Google Fiberから見捨てられるとどうなるのか

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  • author Adam K. Raymond - Gizmodo US
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Google Fiberから見捨てられるとどうなるのか
Image: Elena Scotti/Shutterstock

より良い物を作るには挑戦が必要だとはいえ…。

Google Fiber(グーグル・ファイバー)って覚えてますか? 安価なブロードバンドサービスを提供するGoogle発の実験的なプロジェクトとして、約10年ほど前に発表されました。それ以降、アメリカの中規模の都市を中心に徐々に展開しており、評判も上々です。ところが、ケンタッキー州、ルイビル市に限っては、1年強で撤退。しかもその原因はGoogle Fiber自身にあったのでした。結果、ルイビルの道路は惨憺たる状況。どうしてこうなったのでしょう? ルイビル在住の米Gizmodo記者、Adam K. Raymond氏のレポートです。


ケンタッキー州、ルイビル市のハイランズ地区。Speed AvenueとFernwood Avenueの交差点の地面から、黒いゴム状のヒモが塊りになって飛び出ています。そこから1ブロック先のRosedale Avenueに行くと、同じスポンジ状の物質がアスファルトの間から蛇のように見え隠れしています。これは地面に埋められたGoogle Fiberのケーブルを保護するための密封材です。

Alphabet(アルファベット)のギガビット・ブロードバンド・サービスであるGoogle Fiberは、2015年にルイビルとの取引をスタートしました。展開に関して2年の遅延と交渉を経たのち、Googleは奇抜ながらコストパフォーマンスの良い計画を採用し、ケンタッキー州最大の都市に高速インターネットを持ち込みました。ところが今年の2月、開始からわずか16ヶ月後、Google Fiberはサービスの停止を発表しました。Google Fiberが2010年に登場して以降、展開しているわずか19都市の中で、ルイビルは初めてサービスが停止される市になってしまいました。Googleの大失敗の痕は、そこかしこの道路に転がっています。

大失敗の痕=ケーブルの密閉材

「ちょうど今、Google Fiberの敷かれた通りを運転して見て回ってきたところです」と語るのは、市会議員のBrandon Coan氏。彼の地元は中止が発表される前にGoogle Fiberがケーブルを敷いた場所の一つで、カフェの外の道路からはケーブルの密閉材がいたるところに転がっていたそうです。

「Googleと市の間で、道路を工事前の状態に戻す取引が行われていると信じていますが、それではまだ割りに合わないと思います」

と同氏。

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Photo: Adam K. Raymond
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Photo: Adam K. Raymond
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Googleの失敗の痕は今も市の道路に残っています。
Photo: Adam K. Raymond

市の負ったダメージは道路だけではありません。規模は小さいながらも大きな野心を持ったルイビルにGoogleが残したのは、落胆した消費者に、果たされなかった経済成長の約束、そして自分たちの市をモルモットとしてテック企業に使わせた、市議会の面目が丸つぶれな新聞見出しです。

安価なケーブル敷設方法を模索していた

しかし、Google Fiberにとっては完全に損だったわけではありません。地面からたった2インチだけ掘ってケーブルを埋めるナノトレンチングが失敗だと学べたからです。「現在は2インチの溝を掘る計画はありません。主な設計はより深くまで掘ることを考えています」と、Google Fiberのスポークスパーソンは米Gizmodoに対しメールでコメントしました。

「彼らがあと2インチ深く掘っていれば何の問題もなかったと考えると、非常に残念です」とCoan氏。

2017年10月にGoogle Fiberがルイビルの3つの地区で契約を開始した時点で、同社はCEOが辞職し、百人以上が解雇され、1年間の「休止」を終えた後でした。これはGoogleにとって、通信業界に一石を投じるのがいかに高額で、どうしようもない規制だらけで、既存の企業からの抵抗が激しいかを学ぶという結果でした。

ルイビルでの計画はGoogle Fiber 2.0とも呼ばれ、その目標はなんとかしてGoogle Fiberの事業を再生させることでした。しかしそのために、市はあることに同意を迫られました。Googleはケーブルの設置に関し、工事が簡単で、電柱からぶら下げるよりも安価な方法をスケールアップ(より大規模に展開)できるかどうか試したかったのです。

