なぜ三井住友カードは突然「ダサくなった」のか、その意外な真相

背後に「シリコンバレー」の存在

「パルテノン神殿」消滅で大ブーイング

3月、4月はクレジットカード会社にとっては一番の稼ぎ時。新社会人になる大学卒業生たちがクレジットカードを持とうとするため、カードの入会希望者が急増するからです。

この時に発行されるカードを“ファーストカード”と呼びますが、その人にとっての“ライフカード(一生持ち続けるカード)”になる可能性が非常に高い傾向にあることから、カード各社は、大々的にキャンペーンを展開しています。

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特に銀行系各社は活発な動きを見せています。とりわけ今年は、三井住友カードがウェブや雑誌で派手な宣伝を打ち出しています。

三井住友カードといえば、元々は1968年に日本のクレジットカード会社の中でいち早くVISAのライセンスを取得。80年には日本で初めてのVISAカードを発行し、以来、銀行系カードの雄として、またVISAブランドの盟主として、日本のクレジットカード業界を牽引してきました。

リニューアルされた三井住友カード(画像:三井住友カード株式会社)

そんな三井住友カードが、キャッシュレス化の波を受けて、30年ぶりにカードのスペックからデザインまでリニューアルを発表。新しいカードは「三井住友カード」の名称で、2月3日に発行を開始しました。

しかし、このリニューアルが「改悪」だと、一部ユーザーから反感を買っています。その理由の一つとしてユーザーたちから言及されたのが、これまで三井住友カードのイメージそのものだった「パルテノン神殿」がカードデザインから消滅したことが挙げられます。

なぜ三井住友カードは、シンプルかつ高級感ある雰囲気で人気を集め、ユーザーにとって馴染み深かったデザインを捨て去ってでも、今回の完全リニューアルに踏み切ったのでしょうか。

ハイスペックカードの「中身」

新たな三井住友カードのアピールポイントは、「先進性」「安心」の2つです。確かに、かなりの高機能のスペックを持ったカードのようです。

まず、先進性について最大の目玉となるのが「VISAタッチ」。このVISAタッチは、VISAが世界で普及を図っている非接触型ICを使ったキャッシュレス決済です。

世界約200の国と地域で利用されている「VISAタッチ」決済(Photo by gettyimages)

日本ではSuicaが非接触型ICの交通系電子マネーとして多くの利用者を獲得していますが、同カードではソニーが開発したFeliCa(フェリカ)という非接触型ICを採用しています。一方、VISAタッチはタイプA/B型の非接触型IC規格で、VISAに言わせると「FeliCaはローカル規格であるのに対して、タイプA/B型はグローバル規格」ということだそうです。

実際、FeliCaを採用しているのは、日本に限られます。しかしVISAタッチは、欧米をはじめとして世界中の国で広く利用されています。VISAの日本法人によると、日本でもVISAタッチ対応のカード発行枚数がここ数年で急激に増えており、昨年6月時点で1000万枚を超えているようです。

つまり、三井住友カードとしては、世界の主流となっているキャッシュレス決済を導入したという点を、今回のリニューアルの強力な売りにしているわけです。

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もう一つのアピールポイントである「安心」、つまりセキュリティですが、これも画期的なものになっています。

これまでは、カード券面の表側に16桁の数字=クレジットカード番号が並んでいましたが、これと有効期限、さらにセキュリティコードといわれる3桁の数字を全て裏面の左隅に集めてしまったのです。

その狙いとは、カード番号の盗み見をこれまで以上に防ぐこと。セキュリティ対策として非常に効果があり、個人情報保護レベルが格段に向上しているのです。

三井住友カードが社風を変えたワケ

今までの三井住友カードはどちらかと言えば、伝統を守る保守型のような存在で、今回の大幅リニューアルのような思い切った方策はこれまで講じてきませんでした。

それではなぜ、今回になって突然“急進派”へと舵を切ったのでしょうか。

一つは、これを機に一気に競合他社、とりわけメガバンクの三菱UFJ銀行グループとみずほ銀行グループを抜き去ろうとしたのではないか、ということが考えられます。そのための方策が三井住友カードのリニューアルであり、その準備が満を持して整ったということではないでしょうか。

