会社人生を後悔しない 40代からの仕事術』(石山恒貴、 パーソル総合研究所著、ダイヤモンド社)の著者は、法政大学大学院において「人材マネジメント」「人材育成」「越境的学習」など、つまりは「人・企業のあいだの理想的な関係性」を探求しているという人物。

それ以前、社会人キャリアをスタートさせた日系の大手電機メーカーでも人事部に配属され、以来、長らく「人と企業」に関わる実務に携わってきたのだそうです。

しかし企業内の人事担当者として現場を見ていた時期も、研究者として「働く人」と「組織」の問題を考察するようになってからも、ずっと気にかかっていた問題があるのだといいます。それは、「なぜ、たくさんの働く人が、ミドル・シニア期に『停滞感』を味わうのか」ということ。

本書では、ミドル・シニアという言葉を、「40~50歳のミドル社員」と「55~69歳のシニア社員」を包括する呼称として使っているそうですが、いずれにしても人事の仕事をしていると、ミドル・シニアの憂鬱を目にする機会にはこと欠かないというのです。

そこで本書では、社会人になってから20年以上が経過し、“モヤモヤ”や“停滞感”を抱いているミドル・シニア期の人たちが会社人生に「再入門」するための仕事術をまとめているというわけです。重要なポイントは、データに基づいた科学的なアプローチを軸としていること。

入社から20年以上を経て、会社のなかである種の「遭難」状態に陥っているのであれば、まずデータに基づいて「うまくいっている人は、何をしているのか?」「うまくいっていない人は、どこでつまずいているのか?」を大づかみにしておくべきです。(中略)

モヤモヤ感の「森」から抜け出し、確実に「自分の道」に戻ることを最優先するなら、まず「大まかな方向づけ」が必要なのです。

そこで2016年12月、パーソル総合研究所のみなさんと一緒に、「ミドル・シニア社員の働き方・就業意識に関する大規模調査」というリサーチプロジェクトを立ち上げました。

一定規模以上の企業に勤めている4732人のミドル・シニア世代にアンケート調査を行い、そのデータを分析したのです。(中略)これはミドル・シニア世代のみを対象とした調査としては、過去最大規模のビッグリサーチです。

本書には、この貴重なデータから得られた知見が「凝縮」されています。(「PROLOGUE 『でも…私の会社人生、これでいいのだろうか?』」より)

きょうはCHAPTER 0「ミドル・シニアの憂鬱」のなかから、あるシビアな現実に焦点を当ててみたいと思います。

待ち受ける2つの谷底

「仕事だけが人生じゃない…」

「別に出世なんかしたくない…」

「定年退職までガマンするだけ…」

このような思いを抱きながら過ごしている人もいらっしゃるでしょうが、著者は必ずしもこうした考え方を否定してはいません。

これからは「多様な働き方」「職場のダイバーシティ」を認めていく時代なのだから、各人が仕事に対してとるスタンスも多様であってしかるべきだというスタンスなのです。

ただしそれでも、「仕事なんて…」「会社なんて…」という感情そのものが、じつは構造的な要因から生まれていることは忘れるべきではないといいます。

「運悪くたまたま陥ってしまった閉塞感」であるように思えても、実際には日本型雇用という大きなメカニズムから“必然的に生み出されたもの”である可能性もあるわけです。だとすると、その悩みやスタンスは「多様」どころか、きわめて「画一的」に再生産されたかもしれないということになります。

もちろん、「もともと出世なんか望んでいなかった」とか、「たまたま40代あたりからやる気をなくしただけ」というような反論もあるかもしれません。しかし、もしもそう“思わされている”のだとしたら、それはもったいないことだと著者は言うのです。せっかく人生の大部分を仕事に割くのであれば、その時間をできる限り有意義なものにすべきではないかとも。

著者とパーソル総合研究所が行った大規模リサーチにおいて、40歳から59歳までのジョブ・パフォーマンスを2歳刻みで数値化したことがあったのだそうです。ジョブ・パフォーマンスとは簡単にいえば、「どれくらい活躍しているか」を表すもの。

それを見る限り、それまである程度の水準を保っていたパフォーマンスが、40代中盤あたりで一度ガクンと下がり、さらに50歳前後で「二番底」を打つかたちになっているというのです。(34ページより)

42.5歳から「出世したくない派」が増える

注目すべきは、この2つの「谷」が、日本企業が長きにわたって築いてきた独自の雇用慣行、すなわち日本型雇用と密接に関係しているという著者の指摘です。

これが「キャリアのターニングポイント」となって、われわれは特定のタイミングで「停滞感」を味わわされているというのです。

第1の「谷」を生んでいるのは、昇進の罠。日本型雇用の最大の特徴のひとつである「新卒一括採用」によって入社した人は、同年入社の「同期」と横並びの状態でキャリアを歩んでいくことになります。

