電気自動車(EV)メーカーの米テスラがアナリスト向けに2019年4月22日(現地時間)に開催した自動運転機能などに関する発表会で、同社CEOのイーロン・マスク氏は終始上機嫌だった。2日後の24日に赤字決算の発表を控えていたにもかかわらず、だ。その理由は、同社が開発した完全自動運転向けの車載コンピューター「FSD」と、同コンピューターに搭載した半導体部品のSoC(System on a Chip)にある。

 車載コンピューターは、クルマに搭載したカメラや超音波センサー、レーダーといった各種センサーで取得したデータを基に演算処理を施し、状況の認知などを行う。すなわち、自動運転車の「頭脳」である。その演算処理を担うのが、CPUコアやGPU(画像処理半導体)コア、ニューラルネットワーク用のアクセラレーター回路などを備えるSoCだ。

発表会に登壇したテスラCEOのイーロン・マスク氏(テスラの公式サイトの動画より)
発表会に登壇したテスラCEOのイーロン・マスク氏(テスラの公式サイトの動画より)

アップデートで完全自動運転車に

 テスラの新しい車載コンピューターの特徴は、同社が完全自動運転の必要条件とうたう演算性能144TOPS(Tera Operations Per Second)を達成したこと。72TOPSのニューラルネットワーク用のアクセラレーター回路を備えたSoCを2つ搭載し、実現している。発表会でマスクCEOは、「このFSDを搭載したテスラ車はすべて、ソフトウエアのアップデートで完全自動運転車になる」と、自信たっぷりにアピールした。

 これまでテスラが自社の「モデル3」などに搭載してきた車載コンピューターは、完全自動運転向けではなく、車線変更の支援などが可能な、「レベル2」水準の「オートパイロット」機能への対応にとどまる。搭載するSoCも自社開発品ではなく米エヌビディア製を採用してきた。

車載コンピューター「FSD」(テスラの公式サイトの動画より)
車載コンピューター「FSD」(テスラの公式サイトの動画より)
FSDは2つのSoCを搭載(テスラの公式サイトの動画より)
FSDは2つのSoCを搭載(テスラの公式サイトの動画より)

20年に100万台に搭載

 完全自動運転向けとはいえ、実用化は先の話ではない。既に19年3月から量産している「モデルS」と「モデルX」、同年4月から量産のモデル3のすべてに、FSDを搭載し始めたことを明らかにした。その前から、オプションとしてFSDを搭載できていたもよう。実際、同社のコミュニティーサイト内の投稿を見ると、18年10月段階でモデル3注文時のオプションとして表示されるFSDに関する質問が出ていた。

 19年内には、モデルS/3/Xをあわせて週1万台体制で量産可能にする。20年には、小型SUV(多目的スポーツ車)のEV「モデルY」やEVトラック「モデルSemi」にも搭載する予定とした。20年中ごろには、FSD搭載のテスラ車は100万台以上に達し、法律などの各種規制がクリアされれば完全自動運転を生かした「ロボットタクシー」を始められるとした。

納車を待つテスラのEV。日経BPが撮影
納車を待つテスラのEV。日経BPが撮影

ロボットタクシーや独自ライドシェアを可能に

 発表会ではロボットタクシーの採算性についても言及した。例えば、ロボットタクシー1台当たりの運行コストは、1マイル当たり0.18ドルで、所有車の同0.62ドル、ライドシェアの同2~3ドルに比べて安価だという。その結果、1マイル当たりの粗利(Gross Profit)として0.65ドルを確保できると試算。ロボットタクシー1台当たりで1年間に生じる粗利は約3万ドルに達するとみている。

 ロボットタクシーのコストは、1台当たり3万8000ドル未満だという。つまり1年強、少なくとも2年で元を取れる計算になる。ロボットタクシーの車体寿命は走行距離換算で100万マイルほどとみる。年9万マイルほど走行すると仮定すると、寿命は11年となる。その間、ロボットタクシーは稼ぎ続けるというわけだ。

 さらに、ライドシェアが可能なネットワークサービス「Tesla Network」も紹介。テスラ車の所有者はスマートフォンアプリを通じて、友人や職場の同僚、SNS上の知人らなど、信頼が置ける人々にロボットタクシーとして貸し出せる。所有者が利用しないときに貸し出すことで、所有者は収入を得られる。この収入の中からテスラは「25~30%を得る」(マスクCEO)という 1)。

■参考文献
1)市嶋、「テスラが顧客の車でシェアリング、車体価格は実質0円に?!」、日経ビジネス電子版、2019年4月26日、https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/042600311/.

