時間がまだらに積み重なる街、熱海 - 住んだことのない街に、一週間住んでみる -

著: pha

「もしもし」
「はい」
「前に『SUUMOタウン』で、『住んだことのない街に、一週間住んでみる』って企画やったじゃないですか」
千駄ヶ谷のやつですね」
「あれが好評だったのでまたやりませんか?」
「やります。人の金で行けるんだったらどこにでも行きます」
「どこか住んでみたいところはありますか」
「そうっすねー、海の近くに一度住んでみたかったんですよね。あと温泉があるといいな。温泉に入って海を眺めて毎日ぼーっと暮らしたい」
「じゃあ熱海とかどうですか。海も山も温泉もありますよ」
「いいですね」

そんな感じで、突然熱海に一週間住んでみることになったのだった。こんな仕事ばかりやって生きていきたい。

5月26日(日):男二人で花火を見る

というわけで熱海に着いた。

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「おう、久しぶり」

熱海駅の前で大学時代の友人のSと合流した。Sがたまたま熱海に旅行に来ているというので会うことになったのだ。

「最近どうよ」とSが言った。
「あいかわらずだね。人間40歳にもなると大体のことはやってしまって何もやることがなくなってくるな」と僕は答える。
「本当にねえ」
「我々がここに別荘を買ったのも遠い昔の話だ」

10年ほど前に、熱海で90万の別荘をSと共同で買ったことがあったのだ。

「もうあんなことを新しくやる元気はないなあ」
「あのとき買う瞬間はすごいワクワクしたけどね」

別荘は、最初は楽しかったのだけど、1年もすると飽きてきてあまり行かなくなってしまい、月々の維持費も結構かかったので、結局3年後に元の不動産屋に引き取ってもらった。売り値は8万円だった。

「この先40代以降、何をやって生きていけばいいんだろうか」
「なんも分からんね」

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とりあえず昼食に海鮮丼を食べたあと、どうしようか、と熱海の地図を見ていたら、Sが舩井幸雄記念館を見つけて、ここに行きたい、と言ったので行った。舩井幸雄というのは経営コンサルタントだけど、晩年はスピリチュアルに傾倒していたことで知られる。人はなぜスピリチュアルに向かうのだろうか。

帰りのタクシーの中で「熱海の最盛期って、いつくらいなんだろう」という話をしていると、タクシーの運転手さんが「1950年代くらいですよ」と言った。

「そんな前なんですか」
「そのころは新婚旅行のメッカでしたからね。そのあとに団体旅行のブームが来た」
「そうなんですか」

最盛期が60年くらい前ってどんな感じなんだろう。

「これからの日本もそんなもんだよ」とSが言う。
「そうかもね……」
「そして僕らの人生も……」
「これからずっと下り坂か」

熱海は日本の、そして自分たちの未来のようなものなのかもしれない。実際に熱海の高齢化率というのは他に比べて高く、日本の30年後の姿だと言われているそうだ。そう思うと、この少し古びた感じの街並みにもちょっと愛着が湧いてくる。

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宿に荷物を置いたあと、海岸に向かうと既に人がたくさん集まっていた。

今日は花火大会があるのだ。熱海では海上花火大会がしょっちゅう開催されていて、今年は年間で16回もやるらしい。人が多いといってもそこまですごく混み合ってるわけではなく、座る場所はすぐに確保できた。20時20分になるとアナウンスによるカウントダウンとともに、花火が打ち上がった。

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生で見るのはいつぶりだろう。花火なんて見に行くと人が多くて疲れるだけだと言って全然行かなかったけれど、実際に見てみると良さがあるな。爆発の音と振動が力強く体に響いてくる。

花火を見ているときはみんな平等だ。老人も子どももオタクもヤンキーも、みんなの心を揺さぶるシンプルだけど力強いイベント、それが花火だ。後ろに座っている若い女性の二人組が話している。

「一番最後のあれが見たいんだよね! バババババーンのやつ」
「それな」

ババババーンのやつってどれだろう。

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これか。

空一面が白い線で埋め尽くされて、確かによかった。

花火って、きれいなのは一瞬で消え去ってしまって、どういう風にきれいだったかもすぐにぼんやりとしたイメージに代わってしまって、不思議なことになかなか思い出せない。儚い。まるで人生みたいだ。とかいえばエッセイぽいだろうか。

なんかいい感じで締めのような雰囲気になってしまったけれど、まだこの取材は1日目で、これから一週間続くのだ。花火の写真を出しておけば適当に書いてもうまくまとまりそうだから本当は花火を最終日にしたかったのだけど、宿がうまく取れなかったので初日になってしまった。ここから一週間どうしよう。書くことはあるだろうか。

