「安倍首相は空虚である」自民党政治家を徹底分析して見えた「実像」

中島岳志×武田砂鉄『自民党』対談

G20が終わり、参議院選挙が目前となった。今、自民党の本質とは何か? 安倍首相は何を考えているのか? 政治学者・中島岳志氏は最新作『自民党 価値とリスクのマトリクス』(スタンド・ブックス)で、9人の首相候補政治家の言葉・著作を分析した。今回、ライター・武田砂鉄氏との対談を企画。自民党政治家の言葉から見えてくるものとは――。

(構成:山本ぽてと、写真:杉山和行)

空虚だからこそコスプレセットを着込む

中島:新刊『自民党』では、安倍晋三氏、石破茂氏、菅義偉氏、野田聖子氏、河野太郎氏、岸田文雄氏、加藤勝信氏、小渕優子氏、小泉進次郎氏といった9人の首相候補政治家のインタビューや著作をもとに、彼らの発言を引用しながら、現在の自民党の姿と政治家たちの実像をあぶりだそうと試みています。

武田:自民党』を読んでまず感じたのは、今、安倍首相がなにを考えているのか、私たちはもう何年も耳にしていないのかもしれない、という事実の危うさです。いま彼から放たれる言葉の多くは、彼自身の言葉ではない。そのほとんどが他者が用意した言葉であり、誰かを慮る言葉ばかりです。

(左)中島岳志氏、(右)武田砂鉄氏

中島:おっしゃる通り、安倍首相は自分の言葉を話していない。なんでも語っているようで、なにも語っていない。彼の言葉を表面的に理解するだけでは、見えてこないものがあります。

私が関心を持ったのは、2016年6月の吉祥寺での選挙演説です。反対派の人が押しかけて「帰れ」コールをしたのですが、今まで定式化されていたことを喋っていた安倍首相が我慢できなくなって、次のように言ったんですね。「私は子供の時、お母さんからあまり他人(ひと)の悪口を言ってはいけない。こう言われましたが、……妨害ばっかりしている人がいますが、みなさん、こういうことは止めましょうね、恥ずかしいですから」。

私は彼が口にした「お母さん」という言葉が、固められた言葉からは見えなくなっている部分で、ここに露出したナイーブな幼さと、高圧的なタカ派イデオロギーのアンバランスが、この人の本質だと思うんです。

 

これは安倍首相の思想と無関係ではありません。彼は母方の祖父である岸信介氏への思いが強い。自伝を読んでも、父親の安倍晋太郎氏のことは冷淡に書いていますし、父方の祖父で反戦の立場をとった政治家・安倍寛氏についてはまったく触れようとしない。

安倍首相が幼少期のころ、晋太郎氏は家を空けがちで、ほとんど遊んでもらえなかった。しかも兄のほうが勉強がよくできたため、父は晋三氏に冷たかったようです。出来の悪い息子だと言われてきた。それを擁護してくれたのが「お母さん」で、よく連れていかれたのが母方の実家、岸氏のいる家でした。その思い出が彼の根本にあるんです。

91年に父・晋太郎氏が亡くなり、晋三氏は93年に衆議院議員に初当選します。それ以前を調べてみても、政治的な考え方についての証言も、文章も出てこない。彼には固定化されたイデオロギーや思想はなかったんです。ただ、父が亡くなったときの追悼文が冷たかった。

彼が右派イデオロギーに染まっていくのは当選直後です。当時、自民党は野党でした。細川内閣は「侵略戦争であった、間違った戦争であった」と記者会見で表明し、直前には河野談話もありました。そこに反発した自民党の一部が「歴史・検討委員会」を発足し、安倍氏も参加するようになります。その後、中川昭一氏が代表を務める、歴史教科書問題や慰安婦問題を語る若手勉強会の事務局長になります。

彼はまっさらなので、スポンジのごとく考えを吸収し、あの言説が生まれていきました。吸収した背景にはもちろん岸をめぐる個人的な愛着があると思うのですが、確固たる思想があったわけではない。幼少期に持っていた屈折に、中川昭一氏らタカ派のイデオロギーが入ることによって出来上がったのが安倍さんなんです。

「ナイーブな幼さと、高圧的なタカ派イデオロギーのアンバランスが、安倍首相の本質だと思う」(中島氏)

武田:政界に入り、その「スポンジ」の中に刺激物を注入し、自分の言説をラディカルなものに仕立てていく。彼が政権を取ったあと、彼に迎合するように生まれた右派論客の刺激物の作り方に似ています。

青木理『安倍三代』(朝日文庫)を読むと、祖父・寛氏、父・晋太郎氏の章に比べ、晋三氏が薄味で驚きます。あちこち取材に出かけても、周囲は晋三氏についてあまり覚えていない。「いくら取材を積み重ねても」「悲しいまでに凡庸で、なんの変哲もない」と書き、晋三氏の空虚さが強調されていた。

中島:彼の言説を追うと、「コスプレ」だと感じます。思想があるのではなく、右派の「憲法改正」「靖国参拝」というアイテムをコスプレセットとして身に着けている。しかもそれは「保守思想」というよりも、「反左翼」で一致されたアイテムです。

武田:量販店に行くと、流行りに合わせたコスプレセットが売られていますよね。マツケンサンバが流行れば、マツケンのコスプレセットが売られたりする。「これを全部着込めば、ひとまず忘年会のステージに立てる」というもの。ああやってアイテムを急いで着込んだ人が、長らく日本のトップにいるわけですね。

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