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 動画の放送や配信の中核技術である映像符号化方式(動画コーデック)。国際機関で標準化された“正統”な現行規格が、主役から引きずり降ろされる異例の展開になっている。

 米グーグル(Google)や米アップル(Apple)、米アマゾン・ドット・コム(Amazon.com)などが推す“異端”の新規格が、「事実上の標準(デファクトスタンダード)」として主役に立つ。世界で急伸する動画配信サービスで、米国勢の台頭を勢いづかせる。

 新規格とは、米国の非営利団体アライアンス・フォー・オープン・メディア(AOM)が2018年に公開した「AOMedia Video 1(AV1)」である(図1)。グーグルやアップルなど多くの大手IT企業が参画する。

 最大の特徴は、特許料を無料にする「ロイヤルティーフリー」を掲げることだ。映像関連事業を手掛ける費用を大きく削減できる。現行の標準規格である「H.265/HEVC(High Efficiency Video Coding)」は、特許料が高額になりがちである。動画配信大手の米ネットフリックスなど多くの企業がAV1の採用に傾き始めた。

図1 映像符号化方式の主役にAV1が躍り出る
図1 映像符号化方式の主役にAV1が躍り出る
2018年に仕様が公開された映像符号化方式「AV1」の開発や推進には、ITや半導体などの世界主要企業が参画している。インターネット上の動画配信サービスが普及していくと、現行方式を押しのけて、AV1が事実上の標準(デファクトスタンダード)になるかもしれない。
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 AV1に注目が集まるのには、もう1つ大きな理由がある。現行方式であるH.265の特許権利者団体(パテントプール)が乱立していることである。手続きが煩雑なH.265を敬遠し、AV1に流れる企業が相次いでいる。

 H.265は特許保有企業の間でライセンス形態に関して合意できず、最終的に4団体に分かれる事態に陥っている(図2)。利用者は基本的に4団体全てと契約する必要があり、その労力は大きい。支払う特許料についても4団体にそれぞれ支払う必要があり、高額になりがちだ。H.265は2013年に登場してから約6年たったにもかかわらず、普及していない。H.265対応の半導体製品をかねて手掛けていたソシオネクストは、H.265対応ビデオカメラなどの出荷台数が低調で、販売は予想より伸び悩んだと明かす。

図2 特許権利者団体が乱立状態
図2 特許権利者団体が乱立状態
H.265の特許権利者団体は複数に分裂しており、それぞれに特許料を支払う必要がある。以前から特許権利者団体を運営するMPEG LAをはじめ、計4つの団体が有償ライセンスを提供している。
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 AV1が技術面でH.265をしのぐ高い実力を備える点も、多くの企業がAV1になびく要因になっている。2018年に登場したばかりのAV1だが、ぽっと出の技術ではない(図3)。グーグルが動画配信「YouTube」で2012年から使ってきた「VP9」や、その後継の「VP10」、さらに米モジラ財団(Mozilla Foundation)の「Daala」や米シスコシステムズ(Cisco Systems)の「Thor」など、歴史ある映像符号化方式を基盤とする。

 AOMは、AV1の動画圧縮率はH.265と比べて2割以上向上できるとうたう。誇張はなく、AOMが公開している標準の符号化アルゴリズムを、符号化技術に関わるある企業が試すと、AV1の圧縮率はH.265に比べて21%高かった。

図3 AV1がH.265に取って代わるか
図3 AV1がH.265に取って代わるか
AV1は、2012年に登場したグーグルのインターネット向け映像符号化方式「VP9」の後継にあたる。事実上、競合技術になるのが、4Kやストリーミング配信への対応を狙って2013年に登場した「H.265/HEVC」である。
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