終わってからSが「これは女の子と来たかったな」と言った。確かにこれはおっさん二人で見るものじゃないな。

Sは「明日仕事があるから」と言って東京に帰っていった。そして一人になった。

5月27日(月):誰もいない夜の海

昨日はホテルが取れず、ゲストハウスのカプセルルームで寝たのだけど、4時間くらいしか眠れずに目が覚めてしまった。部屋が狭いからだろうか。

若いころはゲストハウスやカプセルホテルに泊まることに全く抵抗がなかったのだけど、年をとるにつれてだんだんちょっとしんどくなってきた。体力がなくなっているのか、それとも贅沢になっているのか。ずっとやっていたシェアハウスもこないだやめて一人暮らしを始めてしまったし。年をとるとだんだんそういう場所が似合わなくなってくる、という要素も大きそうだ。ゲストハウス自体はとても良い雰囲気だったのだけど。

寝不足のままよろよろとチェックアウトをする。次の宿のチェックインまでまだ時間があるのだけどどうしようか。しんどいのでちょっと休みたい、と思って大江戸温泉物語に行った。

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大江戸温泉物語なんて東京にもあるからわざわざ熱海で行かなくてもいいようなものなのだけど、温泉地の温泉とは違うスーパー銭湯感がある場所に行きたかったのだ。スーパー銭湯感というのを具体的に言うと、ごろごろ寝転べる休憩スペースとマンガスペースだ。

風呂に入って休憩室で仮眠して、適当にマンガを読んだら少し回復してきた。それでもチェックインまではまだ時間があったので、デニーズで時間を潰した。

熱海まで来て、わざわざ大江戸温泉物語とかデニーズとか、そういう東京にもあるものに行ってしまう。東京に帰りたいのかもしれない。僕は都会の暮らしが好きなのに、なんで熱海になんて来てしまったのだろう、という気持ちになってくる。

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15時過ぎにようやくチェックインして、しばらく仮眠をした。目を覚ますともう夜だった。

晩御飯を食べに行こうと思い、気になっていた洋食屋さんに行ってみたのだけど、19時半を過ぎていたので「もう閉店です」と言われて入れなかった。夜が早い……。東京のつもりで動いているとすぐ店が閉まってしまう。結局またデニーズに行って、ハンバーグカレードリアを食べた。

晩御飯を食べるともうすることがないので、海に行ってみた。

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夜の海は誰もいない。ただ暗い水が揺れているだけだ。ここでようやく心が少し落ち着いてきた。この場所は好きだな。人が全くいないのがいい。東京だと、どこに行っても絶対人がいるからな。しばらく海を見ながら座ってぼんやりとした。

なんだか、自分はずっと一人だな、と思った。今こうやって夜の海を見ながら一人で座っているように。それは、自分が人生の中で他人を振り捨ててきた結果なので自業自得なのだけど、でもときどきそれが寂しくなってくるときがある。自分はこの先もずっとこんな感じで生きていくのだろうか。

5月28日(火):激動の熱海の歴史

9時ごろに目を覚まして、宿のすぐ近くにある海に行く。

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昨日の夜の海も誰もいなかったけれど、昼の海も誰もいないな。人がいないのが心地よい。自分が海のそばで育っていたら、いつもこんな風に海のそばで学校をサボったり仕事をサボったりしていただろうなと思う。

シャッターが半分くらい閉まっている商店街を抜けて駅のほうへと向かう。

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熱海の街は、街のところどころに温泉を汲み上げるための設備があるのがいい。武骨な機械から蒸気が上がっている様子はスチームパンク感がある。

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駅に近づくと観光客がぐっと増えてくる。年配の人も多いけど、若いカップルや女子二人連れなども結構いる。インスタ映えしそうなプリン屋の前にすごく行列ができていた。

駅の近くでアジフライ定食か何かでも食べようと思ったのだけど、昼時のせいかどこも満員だったので、駅前のマクドナルドに入った。マクドナルドはわりと空いていた。別にそんなに美味しくもないけどそんなにまずくもない、いつものマクドナルドの味だった。

駅前からMOA美術館へ向かうバスに乗る。美術館は山の上のほうにあるので、バスはひたすら急な坂をジグザグに登っていく。乗客は年配の女性が多い。MOA美術館というのは世界救世教という宗教の教祖の岡田茂吉がつくった美術館で、国宝を始めとして結構すごいコレクションがある。

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建物が豪華でお金がかかっている感じで、展示品も良かった。「広重が描いた静岡 東海道五十三次を中心に」という展示をやっていて、広重が東海道を描いた絵が宿場順にとにかくたくさん並び、ずっと見てると全部似た感じに見えてきたりもするんだけど、まあ良かった。

