『いだてん』は「スポーツ・感動・ファシズム」の関係を描いた傑作だ

「日本的なスポーツ」の来歴

「全体」「感動」が重視される日本のスポーツ

1996年アトランタ五輪で、女子競泳の千葉すず選手がバッシングされたことを今も鮮明に覚えている。

メダルを獲れなくてもカラフルなアフロヘアのカツラをかぶってプールに登場し、オリンピックは楽しむつもりで出た、メダルメダル言う人は自分で泳いで獲ればいいとインタビューで放言する彼女は、同年代の筆者にはすさまじくかっこよく見えた。しかしそんな人間は少数派だったようだ。

当時、彼女は二十歳そこそこ。自分とさして年の変わらない、そして自分よりはるかに努力家で強くかっこいい女性が、ただ楽しんだだけでバッシングされている姿にショックを受けずにはいられなかった。

世界レベルで楽しむ彼女がダメなら、日本のすみっこで娯楽にまみれて生きる自分なんて土に埋もれるしかないではないか。若者の頑張りに勝手に「感動の物語」を期待し、「感動の物語」から逸脱すれば容赦なく叩きのめす。「国民」の怖さを思い知った一件だった。

体を動かすのは楽しい、思った通りに動けたならもっと楽しい、誰かと競うのも楽しい、健康にもいい。個人の楽しさから始めたはずのスポーツが、いつしか全体への奉仕を求められ、それはときに自他の身体を損なうこともある。

個人と全体。楽しさと感動。スポーツ文化に限らず、日本では「全体」や「感動」のほうに重きを置かれがちだ。楽しいことまで苦行に変える。なぜ私たちはこんなふうになってしまったのだろう。

オリンピックにもテレビドラマにも疎い筆者が、今期のNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』を夢中になって見てしまうのは、なぜ私たちはこんなふうなのか、つまり日本国民が作られていった過程を近代史の流れで描きだしているからだ。

 

楽しさを重視した先駆的教育者

ドラマの第1回で、日本近代スポーツの父・嘉納治五郎は問う。

「楽しいの? 楽しくないの? オリンピック」

明治42年、アジアで初めて国際オリンピック委員会(IOC)委員への就任を打診され、日本のオリンピック参加に悩む嘉納治五郎にとって、これは重要な問いだった。

中央が嘉納治五郎。作中では役所広司が演じる〔PHOTO〕Gettyimages

徳育中心の学校教育で儒教道徳が国民に刷り込まれた明治社会では、娯楽は悪であるという意識がまだまだ根強かった。小説ですら、学生の心を惑わすという理由で悪徳視されることもあったくらいだ。小学校の体育は体操科と呼ばれ、「兵式体操」という軍隊式の体操が教えられた。

ドラマの中の嘉納治五郎は、銃を手に兵式体操に励む子供たちの姿を見てこのように嘆いている。「はあ…。実にもったいない。子供達のはじけるような笑顔は、本来平和のためにあるはずなのに」。

ドラマ序盤は、この明治時代がそろそろ終わろうかという明治40年代を舞台にしている。日清、日露の戦勝ムードもひと段落し、学生の堕落が問題視されるなかで、楽しさを抑えつける従来の道徳教育では反発を招くだけではないかという問題意識が先駆的な教育者の間で芽生えていた時期だ。嘉納治五郎もそうした教育者の一人だった。

学校の体操は楽しくないから、卒業後は継続できない。運動を通じて道徳心を育み、体を鍛えるには、卒業後も余裕のある時間に楽しめるような運動遊戯を国民に広める必要がある。オリンピックが楽しいものならば、全国民に運動の楽しさを知らしめ、国民体育の発達を図ることができる――だからこそ、嘉納治五郎は問うのだ。「楽しいの?楽しくないの?」と。

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