「人前に出ると緊張してしまう」
「緊張しすぎて失敗してしまった」
たとえばそのような経験は、多かれ少なかれ誰にでもあるのではないでしょうか?
そんなときは、どうしても慌ててしまったり、さらに緊張してしまったりするものでもあります。
でも、緊張したときにいちばんやってはいけないのは、「リラックスしなくちゃ」と自分を追い込むこと。
『リラックスのレッスン』(鴻上尚史著、大和書房)の著者は、そう主張しています。なぜなら人前で緊張することは、決して特別なことではないから。
むしろそれはナチュラルな反応であり、適度な緊張が、かえっていい結果をもたらすこともあるもの。
だからこそ、緊張すること、あがってしまうことを恥ずかしがったり、落ち込んだりする必要はないというのです。
逆に言えば、緊張したり、あがってしまう人の多くは、そういった“やってはいけないこと”をしてしまうから、より緊張してしまうのかもしれません。
だとすれば、そうならないように自分をコントロールすることができれば、多くの問題が解決できそうです。
しかし、そこで直面するのが、自分をコントロールすることの難しさ。それは、簡単なことではなさそうに思えてしまうからです。
ただ実際のところ、緊張をコントロールすることは決して難しくはないのだと著者は言います。焦らず、ていねいに進めていけば、充分に可能だというのです。
そう断言できることには、著者の演出家としての経験が影響しているようです。
演劇の演出家を長年やっていると、緊張した俳優さんにたくさん出会います。
俳優も人間ですから、多くの観客に見られる舞台の上や、何十人ものスタッフがいるカメラの前で、思わず、緊張してしまうのは、普通のことです。
ですから、演出家の仕事は、まず、俳優さんがリラックスした状態になってもらうことです。
その上で、物語を解釈し、俳優さんと共に素敵なキャラクターと作品を創り上げていくのです。 なので、ずっと「人前でリラックスする方法」について考え、追求してきました。(「はじめに」より)
つまり本書ではそんな著者の経験を軸として、「リラックスするための方法」を(俳優志望でない一般の人にも)わかりやすく伝えようとしているわけです。
きょうはそのなかから、身体をほぐすことに焦点を当てたLesson 1「体をリラックスさせる」を見てみることにしましょう。
身体をほぐせば、精神もほぐれる
精神をリラックスさせようというのに「身体のレッスンをしよう」とは、少し意外な気もします。
しかし著者によれば、人間の精神と身体はお互いに影響を与え合っているもの。
精神がリラックスしているときは身体もリラックスした状態にあり、その逆もまたしかり。精神と身体は、密接につながっているということ。
そのため、身体をほぐせば心も自然にほぐれるというのです。
少し口角(唇の両脇)を上げてみてください。そのまま、顔を少し上げ、胸を軽く上に広げます。身体の横に手も広げ、手のひらは上に向けます。
どうですか? なんだか、楽な気持ちになってきませんか? お腹の奥底がムズムズしてきませんか?
口角が上がり、身体が開き、少し上を向いている身体は、楽しい時の身体です。 感情を意識しなくても、楽しい時の身体の状態になれば、精神はその身体に相応しい反応を示すのです。
どうか、その姿勢を覚えてください。(13~14ページより)
それは、スピーチを待つ間の理想の形。
面接や自己紹介、プレゼン、結婚式の祝辞スピーチなどにおいて、自分の番が来るまでの間、「身体が開いた状態」にすることができれば、身体も精神もほぐれるということ。
しかも、座っていても立っていても、自分をそんな状態に保つことは可能なのだといいます。
身体を開いた状態で自分の番を待ち、いざ話し始めるときには背筋を伸ばし、胸を広げ、前を向く形になることが理想。
それが、人前でスピーチをする基本姿勢だというわけです。
なお、身体をほぐすためには、3つのアプローチがあるのだそうです。そこで次に、それらを確認してみることにしましょう。(12ページより)
身体をほぐすためのアプローチ① 身体の重心を下げる
背筋を伸ばし、胸を広げ、前を向いても落ち着いた気持ちになれないとしたら、身体の重心が高いままである可能性が高いと著者は指摘しています。
焦っているとき、人間の重心は上がるもの。たとえばスマホをなくして探している人は、身体の重心が上がり、頭から動いているはず。
しかし逆に、落ち着くと人間の重心は下がります。いい例が「堂々とした態度」の姿勢。つまり重心が低くなっているわけです。
一番、理想的な重心は、臍下丹田(せいかたんでん)と呼ばれるおヘソから指4本分下の部分です。
自信に満ちた人は、臍下丹田から動きます。
会社で一番偉い人とかチームリーダーとか自信に満ちあふれている人は、丹田から移動して歩くのです。
少し焦っている人は、胸辺りに重心が上がります、社長の後をおべっかを使いながら歩いている人は、胸から移動しています、今度、観察してみてください。
