“完璧”なカラー設定「Solarized」の魅力は、計算し尽くされたものだった

テキストエディターなどに採用され、その配色の美しさが多くの人々を引きつけているカラースキーム「Solarized」。反転させても関係性の変わらない16色が織りなす美しさの秘密をひも解くと、開発者による計算し尽くされた心配りが見えてきた。
“完璧”なカラー設定「Solarized」の魅力は、計算し尽くされたものだった
IMAGE BY ZACHERY BIR

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数年前、あるカラースキームに惚れ込んでしまった。ディープグレーの背景に、オフホワイトのテキスト。アクセントとしてバターのようなイエローがかったオレンジと、ニュートラルブルーを取り入れている。長編SF小説『ニューロマンサー』の著者ウィリアム・ギブスンの言葉を借りるなら、「放送を休んでいるときのテレビ画面のカラー」といったところだろうか。

これはmacOS向けの人気テキストエディター「TextMate」で展開されている「Solarized Dark」というカラーテーマの話である。正直に言うとSolarizedのことは、当初はそれほど深くは考えていなかった。しかし、ほかのカラースキームでは仕事ができなくなっていることに、ほどなく気づいた。画面を日がな1日見つめていると、フォントとの好みにうるさくなることがあるものだ。

Solarizedから離れらなくなったのは、わたしだけではないこともわかった。コーディングを職業にしているわけではないが、メモの作成や整理に好んでテキストエディターを使っている。MacからWindowsに切り替えたあとにツールを探していたところ、Solarized Darkと、同じ16色のパレットを使った「Solarized Light」をほとんどそこらじゅうで見るようになっていた。

どのくらい多くのプログラマーがSolarizedを使っているのか知るのは難しい。無料のオープンソースなので購入者の記録はないのだ。主要なテキストエディターや、そのほかたくさんのプログラミングツールに利用されている。マイクロソフトも人気テキストエディター「Visual Studio Code」をSolarizedに連動させているように、Solarizedには根強いファンがついているのだ。

テキストエディター「Vim」において、HTMLコードを「Solarized Dark」で表示した例。IMAGE BY ETHAN SCHOONOVER

偶然の産物ではない

「ターミナルのウィンドウにSolarizedがないと、違和感があってどうも落ち着かないですね」と語るのは、ヴァージニア州リッチモンド在住のプログラマー兼アーティストであるザカリー・ビルだ。彼はSolarizedが公開された直後の2011年から、これを使ってきた。Solarizedが大好きで、コンピューターでつくり出す自身の作品のカラースキームとして利用している。

「暗い環境と明るい環境のどちらでもバランスがとれていて見栄えもよいパレットを、自分の力で生み出せるとは思っていませんでした」と、彼は語る。

Solarizedは偶然の産物ではない。開発したイーサン・シュノーヴァーによるディテールへの心配りが、これでもかとばかりに反映されている。「すべてが満足できる色になり、数学的に見て調整がとれたと1,000パーセント確信できるまでは公開しませんでした」と、シュノーヴァーは話す。

「色を調整したものから、わざと狂わせたものまで、たくさんのモニターを用意しました。こうしたものをときおり見せられた妻は、わたしの頭は少しおかしいと思っていたのです」

激しすぎるコントラスト

シュノーヴァーがSolarizedの開発に取り組み始めたのは、シアトルでデザイナーとプログラマーの仕事をしていた10年のことだ。そのころOSを切り替えたばかりで、使えるツールのカラースキームにがっかりしていた。多くのアプリケーションは、黒地に白のシンプルなカラースキームしか使えなかったからだ。それは、旧式のテキストベースのコンピューター端末に先祖返りしているかのようだった。

こうした昔風のカラースキームは、レトロなディスプレイにならおうとしていた結果だ。しかし彼は、本物のレトロなディスプレイで眺めていたときと比べて、はるかに目に優しくないことに気づいた。なぜなら、1980年代のモニターでは映し出される背景がまったくの黒ではなかったからだ。

「色のコントラストがもっと低かったのです」。これに対して現代の液晶ディスプレイは、もっと暗い色も明るい色も表示できる。

スクリーンにおけるテキストの色の最適なコントラストについては、さまざまな議論があり、高めのコントラストを好む人も多い。しかし、彼が気にしていたのはこの部分だけではなかった。コントラストが低いカラースキームについても、ほとんどが十分とは言えなかったのだ。

というのも、最高にうまくデザインされたテーマであっても、ほかの色よりも明るすぎて気が散ってしまう色が、少なくとも1色は使われている場合が多かった。これは、知覚される色の明度が背景によって変わるためだ。つまり、同じ色調のブルーであっても、周囲の色によって明るく見えたり暗く見えたりするということである。

