影の描き分けなどがしっかりされているのと同時に、まさに制作者が追求したリアル感と、テレビがそれを邪魔せず視聴者へ直接届けようとするアプローチがうまく合致した例だと感じた。従来のテレビの、“サイズ競争/解像度競争”とは違った、実際に観るコンテンツを重視した視聴者側に立った仕上がりといえる。Z9Gは画面サイズが98型と85型なので、多くの家庭では簡単に置けるサイズではないほか、NHK以外はまだ映像が少ないといった課題はあるものの、“リアリティ”を軸にした8Kの世界は、着実に自分たちに近づきつつあることを実感した。