世界中で1万7千個の財布を落とす実験。中身が高額なほど持ち主に戻ってくる!?

  • 11,192

  • X
  • Facebook
  • LINE
  • はてな
  • クリップボードにコピー
  • ×
世界中で1万7千個の財布を落とす実験。中身が高額なほど持ち主に戻ってくる!?
Photo: Justin Sullivan/ゲッティイメージズ

世の中、わるい人たちばかりじゃないよね。

世界各都市で1万7千個の財布を落とした人たちがいました。もちろん、おっちょこちょいなわけじゃありません。これは世界の人々の誠実さを計る実験です。先日、Scienceで公開された論文によれば、この実験により3年間で50万ドル(約540万円)のお金が戻ってきたといいます。

届け出たあと持ち主に返ってくるかを実験

世界40カ国の主要355都市をめぐる実験プロジェクトに採用されたのは、男性11名、女性2名を含む13名。銀行、映画、ホテル、交番のほか公共スペースを渡り歩き、あらかじめ用意した財布を、「落とし物の財布」として近くの係員に届け出る役目を果たしました。この財布が持ち主のもとに戻ってくるかを実験したのです。

190624LostMoney2
Photo: Christian Lukas Zünd (Science)
なかには1万円近くの現金が入った財布も。

落とした財布は中身が見えるシースルーで、中には現地の言葉で書かれた買い物リスト男性の名前とメールアドレスが記載された名刺が含まれていました。

財布によって中身は異なります。千円程度の現金+鍵なしのケースもあれば、特にアメリカ、イギリス、ポーランドの3つの国では1万円近くの額を含むものなどもあり、あらゆるパターンで実験が行なわれました。世界各地をまわって「落とした」財布の数は、合計で1万7千点に及ぶとのことです。

その結果はというと、お財布に何も現金が入ってなくても連絡をくれたのは全体の40%以下。現金があった場合は51%が連絡をくれました。そして1万円近く入っていた場合はというと、72%の人々がお財布を持ち主に届けようと連絡をしてくれたといいます。

「なぜ人々は、中身の額が多いほどお財布を持ち主に返そうとしたのでしょうか? 単に人々が利他的であり、彼らが財布の所有者を気にかけているからであると考えるのが自然でしょう」とプレスカンファレンスで語ったのは、研究論文の著者でチューリッヒ大学の経済学者であるChristian Lukas Zünd氏。

今回の結果は、利他主義と盗難回避(theft aversion)と呼ばれるものの組み合わせを示しています。すなわち、泥棒のように感じることへの嫌悪感です。

その裏付けとして、研究チームは次のような傾向があることを示しています。というのは、現金+鍵ありのほうが、現金+鍵なしの財布よりも連絡が多かったのだそう。鍵をなくすとどんな気持ちになるのかは、多くの人がわかっているということでしょうか。

研究者はまた、べつの実験で「落とし物の財布を持っていることについてどう思うか」について被験者に問いかけました。すると「盗んだ気持ちになる」ことや「中身の金額が高いほど盗んだ気持ちが高まる」という意見があがったといいます。

国別の結果がこちら

研究者らは次のような財布を持ち主に返すことを妨げる要因をできるだけ除外したといいます。その項目には、セキュリティカメラの有無、他人の落とし物を所持することへの罰則の有無、落とし物を預かった人の年齢、地元民であるかどうか、落とし物を届け出た研究アシスタントの特徴などがありました。これらに左右されないかたちで出た国別の結果が、以下のグラフ。

190624LostMoney3
Illustration: Cohn, et al (Science)
黄色の点は現金が入っていなくても財布を持ち主に返そうとした人の割合を、赤い点は千円程度の現金が含まれた財布を返そうとした人の割合を示しています。

国によって結果に違いがあることは明らかでした。たとえばスイス、ノルウェー、オランダでは大半の人々が現金が入ってようとそうでなかろうと、落とし物の財布の持ち主への連絡を試みたことがわかりました。

それとは対照的に、中国、マレーシア、ペルーではどのような条件であっても連絡を試みたのは少数でした。しかし、なかに現金が入っている場合には返そうと試みる人の割合が増えたといいます。

メキシコやペルーは逆で、現金が入っていなかった場合よりも現金が入っていた場合のほうが、返そうと試みた人の数が少なかったという結果になりました。

世界一なくした財布が返ってきそう(主観)な日本はというと...残念ながら、研究の対象に含まれていませんでした。アメリカを例にこのグラフをみてみると、誠実さでは21位。ただやはり、1万円近くの現金が入った財布に関しては、届け出の数が大幅に上昇していました。

何故このような違いが国によって生まれるのかというと、財布を持ち主に返すことへの熱心さは地域のモラルや文化、市民の責任感によって大きく異なることが考えられます。

北欧のように経済の不平等性が少なく、社会的安全保障がしっかりとした地域では、たとえ他人であっても助けようとする精神が強い傾向があるようです。いっぽうで政治の崩壊があったり、市民を巻き込んだかたちでの民主活動が弱かったりする地域では、どちらかというと宗教心が強く(多くの場合それに関連して)他人よりも家族を大事にする傾向があることも指摘できます。

研究者は、こうした結果はあくまで相関関係にすぎないといいます。とはいえ、世界には「正しいこと」をしようとする、利他的でモラルある人たちが一定数いることもわかりました。もしかすると私たちは、どこか他人の思いやりについて過小評価している部分もあったかもしれないですね。

同チームは、落とした財布がどの程度戻ってくると思うか、アメリカの一般市民(299名)と経済学者(279名)に質問してみました。すると経済学者のほうが、わずかに予測が合っていたものの、現金が入っていれば財布は戻ってこない割合のほうが高いと考えていた人が多くいることもわかりました。

今回の研究の主な目的は、市民の誠実さを計るうえでの方法を確立するためだったといいます。しかし、それ以上に明らかになった部分も多くあったといえるでしょう。個人的には、もし日本が研究対象に含まれていたらトップのスイスを上回るんじゃないしらと予測しています。(実際にやってみて、もしこれが過大評価だったらどうしよう。)いずれにせよ、データの変遷も見れるのでまた定期的に同様の実験があればきっとおもしろいのではないかと思います。