なぜ書店にヘイト本があふれるのか。理不尽な仕組みに声をあげた1人の書店主

大阪の谷町で創業70年を迎える書店がある。隆祥館書店。2代目店主の二村知子さんは父と共にこの店を営んできた。

「書店として薦めたい本を仕入れて責任を持ってお客様にご紹介したい」という信念から今、流通の仕組みに対して声をあげる。

隆祥館書店

隆祥館書店は毎週のようにイベントをやるなど、独立系書店としての存在感を示している。

出版業界は厳しい時代を迎え、特に当店のような町の小さな書店にそのしわ寄せが来ています。

20年前には全国に2万3000店の書店がありました。ところが現在、日本図書普及協会によると、図書カ-ドを読み取る図書カ-ドリ-ダ-を置いているお店、つまり配達だけでなく店舗を構えている書店は8800店になってしまったといいます。

本当にお薦めしたい本を入手できない

そんな中で当店では、8年前からお客さまたちの意見を聞きながら、「作家と読者の集い」と題したトークイベントを始めました。大手メディアでは、報道されない、けれども伝えなければならないことを書かれた本を中心に、お客さまからのリクエストもお聞きして企画して参りました。

現在222回目になり、延べ1万人以上のお客様にお越しいただいています。お陰様で、最近は、作家さんやジャ-ナリストの方々から隆祥館のイベントに出演したいというリクエストも受けるようにもなりました。

ただ、小さな独立系書店であるばかりに理不尽なことも多く、毎日が闘いのようにさえ感じています。

小売業の喜びは、直にお客様と接することができること、自分が吟味してお薦めしたものを買っていただくことと、そして後日、「あれ、すごく良かった」と言っていただくことではないかと思っています。

私自身、書店を経営していて嬉しい瞬間は、売り上げが伸びた時もさることながら、推薦した本を読んだお客様から、「あの本、とてもすばらしかった」と感謝された瞬間に勝るものはありません。

70年前に隆祥館書店を立ち上げた亡き父はいつも、「書店経営はただ送られてきた本を右から左に売れば良いのではない。本は毒にも薬にもなるんや」と言っていました。だから、売る以上は責任を持たなあかんと、私もできる限り新刊には目を通して、どのお客様にどの本をお薦めしようかと考えてやってきました。

それが地域密着を掲げる町の書店の存在意義であり、モチベーションにもなると思うのです。

ところが実際は、本当にお薦めしたい作品が手に入らず、これは正直あまり薦めたくないと思うものや、新刊の際に入って来なかった重版分の売れ残りなのかと思われる本が、仕入れ先から届けられるという現状が書店業界にはあるのです。

「ランク配本」と「見計らい本」という理不尽

隆祥館書店

『宇宙を目指して〜』は隆祥館書店で200冊以上が売れた。だが、次作が出版された時に配本されたのは、たった1冊だった。

私はもうそろそろ声を上げないといけないという決意から、「ランク配本」と「見計らい本」の二つのシステムについて今、語り出しています。

ランク配本とは、店の規模の大きさによって自動的にランクが決められ、配本される冊数が決まってしまう制度です。大型書店が優先されて小さな書店は、売りたい作家の本の販売実績がどれだけあっても後回しにされてしまうのです。

私は4年前に小野雅裕さんの『宇宙を目指して海を渡る』という本に感動し、著者にNASAからお越しいただき、ト-クイベントを企画し本を販売しました。

そして昨年2作目の『宇宙に命はあるのか』を発刊される時に小野さんから逆オファーをいただき、再びト-クイベントをすることになりました。

『宇宙を目指して……』の販売実績は1位アマゾン、2位隆祥館 3位楽天 4位紀伊國屋書店新宿店と、リアル書店では1番でした。にもかかわらず、2作目「宇宙に命を……」がランク配本で入ってきたのはなんと「1冊」でした。イベント用に120冊は事前確保していたのですが、売り切れそうになり、藁をもつかむ思いで出版社の編集担当者の方にお願いしたら、40冊を敏速に手配してくだささり、お客様に届けることができました。

もちろん取次の担当の方の中には、この制度に抗うように小さな書店の依頼に親身になって本の手配に奔走して下さる社員の方がいらっしゃいます。悪いのはこの制度なのです。

2年前のムックシリーズがいきなり

そして後者の見計らい本制度。これは出版流通業界の慣行なのですが、書籍の問屋にあたる取次店が、書店が注文していない本を勝手に見計らって送ってくるシステムです。かつて出版業界がビジネスとして好調だった頃は、書店は自分で本を選ばなくても良いのでこのシステムを評価する人もいました。