この制度の特徴は、働く人に「同期よりもがんばれば、先に出世できるかもしれない」という昇進期待を抱かせ、長期にわたってモチベーションを保つことができる点。とはいえ、そうした仕組みが機能するのはせいぜい30代まで。40代中盤にもなれば、“淡い期待”に訴える戦略は効力を失っていくわけです。

それどころか、会社が用意するキャリアアップ・ストーリーに乗り損ねると、「こんなはずじゃなかった…」という失望感が広がり、モチベーションが低下することに。

これがジョブ・パフォーマンスにまで影響した結果が、40代中盤あたりに見られる「第1の谷」だというわけです。

事実、「出世に対する意欲の変化」に関する調査では、42.5歳を境目にして、「出世したい」と「出世したいと思わない」の割合が逆転しているのだとか。また「出世したいと思わない」の比率は、逆転して以降はひたすら右肩上がりで伸びているのだといいます。

しかも、この谷を生み出している「昇進の罠」は、以前よりも影響度を増しているといいます。同期入社の「横並び文化」が機能していた時代とくらべると、いまは経営環境が激変し、役職ポストも少なくなりました。

経済成長の鈍化とともに昇進への期待に対する「受け皿」が用意されなくなり、「以前だったらもう課長」レベルの人も、なかなか昇進できないまま一般社員として停留してしまうということ。

人口動態の観点から見ても、ボリュームゾーンである団塊ジュニア世代(1971~1974年に生まれた世代)が40代後半を迎えつつあるいま、限られた役職ポストを奪い合う構図は、以前にも増して激化しています。

また30年前のバブル期(1988~1992年)に大量採用された世代は、2018年時点では48~52歳。かつて多くの人が「きっとこうなるんだろうな」と思っていた未来はことごとく裏切られ、膨大な数の「こんなはずじゃなかった…」が生み出されている可能性があるというのです。(37ページより)

50代にやってくる「最大の谷」に備える

一方、50代前後にある「ミドル・シニア最大の谷」には、ポストオフ(役職定年)の影響が考えられるといいます。ポストオフとは、ある一定のタイミング(年齢)で、その時点での役職を退任する仕組み。

これが社内の人事制度としてルール化されている企業もあり、50歳、55歳など特定の年齢で役職から外される事例が、大企業を中心に広く見られるというのです。また、50代半ばあたりをリミットにして、その時点での役職を解くようにしている企業も少なくないはず。

このポストオフという仕組みには、後輩に道を譲らせてポストを確保する以外にも、給与を下げて人件費を調整できるといった会社側のメリットも。役職を解かれた人は、一般社員に戻るか、あるいは部下なしの管理職(担当部長など)になったり、関連会社へ出港したりするケースなども見られるといいます。(41ページより)

「出世というニンジン」が効かなくなる瞬間

著者によれば、ポストオフによって「ミドル・シニアの谷」が発生する典型的な理由は「目標の喪失」。企業人、特に一定の役職に上がっている人は、さらに上の役職に到達することをモチベーションの原動力にしているものです。

が、ポストオフとは、こうした職位上昇のインセンティブが機能しなくなるタイミングだということ。

第1の「谷」をなんとかくぐり抜け、企業が提供するキャリアアップ・ストーリーに乗り続けていた人たちも、ここで突然、夢を絶たれるわけです。

「いまは課長だけど、ひょっとしたら次長になれるかも…」

「まだ副部長だけど、がんばれば部長に昇進できるかな…」

そうした淡い期待が“ゼロ”になるのが、このポストオフです。 そう考えると、50歳前後のポストオフが、最大の「谷」を生み出すのは、それほど不思議ではありません。

企業のストーリーに乗って「昇進・昇格」を目標にしてきたのに、定年前のタイミングでいきなりすべてが“ご破算”になってしまうからです。(43ページより)

ポストオフがミドル・シニアの谷を生み出す理由はこれだけではなく、たとえば賃金の低下もそのひとつ。ポストオフで管理職を外された人は、年齢の上昇に伴って「給料が下がる/上がらなくなる」という経験をすることになるわけです。

その結果、

「ずっと部下だった後輩が、ポストオフの日を境に、自分の直属上司になった」

「自分よりはるかに若い社員が、自分のマネジメントを担当することになった」

というようなことが起こる可能性もあるわけです。つまりポストオフとは、自分よりも早く入社した先輩、自分と一緒に入社した同期、自分よりあとに入社した後輩というようなシンプルな秩序が、もっとも大きく崩れるタイミングでもあるということです。(42ページより)




ここでクローズアップされているシビアな現実は、できれば目を背けたいものかもしれません。しかし重要なことでもあるからこそ、本書は「そんななかで、どう会社人生を生きるべきか」という点も明らかにしています。

目指したのは「ミドル・シニア世代のビジネスパーソンがいまの停滞感を払拭し、残りの会社生活を後悔のないものに変えるためのヒント」だそう。

とはいえ、やがては誰しもミドル・シニア世代となるのですから、下の世代にとっても無関係な話ではないでしょう。そういう意味では、すべての世代に刺さる内容であるといえます。

Photo: 印南敦史