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山の上から海を見下ろすと気持ちがいい。良い場所だな。帰りは歩いてみることにした。

ひたすら坂道や階段を下っていく。熱海というのは本当に坂の街だ。急な坂や階段がたくさんあって、そんな風景は結構好きだ。住むと大変そうだけど。

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坂を下りながらふと、そういえば在華坊さんがMOA美術館について書いていたな、ということを思い出して検索してみる。あった。

zaikabou.hatenablog.com

在華坊さんの旅行記事はいいな……。僕も在華坊さんみたいな教養溢れる素敵な旅ができる大人になりたかった。在華坊さんだったら旅先で大江戸温泉物語に行ったり、デニーズやマクドナルドに行ったりしないだろう。

駅まで戻って、今度は図書館に向かう。熱海の歴史を調べるためだ。

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熱海の街を歩いていると、創業和銅三年というひもの屋さんがあった。和銅三年って何年だよって思ったら、どうやら西暦710年らしい。和同開珎ができた和銅か。すごい。

調べてみると、それくらいのころから温泉地だったらしい。だけど熱海が温泉地として有名になったのはそこまで古くはなく、近世のことらしい。具体的には、徳川家康が熱海の湯に入ってめっちゃ気に入って、家康の口コミで名前が上がったという感じだ。江戸時代は熱海の湯を樽に詰めて江戸城まで運んでいて、熱々の源泉が江戸に着くころにはちょうどいい湯加減になっていたとか。

その後近代に入ってからは、庶民の行楽として温泉に行くことが普及し始め、東京からほど近い熱海にはたくさん人が来るようになる。1897年(明治三十年)には尾崎紅葉『金色夜叉』の舞台になったことで注目が集まる。1925年(大正十四年)には国鉄熱海駅が開業した。

1950年代には新婚旅行のメッカとして知られ、1960年代には社員旅行などの団体旅行がたくさん来るようになり、大型のホテルが林立する。企業の保養所などもたくさんあったそうだ。

しかし、社員旅行や団体旅行という昭和的な文化は少しずつ廃れていき、バブルが崩壊するころから熱海の繁栄も陰り始める。廃業した大型ホテルが廃墟化するのも目立つようになり、熱海といえば衰退した昭和の観光地の代名詞的な存在になっていた。

だけど、2007年ごろからはまた観光客が増えてきていて、若い人向けのゲストハウスやカフェやスイーツなどの店ができるようになっている。確かに、僕が別荘を持っていた10年前に比べて駅前はすごくにぎわっていて勢いがある感じだ。結構アップダウンがはっきりしていて面白い歴史だな、と思った。

図書館のあとは食べ物を買いに、マックスバリュ熱海店に行った。

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マックスバリュの中には、スーパーもドラッグストアも本屋も電気屋もなんでも入っている。こういった、そこに行けば何でもそろうような地方の大きなショッピングセンターが好きだ。世界の全てがここにある、という気持ちになれるからだ。熱海ではマックスバリュに行けばなんでも手に入る。高くそびえ立つマックスバリュの勇姿を見ると頼もしい気分になる。

買い物のあとはどこかの温泉にでも入って帰ろうかと思ったけど、風が強くて雨が降りそうなのでそのまま帰って、ホテルのユニットバスに入って寝た。

5月29日(水):最強のLaQuaを見つける

目が覚めると雨は上がっていたのだけど、少し憂鬱な気分になっている。なんだか少し寂しい。しばらく人と話していないからだろうか。誰かと少し話したい、と思ってゲストハウスマルヤのカフェに行ってみる。ここは、熱海でいろいろやっている若い人のハブになっている場所っぽい。

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飲み物を頼んでカウンターでお店のお姉さんと少し話す。「熱海の街の良さってどういうところですかね」と聞くと、「昭和のころのまま、スナックとか喫茶店の文化が残っているところかなあ」と言っていた。後日行ってみようか。

久しぶりに人と話して、ちょっと元気が出たので活動を始める。今日は山のほうを攻めてみたい。とりあえず、熱海城と秘宝館に向かうロープウェイに乗ってみる。

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ロープウェイはすごく短くて3分くらいで着いてしまった。

この近くにある、在華坊さんがブログで勧めていた台湾茶のお店に行こうと思っていたのだけど、山の上に着いてから調べてみたら今日は定休日だった。やっぱり僕は在華坊さんにはなれないのだ……。

zaikabou.hatenablog.com

山の上なので景色はいい。だけど慣れない自撮りをしていたらうっかりスマホを地面に落としてしまい、画面がバキバキに割れてしまった。つらい。

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スマホが割れたせいですさんだ気持ちで熱海城と秘宝館を見る。