コーディングにおける悩みの種

ヘルムホルツ・コールラウシュ効果と呼ばれるこの現象は、プログラマーにとっては特に悩みの種と言える。というのも、コーディング用のツールはコードのさまざまなパーツを色によって区別しているからだ。

例えば、ウェブページのコードを、Solarized Darkを採用したよく使われているテキストエディターで開くと、ウェブリンクはグリーン、イタリックの追加など書式の構文はブルー、開発者がほかの開発者のために書くコメントはグレーといった具合に表示される。こうした配色においては、要素を見分けやすくしながらも、どの要素もほかの要素より目立つことがないことが理想だ。

シュノーヴァーは、一緒に使って見栄えがいいだけでなく、知覚される明度が同じになる色の組合せを見つけることを目指した。また、LightとDarkの双方のテーマで同じパレットを使おうとしたことが、さらに作業の難易度を高めた。こうしたことから、あらゆるモニターやテストが必要になったのだ。

テキストエディター「Vim」において、HTMLコードを「Solarized Light」で表示した例。IMAGE BY ETHAN SCHOONOVER

制限された美しさ

シュノーヴァーは、色を選択するうえでの数学的な性質についてたくさん説明してくれたが、出発点になったブルーとイエローはとても個人的な理由で選んだという。

ブルーは、長年にわたる海洋恐怖症(非常に深い水域に対する恐怖心)を自分に思い起こさせる色にした。イエローは、自分の子ども時代を連想させる味と匂いを喚起する色にした。こうした色が聞こえたり言葉に味を感じたりするシナスタジアの体験は、この色を除いては特にないという。

「両親はアーティストです。はっきりとした理由がなくても何かを選ぶことには慣れています」と、彼は話す。

この2色を出発点にして、ほかの色を見つけ出した。要素の違いを十分に、それでいて過剰にならないように引き立たせ、さらにLightとDarkのどちらのヴァージョンでもコントラストの水準が維持される色合いだ。こうして、反転させても関係性が変わらない16色のパレットが完成した。

「音符の数を限定した作曲に少し似ているでしょう。制限されているからこそ美しいのかもしれません」

オープンソースの世界へ

コードをホスティングするプラットフォーム「GitHub」において、シュノーヴァーはSolarizedを11年4月に無料公開した。商品化は一度も考えなかったという。「特別な何かが失われ、汚されてしまいますから」と彼は話す。「オープンソースソフトウェアという世界を信じています。誰もが利用できる特別なものを世の中に提供することに大きな価値を感じているのです」

Solarizedはさまざまなアプリケーションでテストされている。彼は、初めのうちはテキストエディター「Vim」やテキストベースのメールクライアント「Mutt」など、自らの仕事で使っている少数のツールのみを対象に公開した。Vimのメーリングリストで公開を告知したところ、すぐにオンラインコミュニティ「Hacker News」でフロントページに掲載された。

Solarizedはプログラマーたちの間でたちまち人気を集めることになる。それからプログラマーたちは、シュノーヴァーが当初サポートしていたプログラミングツール以外のツールに適応させる作業にすぐにとりかかった。こうして、Solarized Darkはフェイスブックのコマーシャルに13年に登場することになったのだ。開発者のモニターに出ている黒い長方形をよく見ていると、ほのかに色の付いた行が横に走っていることに気づくだろう。

Solarizedが日の目を見るとき

Solarizedは、ギーク向けのアプリケーション以外にもじわじわと進出し始めている。macOSの文書作成アプリケーション「Ulysses」には、オプションのテーマにSolarizedが取り入れられた。ヴィデオゲーム「N++」では14年、たくさんのグラフィックに採用されている。メモアプリケーション「μPad」にいたっては、Solarizedを製品の特長としてウェブサイトで宣伝しているのだ。

「μPadのSolarized Darkは、深夜の勉強にとりわけもってこいです。自分でも認めたくないほど、幾度となくお世話になっています」と、μPadを開発したニック・ウェブスターは話す。ウェブスターは、ニュージーランドのウェリントンにあるヴィクトリア大学でコンピューター科学を学んでいる。

しかし、主要なウェブアプリケーションやソフトウェアスイートといったメインストリームの間には、まだ浸透していない。「アップルがmacOSにダークモードを導入したとき、素晴らしいと思いました。願わくば、Solarizedであってほしかったですけどね」と、 プログラマー兼アーティストのビルは話す。

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とはいえ、グーグルの「Chrome」やフェイスブックの「 Messenger」、「Slack」と、ダークモードのテーマを発表するアプリケーションは増えてきた。Solarizedも、いよいよ日の目を見ることになるかもしれない。


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TEXT BY KLINT FINLEY

TRANSLATION BY RYO OGATA/GALILEO