世界が報じたフィンランドの週休3日制の誤報はどうやって生まれたの?

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  • author Kaori Myatt
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世界が報じたフィンランドの週休3日制の誤報はどうやって生まれたの?
大臣時期のサンナ・マリン氏。
Photo: Alexandros Michailidis / Shutterstock

これもフェイクじゃないの?

って思っちゃいますよね。または伝言ゲームの様相も呈しているんですが...。

2020年が明けて、欧州も本格的に企業の仕事始めに入った7日、欧州各地ではメディアが一斉にこんな報道をしてきました。「フィンランドが週4日労働制度と1日6時間労働を導入しようとしている」。こんな内容の新聞記事をSNSで目にした人も多かったのではないでしょうか。

フィンランドといえば、つい先ごろ若干34歳、フィンランド現職最年少で総理大臣になったサンナ・マリン氏が話題です。日本だったら美しすぎる総理大臣とでも形容されそうなマリン氏がこのような労働階級にとってはうれしい「週4日労働/週休3日」制度を国が提案、導入しようとしている、と言われたら、みんなふうん、とか「やっぱ北欧は違うよな」とか思ったんじゃないでしょうか。その記事がフェイクだという指摘をしているのが、News Now Finlandのデビッド・マクドゥーガル記者のこの記事です。Twitterはこちら。

それではなにがどうなってこんなことになってしまったのか、本当にフェイクなのか、その記事の内容を一部概説・検証してみたいと思います。

マリン大統領の非公式発言が独り歩きした?

まずマクドゥーガル記者の指摘の矛先ですが、まずは英国発大衆紙のThe Guardian。話題の総理大臣サンナ・マリン氏を引き合いに出してこんな記事を出しています。題して『週4日労働制度は幸せの秘訣になり得るのか』(現在は訂正が入っています)。

記事中では日本マイクロソフトの「週勤4日&週休3日」を柱とする働き方改革(ワークスタイル イノベーション)実践プロジェクトと題した実験「ワークライフチョイス チャレンジ 2019 夏」に言及し、欧州議会議員のダニエル・ハンナンの「週休3日なんて、とんでもない」やろうと思えばやれるかもしれないけど、生産性は下がるだろうという発言を引用しています。

また記事中でもWelcome Trustがコスト増と管理の複雑さに週休3日制の実験をやめるという、そして英国で1919年に一週間の勤務時間を54時間から48時間にしたときには生産性には影響がなかった、ということにも触れています。また米国ではコーンフレークで有名なケロッグ(Kellogg)社も6時間労働を一時期採り入れており、やめた理由は「世間体」としていることについても書いており、6時間労働制度あるいは週休3日制度でも生産性には関係ないのではないかとも主張しています。この記事を見るとああ、フィンランドはついにこんなすごい政策を打ち出してすごいな。って感じです。

そしてこちらも英国発のインディペンデントでもこんな記事を出しており、英国の民間放送局のITVもまったく同じ見出しの記事を1月6日に打っています。見出しにいたってはコピペ?

英国の大衆紙The Sunも同様の記事を出しており、しかもフィンランドがすでに「週4日労働制度および1日6時間労働制度」を導入すると言い切っています。尾ひれついてる?

日本の時事ドットコムでも『フィンランド、週休3日制検討 働き方改革で「家族と時間を』と題して「欧州メディアが6日報じた」と報道。

時間をさかのぼってオーストリア発のニュースポータルKontrastの12月16日付けのこの記事をご覧ください。ジャーナリストのパトリシア・フバー記者が書いたこの記事では、サンナ・マリン氏のある発言を要約しています。

“Eine 4-Tage-Woche und ein 6-Stunden-Arbeitstag. Warum sollte das nicht unser nächster Schritt sein? Sind acht Stunden wirklich die letzte Wahrheit? Ich glaube, die Menschen verdienen es, mehr Zeit mit ihrer Familie, mit ihren Lieben, mit ihren Hobbys und anderen Aspekten ihres Lebens zu verbringen – wie Kultur. Das könnte der nächste Schritt in unserem Arbeitsleben sein”


「週4日勤務制度と1日6時間勤務制度。これを次の目標に掲げたらどうかしら。8時間ってほんとに究極の選択? もっと家族や愛する人といっしょに過ごしたり、趣味や人生に大切な他のことに時間を注いでもいいんじゃないでしょうか。これを労働生活の次のステップにしてもよいのでは」

News Now Finlandの記事中では、実はこの発言がフェイクニュースの元になっているのかもしれないと分析しています

実際にはこの発言は2019年夏にバルト海に面したフィンランドの南西にある都市トゥルクで行われたフィンランド社会民主党結成120周年記念の式典の際のパネルディスカッションでの発言とのこと。これは特に公式な発言ではなく、個人の発言であり、本人もそれをツイートしており、マクドゥーガルもKontrastのこの記事は正確であるとしています。

過去100年を振り返ると労働時間はどんどん短くなっていっている。労働の生産性が上がったからだ。人々の収入レベルやウェルビーイングも向上している。社会民主党の目標のひとつは、8時間労働を進めることであり、それはすでに達成されている。これにより人々は恩恵を受けている。

この会は組織の結成の120周年を祝うごくカジュアルなもので、特に政策を取り決めるような会ではなかったとしています。確かにサンナ・マリン氏はここでフィンランドは週4日労働制度または1日6時間労働を採用すれば恩恵をうけることができるのではないか、としているものの、両方採用するとは言っていません。そしてこのことは、フィンランドのメディアにも小さく取り上げられています。

次にメディアに現れたのは、ベルギーの新聞New Europe。この記事中では、サンナ・マリン氏がフィンランドに「週4日労働制度および1日6時間労働制度」を導入すると言い切っています。マクドゥーガル記者は、これが誤解の原因であったのではないかと分析。この記事の見出しを見るとサンナ・マリン氏が大統領に就任後初めての政策として週4日労働制度と1日6時間労働制度を一度に実現しようとしているように読めます。しかし実際には政策として打ち出すと言う事実はなく、単にイベントのパネルディスカッションでそう話したというだけのことにすぎなかった、ということのようです。

すでにNews Now Finlandでは複数の政府関係者に確認をとっており、そのような事実はないと裏をとっているとのこと。また政府の政策をまとめた冊子にもそのような政策はかけらも含まれていないとばっさり。

「裏どり」というのはジャーナリズムの原点とも鉄則ともいえるもの。これはネットの記事を拾って適当にアレンジすることでどんどん嘘のネタが増殖してしまった例かもしれません。この虚偽の情報は日本だけでなく、インドやアジアのメディアでも報じられているようです。

駐日フィンランド大使館の公式Twitterでもこのようなつぶやきが...

情報はうのみにしないとか、ちゃんと確かめるって大切なことですね。ただし、この記事がフェイクだったら身も蓋もありませんが。

Source: News Now Finland