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昭和だな……という感想。平成を飛び越えて令和の時代までこんな昭和の申し子のような施設が生き残っているのはすごい。時代というのは一斉に変化するのではなく、まだら模様のように変化していくものなのだろう。

ロープウェイにふたたび乗って、山から降りて、すぐそばにあるオーシャンスパ Fuuaに行く。ここは今年の3月にオープンしたばかりなのだけど、評判がいいので気になっていたのだ。

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最近流行っているらしい、海と湯船がつながっているかのように見える露天立ち湯がすごく良い。海を望んでものすごく広くて、ゆったりとできる。お湯も少しぬるめで、いつまでも入っていられるな。

一時間ほど湯船に浸かっているとだいぶ気分が回復して、生きてる意味なんてここに温泉があって自分がそこに浸かっている、それだけでいいじゃないか、という気持ちになってきた。

風呂から上がったあとは二時間ほど、休憩室で寝たり起きたり本を読んだりとごろごろ過ごした。最高だ。

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そうしてるうちに、ここは何かに似てるんだよな、ということに気付く。そうだ、東京の水道橋のSpa LaQuaだ。休憩室の構造がすごく似ている。

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調べてみると、やっぱり運営が同じらしい。「東京ドーム天然温泉『Spa LaQua』で培ったノウハウに、熱海後楽園ホテルの『おもてなし』を融合した新たなスパリゾート」って書いてあった。FuuaとLaQuaとは名前が似てるし、もっと早く気付いてもよかったな。

僕はLaQuaがすごく好きなんだけど、LaQuaはいかんせん都心部にあるので、いつ行っても人が多くて混み合っている感じがある。だけどFuuaはLaQuaよりも広くて、さらに人が半分くらいしかいない。これは最強のLaQuaじゃないか。最高すぎる。自分はここに来るために熱海に来たんだろう、という気持ちになった。ここ2日くらいちょっと沈んでいたけれど、楽しくなってきた。

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街に咲いていたブーゲンビリアの花。

5月30日(木):時の止まったような温泉場

7時ごろに暑くて目が覚めた。部屋が東向きだからだ。熱海の街は東が海で西が山なので、午前中は明るいイメージがある。海岸に行くと、海は強い日差しを受けて光っていた。

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60代くらいと思われる人たちの団体が、海をバックに集合写真を撮ったあと、バスに乗り込んでいった。こんな暑い日はどこにも行きたくないな。デニーズでモーニングを食べたあと昼寝をした。

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今日は福島屋旅館で温泉に入ることにする。日帰り入浴400円。

ここの建物が建てられたのは昭和20年代くらいらしい。全てが古ぼけて時間が止まっているような空間だった。20年前も40年前も60年前もほとんど変わらず同じだったであろうという確信が持てる建物。

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風呂場に入ると誰もいなくて、貸し切り状態だった。現存しているのが不思議なくらいの全てが色あせたこの建物で、たった一人薄暗い電灯の下、ぬるめのお湯に浸かっていると、今が昭和だったか平成だったか令和だったか何も分からなくなってくる。最高の体験だった。

いつなくなってもおかしくないけれど、いつまでも同じような感じでありそうな気もする空間。そういうものに限っていつの間にかなくなってしまったりするものだから、行けるうちに行っておかないといけないんだよな。

風呂を出て海辺に向かう。風呂上がりに海辺で風に吹かれているのは最高だな。ずっとこうしていたい。気付くとあたりは夜になっていた。

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夜の海辺には誰もいない。海は静かで波の音さえもない。浮かんでいる何かがときどき軋む音が聞こえるだけだ。

人間の体では想像もつかないほど大量の水がそこにたたえられているということ。それがなぜか心を落ち着かせる。

5月31日(金):フェリーで初島へ

熱海の滞在も残り2日になってしまった。今日は初島に行ってみることにする。熱海から海を見るといつも向こうに浮かんでいるのが見える初島だ。行ったことはないけれど、フェリーで30分くらいで行けるらしい。ちなみに熱海港からは初島の他に、伊豆大島にもフェリーが出ている。

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船というのはいつだって非日常でわくわくするものだ。平日だけど結構乗客は多かった。大体は観光客っぽい感じだ。老若男女、日本人も外国人もバランスよくいる。集団でいるのは60代以上が多い。他は、カップル、女性二人組、子連れなど。

そういえば、女子二人旅はときどき見るけど、男子二人旅はあまり見ないな。自分が男友達と二人で旅をするかと言われると、別に行かないな、と思う。女子と行きたい。でもそれが男の弱さかもしれない、とも思う。