ケーブルを従来より浅く埋める

他の都市でも地面にケーブルを埋めたことはありますが、ルイビルにおいてはさらに浅く掘る計画でした。ナノトレンチングは、一般的な6インチ(約15センチ)よりもさらに浅い、わずか2インチ(約5センチ)の深さしか掘りません。また、掘った溝を埋めるのに、一般的なアスファルトではなくエポキシを採用しました。Google Fiberのスポークスパーソンによると同社は「すでに試験的に2インチの溝を他の都市で限定採用しており、新たな施工方法として有用だと考えていた」のだそうです。ルイビルではそれを都市全体レベルまでスケールアップしたわけですが、スポークスパーソンは「野心的で、イノベーションへの大きな一歩」だったと説明しています。

しかし地元の市議会は懸念を見せていました。そこで市は、スポークスパーソンの言う「試験」が行なわれた都市に調査チームを派遣し、外部の専門家に助言を仰ぎました。

「Google Fiberは、一般的な施工方法では無理だと思うが、新しい技術を試しても構わないかと打診してきたのです」

そう語るのは、ルイビル市シビック・イノベーション・テクノロジー課主任であるGrace Simrall氏。

「非常に困難であるとわかってもらうためにあらゆる質問を投げかけましたが、ナッシュビルやサン・アントニオでいくらかやった経験から、成功させる自信があると言っていました」

市はGoogleを必死で誘致

ルイビルはそれ以前から、Googleを誘致するためにあらゆることをしてきました。たとえば、電柱に装置を設置する際、既存の企業の装置を動かすことを許可する条例を作りました。しかし、大手通信企業のAT&Tが訴訟を起こしたため、勝訴を勝ち取るために40万ドル(約440万円)を払うことに(結局電柱は使わなかったわけですが)。とにかく市としては、ここまでやっておいて「ノー」とは言えなかったのです。

Simrall氏の前任だったTed Smith氏は、市を「ファイバーフレンドリー」にする試みを2011年から行なってきました。彼は、「アメリカの中規模都市は置き去りにされている」とし、そもそも活動の原点は市長を3期勤めた民主党のGreg Fischer氏であると説明しました(情報開示:この記事の記者、Adam K. Raymond氏の妻はケンタッキー州議会議員で、ルイビルの中でもGoogle Fiberが対応し損ねた地域の代表です)。

「ルイビルは安価で高速なブロードバンドの価値を理解できる都市であると、何年も努力して説明し続けてきました」と同氏。

一度は叶った念願

だから、ルイビルがGoogleに道路を弄らせたのは驚きではないのです。60万人の人口をもつルイビルは、オースティン、ナッシュビル、ローリーなどの同規模の都市と、昔から人口総数や経済成長で競い合ってきました。ちなみに、この3都市もGoogle Fiberが通っています。ルイビルは仲間入りを果たせたばかりだったのです。

Google Fiberのオファーを受けた時のルイビルの熱狂を見れば、念願のことだったのが見て取れます。地元の議員たちは、ギガビット・インターネットはルイビルを「技術的にイノベーティブなコミュニティ」にし、「大きな変化」を呼び起こし、「より高いスキルと熱意、富を持った市民」を今まで以上に呼び込むだろうと賞賛していたのです。

ケーブル敷設のアラ

そうは行きませんでした。ナノトレンチングの試験を開始して5ヶ月後の2018年3月には、この手法のアラが現れ始めました。密封材が道路にはみ出してケーブルが露出してしまうだけでなく、浅い溝のせいで道路工事の際にケーブルが危険に晒されてしまうのです。

「道路やタイヤの技術を理解していたら、問題だらけなのがすぐにわかったはずです」

とはFiber Optics Associationの代表で、業界に何十年と携わるベテランのJim Hayes氏。

彼によると、タイヤの溝がエポキシに引っかかり、簡単に地面から剥がしてしまうのです。また、溝が浅いため、密封材がアスファルトと密着できる面積が小さいのも問題です。光ケーブルの設置にもっとも一般的であるマイクロトレンチングは、ケーブルを深さ6インチ、幅1インチ未満の溝に埋めます。Hayes氏は、マイクロトレンチングでそういった問題は聞いたことがないと言います。

Google Fiber、解決策を提案するも…

去年の夏、Google Fiberは自分で作り出した問題の解決策を提案しました。それはエポキシを全て剥がし、アスファルトに変えることでした。「『あー。よく考えたら一番良いのはアスファルトでしたよね』とでも言ってるかのようでした」とCoan氏。

Simrall氏によると、Googleはエポキシをアスファルトに替える作業を外注しましたが、再舗装の際にケーブルが傷つき、ユーザーがネットから切断されてしまうこととなり、そちらの問題の対応に追われてしまったそうです。