AI半導体が主役に

 こうしたビジネスモデルを実現する上で必要不可欠なのが、完全自動運転対応の車載コンピューターであり、同コンピューターに搭載するSoCである。それだけに、発表会でのSoCの扱いは「別格」だった。

 一般的に、テスラのような自動車メーカーが開催する自動運転に関する発表会では、安全性のアピールや自動運転車を利用したモビリティーサービスなどの事業戦略の説明に、長い時間を割く。もちろん今回の発表会でも、ロボットタクシー事業やカーシェアサービスなどをマスクCEO自らが説明した。

 しかしそれらはあくまで後半の話題。発表会が始まるとすぐにテスラの半導体技術者が登壇し、FSDに搭載したSoCの話題になった。しかも、SoCのパッケージ(外装)の外観だけでなく、その内部の写真まで披露しつつ、SoC内の回路や機能などの細かな仕様を解説した。アナリスト向けというよりも、半導体技術の国際学会のようだった発表会からも、独自設計のSoCに対する自信と喜びが伝わってきた。

 最近ではプロセッサーなどの半導体部品の大手ユーザーが、自社製品の差異化のために自ら半導体製品を設計・開発し、台湾TSMCや韓国サムスン電子などのファウンドリーに製造を委託するケースが増えている。

 例えば、米アップルはiPhoneやiPad向けのアプリケーションプロセッサーを、米グーグルは深層学習用のプロセッサーやIoT端末向けセキュリティー半導体を設計・開発した。自動車業界でもデンソーグループがAI半導体を開発している。

 テスラのSoCもこの趨勢(すうせい)にある。製造委託先はサムスンで、同社の14nm世代の製造技術を適用している。

SoCのダイ写真(テスラの公式サイトの動画より)
SoCのダイ写真(テスラの公式サイトの動画より)

対抗心むき出しのエヌビディア

 上機嫌で発表したテスラに複雑な思いを抱いたのは、これまでテスラにSoCを提供してきたエヌビディアだった。同社はテスラの発表会の翌23日、公式ブログ内でテスラのプレゼンテーション内容に対して異を唱えた。テスラがFSDとSoCのベンチマークとして、エヌビディアの製品を取り上げていたからだ。

Teslaに対する反論を載せたNVIDIAの公式ブログ
Teslaに対する反論を載せたNVIDIAの公式ブログ

 発表会でテスラは、FSDは2つのSoCを搭載した車載コンピューターと、エヌビディアのSoC「Xavier(エグゼビア)」1つを比較していた。これに対してエヌビディアは、同じ完全自動運転向けの車載コンピューター同士で比較すべきだと指摘。高性能な次世代品「Orin(オーリン)」を開発中だとアピールした。さらに、テスラのプレゼン資料内のXavierの演算性能の数値に誤りがあると指摘した。

エヌビディアの焦りが見え隠れ

 4月22日のテスラの発表会で、SoCの開発チームの代表として登壇したピーター・バノン氏はかつては米アップルに所属し、アップルが08年に買収した半導体メーカー米P.A. セミにいた人物である。P.A. セミは低消費電力化を得意としていた。消費電力をなるべく削減し、電力効率を向上させる手法にたけた人物が、テスラのSoC開発チームにいるわけだ。

 自動運転の要となるAI技術の開発では、ディープラーニング(深層学習)の学習をエヌビディアのGPUを搭載したコンピューターで実施する場合が多い。このため、同じGPUコアを搭載するエヌビディア製品を車載コンピューターにすれば、「OTA(Over The Air)」と呼ばれるソフトウエアアップデートを実施しやすいという。だが、車載コンピューターに採用するには消費電力が大きいとの指摘がある 2)。

■参考文献
2)木村、「GPUだけじゃない、AI半導体の最適解」、日経Automotive、2019年4月号、https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/mag/at/18/00012/00016/.

 そんな状況で、テスラ自らが、消費電力を従来よりも抑えた完全自動運転向けのSoCを実現した上、そのSoCを実装したコンピューターを量産EVに搭載し始めた。こうした状況に対するエヌビディアの対抗心や焦りが、同社のブログから透けて見える。

 ブログの最後に掲載した文言も、エヌビディアの対抗心と焦りが透けて見える。「(完全自動運転に向けた)AIコンピューティングを実現できているのはエヌビディアとテスラ。このうち、オープンプラットフォームなのは1つ(エヌビディア)だけ」と、自社をアピールして締めくくった。

 今回のテスラとエヌビディアの動きからは、自動運転向けAI半導体の主導権争いが決着していないことがうかがえる。自動車メーカーや1次部品メーカー(ティア1)、半導体メーカーなど、異なる立場のメーカーによるAI半導体の開発競争が一層激しさを増しそうだ。

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