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船が港を出る。遠ざかっていく街。

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かもめがたくさん寄ってくるので、それにスナック菓子を投げる人たち。僕も餌やりたかったな。船の上で強い風に吹かれていると何もかもどうでも良くなってくる。

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初島に着いた。熱海の海は、公園ぽく整備された街の海って感じだけど、初島の海はシンプルな漁港という感じで良い。

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コンクリートの上で干されているのはテングサらしい(トコロテンの材料)。

岩場に座って海を眺めながらぼーっとする。ごつごつと並ぶ消波ブロック。はるか向こうに見える熱海の街。

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海を見ているといくらでもぼーっとできるな。だけど、あてもなく座っていたら、地元の中学生くらいの男子集団が通りかかったので、ちょっと身を隠したくなった。用もなく海辺で座っているよそもののおっさんは変に見えただろうか。それともそういうのは見慣れているだろうか。

海のそばにある「島の湯」という風呂に入る。ここが、人が誰も来なくて貸切状態だったのもあって最高すぎた。波の音を聴きながら潮風に吹かれていると、湯にいくらでも入っていられるな。風呂に入って、木のベンチで寝転んで、また風呂に入る、の無限ループが完成してしまった。

そうなんだよな。陽と湯と海があれば人生は完成しているのに。なぜ東京みたいなごみごみした場所であくせく暮らしているのだろうという気持ちになってしまった。東京に帰りたくないな……。

旅のときは大体いつも初日とか二日目は「なんでこんなところに来てしまったのだろう、帰りたい」と思うのだけど、帰る前日くらいになると「やっぱり帰りたくない」という気持ちになるんだよな。

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再び船に乗って熱海に戻って、宿で休む。

夜、ちょっと原稿を書く必要があって、またデニーズに行った。デニーズはワイファイが使えるのでよい。ファミレスがあれば田舎でも暮らしていける気がする。

カタカタとキーボードを叩きながら文章を書いていると、ばっちりとお化粧をした和服のきれいなお姉さんが二人、向かいの席に座った。芸者さんとかなのだろうか。熱海、深夜、芸者、デニーズ、という組み合わせが、なんかよかった。二人ともすごく背筋が伸びていてきれいな姿勢で、丁寧にお箸を使いながら、ファミレスのごはんを食べていた。

6月1日(土):純喫茶で地元の新聞を読む

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観光地というのは観光客がたくさんいるのでいいな。観光客というのは大体楽しそうだから。楽しそうな人たちが街にたくさんいるのはよい。

朝起きてホテルをチェックアウトして、朝食が食べたかったのでボンネットという喫茶店に行く。1952年(昭和27年)創業の老舗の純喫茶で、三島由紀夫や谷崎潤一郎が通っていたりしたらしい。

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そんな古い喫茶店なんて今どき行ってもあまり楽しくないんじゃないだろうか、と思ったのだけど、入ってみるとすごく良かった。古いけど完成度が高いセンスの良い内装。すごく落ち着く。店内には40年代、50年代くらいのアメリカのポップスが薄く流れていて、当時の趣味の良い雰囲気をそのまま残している。こういうのは、今新しくつくろうとしてもつくれないだろうな。歴史の積み重ねがあるからこその空間という感じだ。

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紅茶を飲みながら熱海新聞を読む。市議会とか新施設オープンとか運動会とか、地元のことしか書いてないその地域の新聞を読むのが結構好きだ。

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もう帰る時間になってしまった。終わってみると一週間なんてあっという間な気がする。東京に戻りたくないな。東京は時間の流れが速すぎる。


熱海の街は、時間の流れがゆっくりで、過去のさまざまな時間がまだらに積み重なっているようなところがとても良かった。

今ならではの若者向けのスポットもありつつ、昭和の時間をそのまま残したような場所もまだまだたくさんある。東京のような大都市ではすぐに淘汰されてしまうような、時代の記憶が街の中で生きている。

都会のように時間の流れが速いのも楽しいけれど、ときどきそれに疲れてしまうこともある。そんなときは熱海に来て、昔のままでも良いものはたくさんあるし、別にそんなに生き急ぐ必要はないんだよな、という気持ちになって暮らしてみるのも良いかもしれない。

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著者:pha (id:pha)

pha

毎日寝て暮らしたい。著書に『持たない幸福論』(幻冬舎文庫)、『しないことリスト』(だいわ文庫)など。7月24日に新刊の『がんばらない練習』が幻冬舎より発売。

ブログ:http://pha.hateblo.jp Twitter:http://twitter.com/pha

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編集:はてな編集部