そして、最も緊張し、焦っている人は、頭から動きます。頭に重心が上がるのです。スマホを失くしている人も時間がなくて焦っている人も人前であがっている人もこうなります。(17ページより)
重心は、落ち着いているときに低く、緊張したり焦っているときに高くなるということ。
そのため、強引に身体の重心を下げることで、精神も落ち着くようになるわけです。
焦っているときに「落ち着こう」と思うと、逆にあがってしまうもの。
そんなときは落ち着こうと一切思わず、ただ身体の重心を下げることだけに集中するべき。そうするだけで、気持ちを落ち着かせることができるということです。(16ページより)
身体をほぐすためのアプローチ② 深呼吸する
「腹式呼吸」とは、胸ではなくお腹にお空気を入れるイメージで呼吸すること。
実際にはお腹に入れているわけではなく、横隔膜を下げて肺に空気を入れるのですが、「お空気を入れる」とイメージしたほうがうまくいくということです。
もうひとつの代表的な呼吸に、「胸式呼吸」があります。激しい運動をしたあとの呼吸を思い出せばわかりやすいはずですが、胸郭を上げ、肺に空気を入れるわけです。
そして人前で話すときは、意識的に「腹式呼吸」を目指すべき。
「腹式呼吸」は「胸式呼吸」にくらべ、1回の呼吸で吸い込む空気の量が多く、言葉をコントロールしやすい呼吸です。
空気の量が少ないと頻繁に息継ぎをしなければなりませんが、入る量が多ければ息継ぎが少なくてすむわけです。
また「腹式呼吸」には、副交感神経を刺激し、穏やかな気持ちになるという効果も。さらに「胸式呼吸」より、目立ちにくいという利点もあります。
では、腹式呼吸はどうやればできるのでしょうか?
鼻から1~2秒でゆっくり吸って、口から5秒~10秒ぐらいでゆっくり吐きます。 鼻が花粉症や鼻炎でつまっている場合は、口から吸ってかまいません。
ゆっくり吸いながら、空気をお腹の辺りに入れる、というイメージを持ちます。
下腹に風船が入っていて、それを膨らませるというイメージでも、おヘソの少し下辺りに具体的に空気が入っていくというイメージでもかまいません。
あなたがなるべく深く呼吸しやすいイメージです。(中略) うまくイメージがつかめない時は、寝た状態から初めて下さい。 次に椅子に座った状態。やがては、立った状態へ。 何度も何度も、ゆっくり深い呼吸をくり返して下さい。
スピーチの順番が近づいて来ると、ドキドキして、早い呼吸になりがちですが、ぐっと堪えてゆっくり呼吸するのです。 副交感神経が刺激されて、徐々に、落ち着いた気持ちになるはずです。(26~27ページより)
夜の就寝前、翌日のスピーチや面接のことを考えていたら興奮して眠れなくなったなどという経験はないでしょうか?
そんなときにも、この深い呼吸は効果的なのだそうです。しかも、寝たまま鼻から短く吸い、口からゆっくりと吐けばいいというのですから簡単。
力を抜いて、ただ、一息吸うたびに、空気が自分の身体のより下の部分に入るというイメージを持つ。
そして一呼吸、吐くごとに無理のない範囲で吐く秒数を伸ばしていけばいいということです。
ただし苦しくなる前に、伸ばす努力はやめるべき。
苦しくなって「ああ、もうこれ以上ゆっくり吐けない」と思うのではなく、「もうすぐ苦しくなりそうだから、吐く息を伸ばすのをやめよう」と冷静に判断すればいいわけです。(24ページより)
身体をほぐすためのアプローチ③ 過度の緊張を取る
身体の緊張を取るとは、「緊張をすべて取る」ことではないといいます。
なぜなら緊張をゼロにしてしまうと、肝心なときにゼロがマックスになり、ちょうどいい近著いうにはならない可能性が高いから。
そしてリラックスした身体とは、緊張していない体ではなく、「余計な緊張」のない身体のことだというのです。
たとえば人前で話そうとするとき、目指すべきは「適度に緊張した身体」だということ。
「適度な緊張」とは、自分を支えるだけの充分な緊張状態があり、しかしそれ以上の余計な緊張がない状態のこと。緊張しすぎた身体でも、緊張を抜きすぎた身体でもないわけです。
とにかく緊張を取らなければと考え、必要な緊張まで抜いてしまったのでは意味がないわけです。
人前で話すときには、自分の身体を支え、声を前に届けるための緊張が必要なのですから。(29ページより)
緊張を解きほぐすための方法を紹介した書籍は、決して少なくないかもしれません。
しかし、そんななかにあって本書が際立っているのは、演劇の演出家としての経験に基づいているから。
しかもそれらは著者が言うように、どんな立場にいる人にも無理なく応用できるものなのです。緊張しやすくて困っているというなら、手にとってみてはいかがでしょうか?
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Photo: 印南敦史
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