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ヒューゴー賞を三年連続で受賞し、荘厳なアートワークで圧倒する化け物級のエピック・ファンタジィ・コミック──『モンストレス』

モンストレス vol.1:AWAKENING (G-NOVELS)

モンストレス vol.1:AWAKENING (G-NOVELS)

この『モンストレス』はいわゆるアメリカン・コミックで、中国系アメリカ人のマージョリー・リュウが原作、日本人のタケダサナが作画をそれぞれ担当して、現在も刊行が続いているファンタジィ・シリーズである。最新刊は現状三巻まで。

で、一巻が出た頃から話題になっていたのだが、その後の快進撃が凄い。その年のヒューゴー賞のグラフィックストーリー部門を受賞。アイズナー賞、英国幻想文学大賞など数々の栄誉ある賞を獲得し続け、話題はその後も継続し続けている。たとえばヒューゴー賞は、3年連続(2017、18、19)で受賞、18年についてはグラフィックストーリー部門とプロアーティスト部門で原作者と作画者が同時受賞していて、圧倒的という言葉がふさわしい。なので、僕もずっと気になってはいたんだけれども、アメリカン・コミックって読み慣れない者にとってはちょっととっつきづらいんだよね(値段も高いし、そもそも最後までほんとに出るのか? という心配もあるし)。

でも今回Kindle版が半額のセールになっていたから(通常2000円のところが、今は1000円で買える!)、えいやと買って読んだのだけれども、いやこれがもう大変に素晴らしい。こんなに美しい本ならKindleじゃなくて紙で買えばよかった。賞をいくらとろうがおもしろいとは限らないのがこの世界だが、ここまで凄いとそういう問題ではない。ゲーム・オブ・スローンズの原作者J.R.R.マーティンや『指輪物語』のトールキンが引き合いに出されるほどのマージョリー・リュウによる緻密な世界観と、そこに圧倒的な説得力を付け加えるタケダサナのアートワークの一致は奇跡的である。

様々な国の意匠や文化が取り込まれた建築物、服装、それに非現実の存在であるところの怪獣、妖怪的な何かなどが縦横無尽に描きこまれていく。ページをめくるたびにあっと驚く情景が飛び込んできて、うわああああすごい!! と思わずシーンごとに見惚れてしまうぐらいである。メカニカルな機構にはスチームパンクっぽさもあって、多文化が意匠的にもストーリー的にも自然に同居しているのがたまらない。

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様々な文化的意匠が混在した圧巻のアートワーク
とにかくこのアートワークだけでも(それはこの世界観/シナリオあってこそのものなのだが)、体験してもらいたいところだ。

ざっと世界観とかを紹介する。

というわけでざっと紹介してみよう。舞台となっているのは1900年代のアジアっぽい世界、通称ノウン・ワールドで、主に五つの種族が存在している。人間と、いわゆる獣人であるエンシェント。エンシェントと人間の混血であるアーカニック。別世界からきた悪魔的な存在である古き神々。その古き神々より前からいるとされるネコの五つだ。ネコはこの世界では当たり前にしゃべる他、ネコマンサーなる謎の職能があり、死者とのコミュニケーションを可能にしたり、世界中に散らばっている。

大抵のファンタジィがそうだけれども、本作も当たり前のように種族間の争いが絶えず、人間はアーカニックを奴隷にしている。主人公となるマイカ・ハーフウルフは混血児たるアーカニックの少女なのだけれども、彼女の中には母親によって植え付けられた触手モンスターが中に巣食っており、彼女がピンチになったり触手が飢えると勝手に左腕から生えてきて周囲の人間らを食い始めようとする。本作のストーリーラインは基本的にこのマイカが、母親の過去、そして彼女の身体の中に巣食っているこの触手は──と問いかけていくうちに、世界を変える力を持つとされる自身の謎めいたアイデンティティの探求にも繋がっていく、というシンプルなものだ。

「戦争」を描く

原作者は中国系アメリカ人で、中国系アメリカ人であるとは、自分の世界の歴史に戦争が影を落としていることを意味し、自身も祖父母から悪夢のような話を聞いて育った、と語っている。本作ではまさにそうした戦争の負の側面──戦争に参加したものが、生き残るためにどのような代償を払ったのか、市井の人々はどのような苦しみを受けたのか──まで含めて描き出される。全体的に容赦はなく、本作の冒頭は、片腕の少女であるマイカが裸で、奴隷オークションにかけられるシーンから始まるのだ。

ということで必然的に全篇通して重い空気感の中話が進行していくのだけれども、全篇通して重苦しい戦争の悲惨さを描き出していくのか──といえばそうではない。物語開始直後にマイカの旅の仲間になる狐のアーカニックの少女キッパと、ネコマンサーであるレンの二人の明るさはコメディリリーフとして機能していて、たいへん救われるんだよね。ネコはネコだからノーテンキだし、狐の少女はこの凄惨な世界においてひいたすらマイカのことを信じ、ずっと彼女の後をついてきてくれる。

最初は誰も信じようとしない、拒絶の姿勢を崩さず、怒りによってのみ突き動かされているようにみえたマイカも、キッパらとの交流を重ねていくうちに、柔らかな表情をみせるようになり、「本当の意味での強さ」に近づいていくことになる。それに伴って人間vsアーカニックといった種族間の紛争が主要なテーマだった前半部から、次第に古き神々が関わる壮大な戦争状況へと発展していき、ストーリー的にもアート的にも全く見たことがないファンタジィの領域へと踏み込み始めていくのだ!

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これは一巻の内容だから三巻とかの話のネタバレではないが、こんなやべえやつが(古き神々)当たり前に存在する世界なのである。このへん若干『もののけ姫』っぽいよね

おわりに

まだまだ世界の謎は明らかになっていないし、全然キリも良くないのだが、とりあえず紹介してみた。アメコミ的観点から見ると、白人が殆ど出てこないということ。また、女性同士の関係性が主軸になっていることなどは本作のジェンダー、および多様性へのめくばせのおもしろさとして取り上げることができるだろう。この記事を書いている時点ではまだセール中なので、この機会にぜひどうぞ。

モンストレス vol.2:THE BLOOD (G-NOVELS)

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