全米に拡散する「こんまり流」の片づけ術に、2019年の時代精神を見た

片づけコンサルタント・近藤麻理恵の番組がNetflixで配信され始めたのを契機に、Twitterなどでスクリーンショットが拡散するミームと化している。こうしたネットでの動きから見えてくるのは、自己愛というかたちで自らの行動を少し変えてみようとする「自己最適化」の志向が、2019年の米国において広まっているという事実だ。
全米に拡散する「こんまり流」の片づけ術に、2019年の時代精神を見た
PHOTOGRAPH COURTESY OF DENISE CREW/NETFLIX

いまから1年前を振り返ってみよう。2018年が明けて最初に拡散したミーム(人から人へと伝わる情報や行動)は、大晦日恒例の音楽イヴェントに出演したマライア・キャリーが、ステージで「熱い紅茶をいただけないかしら?」と言ったというネタだった。

確かに滑稽であり、奔放なディーヴァぶりで知られるマライアらしい言動だった。これは当時、とにかく心の慰めを必要としていた人々の気持ちが集結した結果としてのミームでもあったのだ。

さらに前年の2017年は多事多難だった。トランプ大統領が誕生し、社会に多くの緊張を生んだ。ハリケーンの「ハーヴィー」「イルマ」「マリア」が立て続けに米国を襲い、多大な被害をもたらした。

ラスヴェガスの音楽祭では男が銃を乱射し、数十人の命が奪われた。北朝鮮が核実験を行った。ハーヴェイ・ワインスタインの事件に代表されるように、ハリウッドが性的強要の温床であることが暴露された。誰もが、心身を温めてくれる“熱い紅茶”を必要としていたのだ。

今年は「自己最適化」の年?

そして2019年が幕を開け、最初に拡散したミームを見てみると(クリッシー・テイゲンが生放送中に共演者の傘で目を突かれた、というのもあったが)、かなりトーンが違う。なんとかして自己実現を図りたい意識がにじみ出たものが多い。

2018年がセルフケア全盛の年だったとすれば、2019年は「自己最適化」が最盛期を迎えるかもしれない。話題や流行の拡散マシンであるネットの世界が今年、新年の目標の新たなかたちとして発信しているのは、漠然とした達成不可能な目標ではなく、もっと小さな「微調整」だ。

ネットの世界は、早くも「2019年的なエナジー」を「ちょっと奇抜だが意図のあるもの」と定義しようとしている。いま、そこで多くの人を夢中にしているのが、片づけコンサルタントの近藤麻理恵だ。Twitterでは、Netflixで1月から配信が始まった「KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~」のスクリーンショットが飛び交っている。

2019年、ミームのつくり手たちは、個人的な欠点を列挙したリストになりがちなこれまでの新年の目標を放棄した。代わりに、よりテクニカルで、知識と情報に基づいた、人間の心をハックするために考えられたものに目を向けている。

それはすなわち、世界の見方をがらりと変える小さな変化を探求する道のりだ。この1年も避けられないであろう数々の危機を和らげるための、精神的な安心材料みたいなものである。

自分自身を“更新”する試み

新年の目標は、たいてい長続きしないし実現しないと決まっている──。そんな言い訳は、いまの時点では使い古された言い回しだ。しかし今年、人々はどうせ実現できないとこぼすのではなく、細かな点に目を向け考えようとする。

目標を実行に移すには睡眠をきちんととることが重要だと複数の研究が指摘し、目標管理アプリや習慣化アプリへの関心はにわかに高まっている。実にシリコンヴァレー的である。自分の脳をハックして、最適化されたヴァージョンに更新するのだ。

こうした風潮は、SNSで拡散された新年の目標のかたちにも表れている。理想を前面に出して自らに課すような目標は影を潜め、「今年はもっとこうしたい」という小さな行動目標を並べた、インスタ映えするリストが目立つようになった。

Twitterでミーム職人たちが(なかば皮肉をこめて)こぞって取り上げているのは、今年体現していきたい「2019年的エナジー」を象徴するような、祝福すべきささやかな瞬間の数々だ。それは例えば、立派なタートルネックの服を着た犬だったり、「これからは名声と成功を手にしてすみませんと謝るのはやめる」と宣言するキャサリン・ゼタ=ジョーンズだったりする。

目標なんて立ててもかなわないものだ、というつまらない諦観でもなく、大がかりな変化の追求でもない。今年のこうしたミームは、自分が現にしていることを讃え、さらに小さな変化を加えて改善しようという趣旨だ。

2019年らしいエナジー

1月初頭、そうした空気は明確に目標を掲げる投稿以外にも広がった。きっかけをつくったのが、「こんまりメソッド」と呼ばれる方法でカルト的な信奉者を集める片づけ名人の近藤だった。1月1日にNetflixで「KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~」が配信開始されると、Twitterにはこんまりミームが飛び交ったのである。

番組は2019年らしいエナジーに満ちている。近藤は通訳とともに、モノがあふれた悩めるアメリカの家庭を訪れ、片づけのヒントを伝授する。「ときめき」を感じるものだけを手元に残し、そうでないものはそれまでの役割に感謝して手放すメソッドだ。

番組にはときに、従来のミームのネタとしては妙に映る場面がある。訪問先に着くと、小柄な近藤が優雅な所作で床に正座し、米国人家族が当惑気味に見守るシーンもそうだ。

だが今回拡散されている理由は、各エピソードが幸せな結末へ行き着く点にある。家族の「和」とは、引き出しの中のこまごましたものを小箱に分けて整理するような、シンプルで小さな改善を通して手に入るものなのだと番組は教えてくれる。

一般的なメイクオーヴァー(変身・改造)もののリアリティ番組によくある、意欲的だが通常では不可能な、あっと驚くような大変身はない。近藤の助けを借りた一家が、服をきれいにたためるようになり、心の平穏を手に入れたのが目に見えてわかるのが結末だ。

内面に意識を向ける姿勢への移行

今年のこんまりミームと、昨年とをつなぐ橋渡しになっているのが、11月にリリースされたアリアナ・グランデの曲「Thank U, Next」だと見る人は多い。こんまりミームはアリアナの曲と同じく、自分が前に進む妨げになっていたものに感謝しながら、優しくそれを手放し、一歩踏み出そうという気持ちにさせてくれる(手放すものはアリアナの曲では昔の恋人だが、近藤の場合はもう着なくなった古いシャツだ)。

断定するにはまだ早いが、この自己最適化への傾倒は、時代精神の転換を表しているのかもしれない。2017年が手のつけられないカオスで、2018年がセルフケアによる癒しの年だとすれば、2019年に広く共有されるのは、自己愛というかたちで自らの行動を少し変えてみようとする志向なのだ。

それは内面に意識を向ける姿勢への移行であり、往々にして秩序も道理もない外界の困難に備える文化のように思える。熱い紅茶であれ何であれ、安寧をもたらすアイテムなど現実には手に入らないとわたしたちはわかっている。だからこそ、手元にある靴下に感謝することを学ぼうとしているのだ。


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TEXT BY EMMA GREY ELLIS

TRANSLATION BY NORIKO ISHIGAKI