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五十年後の宇宙船地球号02:地球の告白

五十年後の宇宙船地球号02:地球の告白

2019.07.18

Updated by Chikahiro Hanamura on July 18, 2019, 11:21 am JST

▼写真1 地球の告白
写真1 地球の告白

自転の可視化

事実としてとても信じられないことかもしれない。僕らがしっかりと立っているこの大地は、実は日々高速で動いているというのである。僕らの素直な実感は、地球が動いていることではない。太陽が空を横切って動いているという現象だ。しかし真実はどうやら逆らしい。

事実とはどこからまなざしを向けるのかによって大きく異なる。地球の上に立って空を眺めるのか、それとも大気圏の外に出て宇宙から地球を眺めるのかによって、まるで正反対になる。そして僕らのほとんどは、地球の外から直接まなざしを向けたことは一度もないはずだ。だから僕たちには地球が自転していることを実感するのは難しい。

1851年にパリのパンテオンでレオン・フーコーという一人の科学者が、振り子を用いて“ある実験”をした。それは地球が自転していることを証明するための実験であった。当時、地球が回転していることは知られた事実であったが、それを客観的な方法で確認する術がなかった。それをフーコーは振り子の運動を用いて証明してみせたのだ。それは次のような理屈だ。

振り子のおもりは一度振ると、重力に従ってずっと一定方向に振幅し続けるという性質を持っている。もしおもりをはじめに東西に降ると、ずっと東西の方向に運動する。なぜならおもりにかかるのは地球の重力だけなので、おもりは常に地球の中心に向かって同じ方向に引っ張られることになるからだ。しかし、もし地球が自転していればどうなるだろうか。おもりの運動は同じ方向にもかかわらず、吊り元の建物と僕らは、地球と一緒に回転していくだろう。だから、きっと振り子が動く方向が徐々に別の角度へと回転していくように見えるに違いない。そのことが地球の自転の証明に他ならないのだ。

そうした仮説を持っていたフーコーは、パンテオンの大ドームでその振り子の公開実験を行なった。全長67mのワイヤーで吊るされた28kgのおもり。それは時間とともに動く方向を変えていき、見事に地球の自転を可視化した。これが「フーコーの振り子」と呼ばれる装置だ。今では同じ原理の装置を世界各地の科学館などで見ることができる。

▼写真2 振り子と自転の原理
写真2 振り子と自転の原理

宇宙船からの告白

僕が初めて美術館で制作した作品はこのフーコーの振り子をモチーフにしたものだった。与えられた展示空間は約15m×30mの長方形。1927年に旧川崎銀行千葉支店として建てられた本格的なネオ・ルネサンス様式の建物で、今では外側をそっくり新しいビルが包み「鞘堂ホール」と呼ばれている。8本の円柱とその上部に渦形状の装飾を持つイオニア式のオーダーが並ぶ高さは10m程度の空間で、中央の天井にはさらに5mほど立ち上がった天窓がある。ここでインスタレーションを行った。

これくらい広く高い空間を効果的に変化させるには相当大きなものを用意せねばならない。しかし何か大きなボリュームのものを置いたり、大量のモノで埋め尽くすことは、この空間と対立してしまうと感じた。この空間に抗うのではなく、うまく寄り添いながら、普段は感じられない地球の外からの視点を表現したかった。時が止まったかのようなこの重厚なホールで、ただ一つだけゆっくりと動いている振り子。その動きは普段は意識することのない地球の自転を告白する。

▼写真3 地球儀の振り子
写真3 地球儀の振り子

僕が用意した振り子のおもりはガラスの球体で、その内部にLED照明を入れて青く発光する。そのガラス球をピッタリと包み込むような形で、鉄棒を縦横に溶接して緯度経度を持つ地球儀のようなカゴをデザインした。そのおもりを12mの長さのワイヤーで大きなホールの中央の天窓から吊るして振り子にして、その直下に運動の方向を可視化する目盛版を設置した。