Photo by gettyimages

保守的とまで言われた三井住友カードが先進的な戦略を選んだことには、ある「前兆」がありました。

同社は2012年、アメリカのシリコンバレーに「米国市場調査室」を開設しています(カード会社の中では最も早かったと思います)。シリコンバレーのメインストリートにあったこの小さなオフィスに筆者も訪れたことがあります。

オフィスを訪れた筆者は、4、5人いた駐在員のうちのひとりに「ここではどんな仕事をしているのか」と尋ねました。すると、「シリコンバレーの先進企業の最新情報を本社に送り、新製品の開発を後押ししている」という答えが返ってきたのです。

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当時、それが具体的な形になっていたとは思えませんでしたが、印象に残ったのは、すでにそのときからAmazonのサービスのひとつの電話会議システムを便利に活用していたことです。ちょうど、Amazonがクラウド事業を展開し始めた頃でした。

少なくともその当時すでに、三井住友カードは、日本にいては分からなかった、現在「GAFA」と呼ばれるようになった巨大プラットフォーマーの最先端の動きを身近に感じとっていたと言えるでしょう。

「シリコンバレー基準」に対する不安

いち早くシリコンバレーの動向を感じとっていた三井住友カード。その成果の表れが、Square(スクエア)社との提携でした。

ちなみにこのSquare社は、Twitterをつくったジャック・ドーシーが創業したモバイル決済企業で、彼はスティーブ・ジョブスの再来といわれるほど、ヒーロー扱いされる人物です。そして今も三井住友グループとは親しく付き合っているようです。

三井住友グループと親しいと言われるジャック・ドーシー氏(Photo by gettyimages)

つまり、三井住友カードは、こうした「シリコンバレー基準」ともいうべき経験やノウハウを積み重ねたうえで、キャッシュレス化の奔流に乗じるようにして新カードを投入したというのが、筆者の見方です。

なお、2014年にはシンガポールに「東南アジア市場調査室」を設けて、市場環境が整い需要が拡大するアジア地域での攻勢にも出ました。そして、2020年になって本国日本で展開できると判断してすべての力を投入したのでしょう。

ただ一方で、完璧と見える新カードですが、このままで広く大衆の支持を受けられるのかという疑問もあります。

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まず、前述したデザインについての異論。いくらフルモデルチェンジといっても、これまで慣れ親しんだステータスの象徴だったパルテノン神殿をきれいさっぱり消し去る必要があるのか、あっさりと捨ててしまっていいのかというユーザーらの声は確かに理解できるものがあります。

機能性や先進性だけでリニューアルを押し通すのはいかがなものなのでしょうか。これまでの伝統や長い時間をかけて培ってきたステータス感といったものを保持しておかないと、近く「三井住友カード離れ」が起こる可能性があるかもしれません。

メガバンク同士の「カード戦争」が始まる

スペック過剰で、ターゲットを絞り過ぎると、大切な中高年の顧客を失うことになりかねません。こちらの保守層への配慮も疎かにはできないぞ、と筆者は思ってしまいます。

実は、こうしたスペック過剰の動きは以前にも三井住友カードで見られたものです。

1、2年前に、完全なセキュリティをもったクレジットカードを開発したというので同社に見学に行ったことがあります。そのカードは、ワンタイムパスワードを搭載する他、様々なセキュリティ機能を装備したものでした。

しかし、どこかスペック過剰で“ハリネズミ”のような印象があって、一部のクレジットカードマニアにはウケたものの、一般には使えないだろうなというのが率直な感想でした。実際、今も見ることはありません。

最新技術を誇るのはよいのですが、「過ぎたるは及ばざるが如し」であって、一部のマニアに評価されても意味がありません。一般に歓迎されるものであって然るべきです。そこが、今回のカードでの懸念すべき点と言えるでしょう。

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ただ、こうして先行する三井住友カードの動きに対して、競合他社も対応を余儀なくされています。

たとえば、三菱UFJ銀行はキャッシュバックを売りにした三菱UFJニコスのMUFGカードスマートを今春の目玉カードとして強力に後押ししています。また、みずほ銀行もブロックチェーン技術を使った新しい通貨、Jコインのコマーシャルを大々的に展開し、攻勢に転じています。

いよいよ本丸であるメガバンクのクレジットカード、キャッシュレス決済競争が激しくなってきました。どの陣営が勝利を収めるのか、戦いの行方が注目されるところです。

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