結局さじを投げる

そして先月、Googleはついにさじを投げました。他の都市よりもユーザー数は「非常に少ない」としながら、具体的なユーザー数は明かしませんでした。Googleが約1万1千件分の家をカバーできる範囲でケーブルの設置工事の許可を取っていたことを、去年の夏、地元のテレビ局が報じましたが、実際どれだけ工事が完成したのかはわかっていません。

Google Fiberはブログにて事の顛末が説明されています。まとめると、「ルイビルで実験した新しい施工法が失敗し、修正にかかるコストが高すぎるので、ルイビルを諦めて他のところで教訓を生かす」だそうです。

「これは苦渋の決断でした」とGoogle Fiberのスポークスパーソンはメールで説明します。

「ルイビルに決めたのは、巨大な企業たちに占領された業界を変え、ルイビルの市民に素晴らしいサービスを提供するチャンスを見たからです。野心を伴う試みには常に挑戦がつきものですが、今回初めて、スケーリングの際の問題を甘く見てしまったのです。イノベーションと新興テクノロジーに関わる大きなイニシアチブの一環として、業界には競争が必要だという意識を共有してくれたルイビル市には非常に感謝しています」

Simrall氏は、Google Fiberは「うまくいくと真剣に信じていた」とし、ルイビルでの試みが成功していれば、他の都市でも2インチの溝を採用するつもりだったと語ります。しかし、世界有数の企業が鳴り物入りで街にやってきて、実用性が証明されていない方法を実験するために道路をひっぺがし、失敗したと分かるとさっさと立ち去って行ったのを見たルイビルの市民には、慰めにもなりません。

ルイビル市民はガッカリ

ルイビルでのイノベーションを推進し、Google Fiberを誘致するために活動したNPO団体、Louisville Digital Associationの会長のCandace Jaworski氏は、「衝撃だったし、落胆しました」と嘆きます。同氏は自分もGoogle Fiberのユーザーになる日を楽しみにしていたし、何より米国でも有数の貧困地区であるポートランドがGoogle Fiberによって変わる日を楽しみにしていたのです。「Google Fiberによってウェストエンドの人たちがインターネットを使えるようになれば、都市の他の地区に追いつけるはずだったのです。人参を目の前にぶら下げられて、結局食べられないまま消えたみたいですね。」

Ben Carter氏は、幸運にもその人参を食べられた一人です。ハイランズ地区で弁護士をしている彼によると、Google Fiberは非常に速い通信速度と素晴らしいカスタマーサービスを提供してくれたと言います。なので、Google Fiberがルイビルから撤退するというニュースを聞いた彼は非常にガッカリしました。しかし、ガッカリだったのは高速回線を失うからだけではありません。

「Google Fiberを獲得するために、ルイビルは背伸びしすぎたように思います。そういった都市のリストに、ルイビルの名前は滅多に挙がりませんから」と同氏。

Google Fiberが去った今、Coan氏はルイビルの名前に傷がつくのではと懸念しています。「事情を知らない人は、『ルイビルはGoogle Fiberにはふさわしくなかったんだろうな』と思うでしょう。でも、そうではないんです。」

でも実際のところ、ルイビルはGoogle Fiberにふさわしくなかったのかもしれません。ブロードバンド推進団体、Free Pressで政策部部長を務めるMatt Wood氏によると、巨大な通信企業と戦うことの限界が見えてきたこと、そして無線通信の発達などもあり、Google Fiberは規模を縮小し始めています。 ルイビルでの実験を見れば、彼らが新しい方向を模索していたのは明らかです。しかし、生命科学の「Verily」、自動運転車開発の「Waymo」、Google Fiberを取り仕切るビジネスユニット「 Access」など、Google内で「Other Bets」と呼ばれる他の野心的なプロジェクト同様、Google Fiberも失敗だったようです。

高速インターネット利用が広げたという面も

しかし、Google Fiberがブロードバンドへのアクセスを大きく変えたのは間違いありません。ルイビルが羨むナッシュビルでは、Google Fiberが登場して高速インターネットの利用が大幅に増加しました。同時に、Googleとの競争のおかげで、既存の通信企業であるAT&TやComcastなども、ルイビルも含めて光ファイバーの普及を加速させ始めました。つまり、より多くの人がオンラインにいて、検索し、広告を見ているということです。

「彼らの収入は広告からきています。だから、より多くの人にネットを提供するというのは、あくまで目的のための手段でしかないのです」とWood氏。

市議会議員のCoan氏は、ルイビルでの失敗はGoogle Fiberにとって終わりの始まりだと言います。「その方が私にとってせいせいします。ルイビルの市民みんなにとってもそうです。」