小規模ビールメーカーが製造したビールを指す総称として、「地ビール」と共に目にするようになった「クラフトビール」。
ここ数年で、クラフトビールのブルワリー(醸造所)も愛飲者も一層増え、規模も様々なフェスが開催されるようになり、いよいよ日本でも定着しようとしています。
それでも、飲み会に行けば「とりあえずビール」と、なじみのビールを注文する人がまだまだ多数派と思います。
慣れた銘柄を飲み続けるのもビールの楽しみですが、クラフトビールにも目を向けてみると、別の世界が待っているかもしれません。
今回は、『今飲むべき最高のクラフトビール100』(シンコーミュージック・エンタテイメント刊)の共著者・訳者であり、国際的なビール審査会の審査員も務める長谷川小二郎さんに、クラフトビールの世界について伺いました。
多様性と地域性がクラフトビールの大きな魅力
── クラフトビールの魅力は、どんな点にあるのでしょうか?
長谷川:まず、クラフトビールという概念は、1980年代以降に米国で、大手メーカーによる画一的かつ味わいの乏しい大量生産品とは異なる、小規模で経営的に独立しているからこそのつくり手本意の「つくりたいものをつくる」ビールとして、形成されてきました。
自分のつくりたいものをつくる小規模のブルワリーが広まると、結果としてさまざまな銘柄が生まれ、消費者は選ぶ楽しさが得られました。
さらに、自分の住むまちのブルワリーがつくるビールは「我らのビール」、つまり同じ地域住民による、地域のみんなが飲みに集まれる事業として、応援したくなるという特徴があります。
そこで魅力と言えば、小規模ブルワリーが存続できるからこその多様性と、コミュニティーが育まれる地域性です。
さらにビールは、フェスティバルに一人で参加しても帰るころには新しい友だちができると言えるほど、社交的な飲み物です。
言い換えれば、国籍を問わず、気軽なおしゃべりをしながら飲むのに、最も向いている酒ではないでしょうか。
フェスティバルでは、友だち同士でさまざまな銘柄を買ってきて回し飲みするのは、当たり前の光景です。
まず押さえておくべきスタイルは、ピルスナー、IPA、ヴァイツェンの3種
── 日本では、コンビニやスーパーなどの小売店や、飲食店などで、クラフトビールの取り扱いがどんどん増えています。主にどのようなカテゴリー(スタイルといいます)に注目すべきでしょうか?
長谷川:スタイルは細かいのを含めると100を超えますが、日本で楽しむことも考慮すると、まず押さえておくべきスタイルは、ピルスナー、IPA、ヴァイツェンの3種。
ピルスナーは、世界で一番飲まれているスタイルで、金色で比較的すっきりとした味わいが特徴です。日本の大手ビールメーカーが主力商品として出している銘柄は、基本的にこれに属します。
小規模のブルワリーでも、これをつくっているところはたくさんあります。
慣れ親しんだ味わいであり、人間は味わい慣れたものを美味しいと観じますから、とっつきやすいでしょう。
ぜひ複数の銘柄を並べて飲んでみてください。飲み慣れていると思っていても、それぞれ異なる特徴があることが分かるでしょう。
英国発祥で、20世紀後半から米国でもつくられるようになって大人気となったIPAは、世界中のクラフトビールの「うねり」を強力に形作っているという点で注目しておきたいです。
ホップがとても効いていて、アルコール度数はやや高め。
ドイツのバイエルン発祥のヴァイツェンは、日本で特異的につくられているスタイルと言えます。
発祥国ドイツを除けば、これほどヴァイツェンをつくっている国は他にないのではないでしょうか。
日本のヴァイツェンは、世界的なビール審査会で毎年のように受賞を果たしています。
これほど日本人に好まれる理由として私が推定しているのはまず、日本酒の吟醸香の一つであるバナナ香を特徴の一つとしていること。
このバナナ香は醤油にも含まれているので、醤油を使った料理と一緒に楽しむとこの香りが強まります。
またビール全体の特徴である苦味は、やはり「味わい慣れたものは美味しい」で、美味しいと感じるまで繰り返し味わう必要がありますが、このヴァイツェンには苦味はなく、もしくはあっても非常に弱く、すぐに美味しく感じやすい面があります。
文字情報をもとにいくつかの銘柄を試してみよう
── たくさんある中から選ぶコツみたいなものはありますか?