僕らが立つこの大地は、一人残らず乗せながら常に回転し続けている。地球上のどの地点であってもその回転とともに僕らの生活は繰り広げられている。その真実を僕らは日々の生活で忘れてしまっているが、自転を可視化することで、今の小さな自分と壮大な地球との間を結ぶ想像力を表現したかった。これまでの地球の歩み、今の地球の状況、そしてこれからの地球が向かう先。振り子のリズムを前にして、地球について見つめなおす時間を過ごす。アポロ8号によって月から地球の姿が撮影された1968年からちょうど50年経った2018年。僕が美術館で何かを表現する動機があるとすれば、そんな地球に向ける外からのまなざしだった。

50年前に初めて地球を外から眺めた宇宙飛行士のまなざしは一体どういうものであっただろうか。おそらく言いようもない敬虔な気持ちに包まれていたに違いない。自分がかつて愛したものや憎んだもの、関わってきた全て人々や全ての思い出は向こう側にある。今自分がいる宇宙空間は、そんな地球でのあらゆる出来事とは大きく離れた場所だ。そこは俗なる日常とは全く異なった聖なる場所といってもいいだろう。

もしそんな宇宙飛行士のまなざしを追体験できるような感覚を共有できれば___。きっと人は真摯な気持ちで自分のこれまでの時間を省みるだろう。帰ることができないかもしれない地球を外から眺め、今胸のうちに抱いている悩みや想いを告白する。その時に美術館はかつて宗教施設が果たしていたような機能を持つかもしれない。そんな教会の告白室のような場が、今のような時代には必要なのではないかと思ったのだ。だからこの作品のタイトルに「地球の告白」と名付けることにした。

宇宙船からの告白

ホールの一角に、扉が二つあるガラス張りの小さな部屋がある。この小部屋はもともと銀行だった頃の風除室で、ここが入り口として使われていた。しかし今では入口が別の場所に設けられ、ここは閉ざされた小部屋のようになっている。僕はこの小部屋を区切り二つの部屋をつくり、片方を「告白の部屋」、もう片方を「時の部屋」と名付けた。この部屋へ一人ずつ入った来場者は、窓の向こうに揺れる振り子を眺めながら宇宙飛行士のまなざしを追体験することになる。

▼写真4 二つの小部屋
写真4 二つの小部屋

部屋に置かれたヘッドホンでナレーション音声を聞きながら、その追体験が導かれる。ナレーションは僕の親愛なる友人である女優のサヘル・ローズに読んでもらうことにした。美しく響く豊かな声を持つ彼女は、様々な生い立ちを経てイランから日本にやってきた。二つの世界を知っている彼女ほど、特定の国家や特定の文化ではないメッセージを導くのに相応しい存在は無かった。

「告白の部屋」では、自らの告白の手紙を匿名で書いて残すことができる。そして部屋には同じように名前も分からない誰かによって書かれた告白の手紙がずらりと並べられてあり、一つだけ読むこともできる。どちらの部屋にも一人ずつしか入ることができないようにした。一人一人が個人として自分と向き合うことが大切だと思ったからだ。まるで宇宙船のコックピットの窓から、青く光る地球を眺めるような風景を前に、ナレーションの音声は次のような言葉で告白を導く。

「1968年。アメリカのNASAによって打ち上げられたアポロ8号は、月の周回軌道から一枚の写真を撮影しました。

それは月から登ってくる地球の姿をとらえたものです。人類が初めて地球に外から向けたまなざし。そのまなざしは私たち全員の意識を大きく変えました。

全ての人々が一つの星で生きていること。そこには国境もなく、私たちは争う必要がないこと。この星で暮らす誰もが幸せになりたいと願っていること。それにも関わらずほとんどの人が胸のうちに悲しみや苦しみを抱えていること。そんな様々な思いに満ちた人々が住む星が宇宙の中に静かに浮かんでいます。

わたしたちは誰しも告白したいものを胸に抱えています。ここに並べられた手紙は名前の知らない誰かが書いたものです。これまで誰にも話したことのない自分の思いや秘密が書かれているでしょう。あなたはこの中から一枚だけ選んで、開けて読むことができます。そこに書かれていることはあなただけが知る告白です。