しかし、一方的に送られてくる本の中には、隆祥館としては売りたくない差別を扇動するヘイト本やお客様から見てニーズの低い5年も前に出た本などが多く含まれています。そういう本も送られて来た以上、書店は即代金を請求され、入金をしないといけないのです。

2019年1月に取次店から『月刊Hanadaセレクション』のバックナンバーが見計い本でいきなり配本されて来たときは驚きました。奥付を見ると2017年12月24日発刊が3冊、2018年4月18日発刊が3冊、8月21日が4冊。過去、さすがに2年前のムックが送られてくるということはこれまでなかったと思います。販売実績を少しでも見てくれれば、うちはこの『月刊Hanada』はほとんど売れていないのです。それなのになぜ? という思いはぬぐえませんでした。

売れていないのに送られてくる仕組み

隆祥館書店

『安倍官邸vs. NHK』著者、相澤冬樹さんによるトークイベント。こうしたイベントを毎週のように開いている。

出版界では昨年から、本の出版のあり方について考えさせられることがしばしば起こっています。

LGBTの人たちを差別して雑誌を完売させる炎上商法、組織が大量に大手書店から購入して人為的にランキング1位を作るというやり方など。これらは本が売れなくなったことが要因だと思うのですが、長い目で見れば本自身の価値を貶めてしまうことになりかねないと思うのです。

父は生前、小さな書店も大型書店と同様の返品したら翌日に電子決済で翌日に返金されるように公正取引委員会に働きかけて6年がかりでこれを実現しました。そして、「次は見計らいの問題をやらなあかん」と言っていました。

父は例えば、注文なしでの見計らい本は即請求ではなく3カ月後に支払うという形にすべきだと考えていました。私も即代金を請求するのであれば、見計らい本も事前に書店に中身を伝え、書店側に断る権利を確保させて欲しいと思います。

この本は事実誤認が多く売りたくないので送らないで下さいと断っても現状は配本されてしまうのです。書店の意思を抜きに本を十把一絡げに、見計らいで配本するということ自体、おかしなことです。

例えばドイツは発売される前の企画本の内覧会を催し、それぞれが、自店にあった品揃えをしています。うちのお客さんの欲しい本はうちが分かっているという書店の矜持があり、それを版元も尊重してくれるのです。

「作家と読者の集い」

隆祥館ならではのトークイベントは書店としてのオリジナリティーを表す手段となっている。

出版社が作ったものを一方的な配本という流れで売るだけでなく、読者に一番近い地域の書店が、お客様の要望を聞いて出版社に伝えるということもありだと思います。

そうすれば、ヘイト本を配本されることもなく、返品作業も少なくなり取次や版元も返品で泣かされることも減少するはずです。また、金太郎飴のような没個性ではない、それぞれの書店の個性が出てくると思います。

先述したように実はこの見計い本やランク配本については長い間、おかしいと思いながら、公の場では話せませんでした。話せば取次さんからますます欲しい本を入れてもらえないのではないか、そしてお客様も小さい書店には本が来ないと考えて足が遠のかられるのではないか、と心配していたからです。

しかし、勇気を出して発信したところ、読者の方たちから望外の大きな応援を頂きました。

これは大きな励みになりました。黙っていては何も変わりません。書店としてお薦めしたい本を自信を持って仕入れて、責任を持ってお客様にご紹介していきたいのです。

今後も地域のお客様にとってかけがえの無い書店になるべく努力していきたいと思っています。

(文・写真、二村知子)

編集部より:初出時、筆者を二村和子さんとしておりましたが、正しくは二村知子さんでした。お詫びして訂正致します。 2019年3月3日 22:20

二村知子:井村雅代コーチ(当時)に師事し、シンクロナイズドスイミングを始め、現役時代はチーム競技で2年連続日本1位、日本代表出場のパンパシフィック大会では2年連続世界第3位に。現役引退後、隆祥館書店に入社。2011年から「作家と読者の集い」と称して作家と読者の思いを直接つなぐト-クイベントを開催、知らされていない真実を追求する場として注目されている。2016年からは「ママと赤ちゃんのための集い場」を毎月開き、温かい社会を目指している。

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