長谷川:誰しも、ビールを買って口にするまでの間には、銘柄名や売り文句など、文字情報に触れないことはありません。
それを逆手に取って、今回私たちが書いた『今飲むべき最高のクラフトビール100』にあるような解説を読まれ、印象に残る記述があった銘柄を試していってはどうでしょうか。
本書には、一度は試す価値がある銘柄しか載せていません。
いろいろ味わってみることで、嗅覚と味覚の幅を広げ、クラフトビールの多様性を味わうことになると思っています。
そして、何本か試すうちに、「この著者は『苦味がかなり強い』と書いているけど、自分にとってはちょうどよく、美味しいと思う」といった具合に、自分の好みと記述の違いが分かってきて、だんだん好みの銘柄に当たっていくと思います。
もう1つ、たくさんのなかから選ぶコツは、一部のビアパブなどで提供している「お試しセット」でいくつかの銘柄を少量ずつ試して、お気に入りを見つけることです。
初めての人にもおすすめしたい5銘柄
── 最後に、著書『今飲むべき最高のクラフトビール100』から、クラフトビールの多様性を味わえる5銘柄をチョイスしていただきました。
それぞれについて、特徴とおすすめポイントを教えてください。
「COEDO 白 – shiro- 」(コエドブルワリー)
長谷川:1996年に生まれたブランド「COEDO」は、多くの店で取り扱っていて買いやすいのですが、その中でもおすすめしたいのが、こちらです。
スタイルはヴァイツェンで、そのなかでも酵母を濾過していないものの一つ「ヘーフェヴァイツェン」と呼ばれるもので、豊かな泡と濁りのある金色が見た目の特徴です。
香りは、クローブやバナナを思い起こさせます。味は、甘味がありながら、ほんのり酸っぱく、苦味は全く感じません。
刺身や燻製と合わせると、例えばこのビールの香りが強まります。
「九州CRAFT 日向夏」(宮崎ひでじビール)
長谷川:第一の特徴として、副原料として宮崎県産の日向夏(ヒュウガナツ)が含まれています。フルーツとの組み合わせは、エール(上面発酵)が多いのですが、こちらはラガー(下面発酵)と組み合わせて成功している珍しい例です。
香りも味わいも、まさに夏みかんを連想させ、ぴりっとした刺激も柑橘類特有のもの。
それを、ラガーの穏やかな特徴を伴う柔らかなピルスナーの味が下支えしてくれ、さっぱり爽快です。
「ニューイングランドIPA ねこにひき」(伊勢角屋麦酒)
長谷川:IPAの世界では、ニューイングランドIPAあるいはヘイジーオアジューシーIPAといって、濁っているものが流行です、そのなかでも、国内で入手性も味わいも安定しているが、この銘柄です。
とてもフルーティーで、パイナップルやマンゴーを思わせる香りがありますが、香り付けのためにホップを大量に使っていて、果物は使っていません。
さらに苦味は穏やかで、濁っている感じと相まって、全体的にまろやかです。
「三陸牡蠣のスタウト」(世嬉の一酒造)
長谷川:スタイルは、ギネスでおなじみのスタウト。その中でも、牡蠣の実と殻を入れたオイスタースタウトです。
鋭い苦味が特徴のギネスと違い、こちらは非常にまろやかです。
アルコール度数の高さと相まった甘味があり、塩気と一緒に味わえば、誰もがうま味を感じられるでしょう。
味わい豊かですが重たい印象はなく、すぐに次の一口を飲みたくなってしまいます。
「W-IPA」(箕面ビール)
長谷川:今回の書籍ではマーク・メリ教授が「日本のクラフトビールがついに世界レベルに達した」と称賛した銘柄です。
アルコール度数の高さと相まった甘さがあり、それと釣り合いの取れているホップの強い香りと苦味があります。
香ばしさもあり、現在のはやりの前に主流だった特徴です。
オールドファッションなIPAです。一日を豊かに締めくくる一杯になるでしょう。
今回のインタビューからもおわかりのように、クラフトビールの多様性は本当に豊かです。
ビアパブやフェスティバルなど、機会があれば参加してみてはいかがでしょうか。
Reference: 『今飲むべき最高のクラフトビール100』
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Photo: 鈴木拓也