想像してみましょう。 今あなたは大気圏の外に飛び出し、月の軌道上にいます。 一人で座っている宇宙船のコックピット。その窓の外には地球の姿が見えます。あなたが知っている全ての人々はあの星の上にいます。 そしてあなたがこれまで経験して来たことはすべて向こうで起こったことです。

これまであなたを喜ばせてきたもの。そしてあなたを苦しめてきたもの。 それらすべては向こう側にあり、今あなたはそこから離れたこちら側に一人でいます。ここでは地球でのあらゆる規則や法律は一切意味を持ちません。今のあなたは地球でのすべてルールから一切自由な身です。 あなたがあの星でこれまでどんなことをしてきたとしても、それは今のあなたにはもはや関係ありません。 あなたが成しとげたこと、犯してしまったこと。 そうしたことをたたえる人も、とがめる人もだれもいません。

ここにはただ宇宙の法則がはたらいています。心の中はとても静かで穏やかです。 これまで生きてきた様々な記憶や想いが浮かび始めます。 あなたが過去にしてきたあやまち。あなたが秘かに抱いていた欲望。 どうしても許せなかったこと。傷つけられて苦しかったこと。 悲しすぎて忘れてしまいたいこと。 本当はあやまりたかったこと。 言葉にできなかったけど感謝していること。 たくさんの想いが心に浮かんできます。

あなたが地球に無事に帰れるかどうかは分かりません。 だからここに書き記した手紙があなたの最後の告白になるでしょう。あなたは自分の名前を書くことはやめることにしました。 そして誰かのことも名前を伏せて書くことにしました。この手紙は誰かを傷つけるためのものではありません。 誰かにあなたの思いを知ってもらうためのものです。

あなたはただこれまでのことを振り返り、冷静に見つめます。 そして誰にも話していなかった自分の想いや秘密。
それをあなたも一つだけ告白しようと決めました。」

▼写真5 告白の部屋と手紙
写真5 告白の部屋と手紙

彼女の優しくも芯のある声によって多くの方々が導かれたことだろう。10日間の会期を終える頃には、名前のない膨大な数の告白の手紙が集まっていた。最後の日にパフォーマンスとして、僕は一つ一つの手紙を読み上げていった。ホールに響く告白たちを、観客は水を打ったように静かに聞き入っていた。中には壮絶な内容が書かれていることもあったし、心温まるような話もあった。だが、いずれにしてもそれぞれの人が自分と向き合ったことの結果がそこにあった。そして何より誰しもが自分の中の想いを誰かに知ってもらいたいと考えていることの証でもあった。これら全てはこの地球上に住む私たちの切なる告白だ。私たち全員が人には言えないような想いを胸に抱えて生きている。地球のルールの外側に居るという想像力の中で、自らの気持ちを確認して、言葉として吐露して、誰かと共有するような行為が、今の時代だからこそ必要なのではないかと思った。

▼写真6 告白の部屋と振り子
写真6 告白の部屋と振り子

▼「地球の告白」映像

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ハナムラチカヒロ

1976年生まれ。博士(緑地環境計画)。大阪府立大学経済学研究科准教授。ランドスケープデザインをベースに、風景へのまなざしを変える「トランスケープ / TranScape」という独自の理論や領域横断的な研究に基づいた表現活動を行う。大規模病院の入院患者に向けた霧とシャボン玉のインスタレーション、バングラデシュの貧困コミュニティのための彫刻堤防などの制作、モエレ沼公園での花火のプロデュースなど、領域横断的な表現を行うだけでなく、時々自身も俳優として映画や舞台に立つ。「霧はれて光きたる春」で第1回日本空間デザイン大賞・日本経済新聞社賞受賞。著書『まなざしのデザイン:〈世界の見方〉を変える方法』(2017年、NTT出版)で平成30年度日本造園学会賞受賞。