時給数十円、タダ働きも横行。Amazonのクラウドソーシング「Mechanical Turk」の光と闇

  • 15,417

  • author Dhruv Mehrotra - Gizmodo US
  • [原文]
  • 福田ミホ
  • X
  • Facebook
  • LINE
  • はてな
  • クリップボードにコピー
  • ×
時給数十円、タダ働きも横行。Amazonのクラウドソーシング「Mechanical Turk」の光と闇
Image: Angelica Alzona/Gizmodo US

手軽なお仕事のはずが、精神病みそうな作業もあり、最低賃金も保証されず…。

Amazonのクラウドソーシングプラットフォーム・Mechanical Turkは、画像の選別やデータ分類など、人工知能では(まだ)難しい作業を抱えた企業や組織と、そんな作業をやってもいいよという人をマッチングする仕組みです。たしかに人工知能がいくら賢くなったといっても、チワワとマフィンの区別もちゃんと付かないやつらなので、人間の判断を大量にデータ化して学習させるんです。テック企業や研究機関はそのためのデータをMechanical Turkを通じてたくさんの人に作ってもらうことで人工知能をさらに賢くし、人間は作業時間の分対価を得ます。作業はネットさえつながればいつでもどこでもできるので、フレキシブルな働き方ができ、一見良い話に見えます。

でも実際にMechanical Turkで作業する人たちからは、プラットフォームの課題を指摘する声が数多くあがっています。米Gizmodoが独自に実態調査した結果をDhruv Mehrotra氏が以下、まとめています。


Amazonのオンデマンドなマイクロタスクプラットフォーム・Mechanical Turk(以下MTurk)で作業する人たちは、切断された遺体や手術失敗のなまなましい動画、児童ポルノらしきものなどを作業中に目撃したと証言しています。ソーシャルセキュリティ番号など、個人情報の書き起こしを依頼されたという人もいます。作業の依頼者が匿名化された作業者に対し、下着の送付や足の写真の撮影、自身の性器の絵を描くことなどを要求したという証言もあります。人生でトラウマになった出来事を思い出して伝えるよう指示された人もいます。がんの告知や深刻なうつになったこと、愛する人の死といった体験を詳しく語らされ、その対価は1ドル(約110円)にも満たないことも多かったと言います。

米GizmodoはMTurkの作業者に対してふたつの独自調査を行ない、1,100件の回答を入手しました。上にあげた例は、そのほんの一部です。Amazonの倉庫作業者の実態いろんな形明るみに出ていますが、MTurkの作業者がどんな体験をしているかはまだまだ知られていません。この特殊かつ匿名の労働者たちの物語を語ることには、難しい面もあります。そこで米GizmodoはMTurkそのものにアンケートを投げて実態調査してみることにしました。

最初の調査は2019年12月にMTurk上で行ない、作業者(Turker=ターカーとも言われます)に対しMTurk上での一番奇妙な体験と、最悪だった体験を聞きました。2回目の調査は1月初旬、MTurkで働くことについて、ポジティブ・ネガティブ含めてより全般的な質問をしました。かかった費用は、2回分合計で500ドル(約5万5000円)ちょっとでした。

我々は作業者がMTurk外で我々にコンタクトできるよう、調査の中にこちらの連絡先も入れておいたんですが、誰もコンタクトしてきませんでした。MTurkの利用規定では、当然なんですが、作業者に個人情報を聞くことを禁止しています。なので個人個人の回答に関して、僕らからフォローアップするのは不可能でした。でも集まったたくさんの体験談の共通点が多いことと、その体験の幅広さからは、この低賃金オンライン労働生態系のあり方をおぼろげながら描くことができます。

MTurkは端的に言うと、コンピューターには難しいタスクのマーケットプレースです。作業者は、たとえば画像を見てそれにラベルを付けたり、オンラインのコンテンツ管理に使われる人工知能を訓練するためのデータを作ったりといった作業をします。MTurkを使うとたくさんの作業者を低コストで雇えるので、学術機関とか予算が限られてる非営利の研究機関とか、またはコンテンツ管理ツールの精度を高めたいテック企業といった組織にとって魅力的です。

仕組みはシンプルで、依頼者が「HIT(Human Intelligence Task)」と呼ばれるタスクをMTurkにポストし、対価を提示します。その対価は1件あたり1セント(約1.1円)といった少額のこともありますが、作業者は自分の時間と労力に見合うと思えるタスクを選べます。作業者も依頼者もAmazonにとっては一応お客様ということになっていて、AmazonはMTurkにポストされるすべての仕事から何かしらの割合で手数料を得ています。

ギグ・エコノミーの光と影

今回の調査結果からは、ネット経由で単発仕事を請け負っていく、いわゆるギグ・エコノミーの光と影がうかがえました。MTurkの作業者たちは、低すぎる対価や技術的問題、依頼者の無理難題や対価不払いといった問題に直面しても頼る先もありません。Amazonは依頼者の横暴を見過ごすことも多い、と作業者たちは言っています。でもその一方で多くの作業者が、この不安定な時代にあって、MTurkがあることで手に入った仕事や柔軟な働き方に感謝しているとも語ります。

MTurkへのポジティブな声

Web分析サービス・Similar Webによれば、MTurkの作業者用ポータルにアクセスした人は重複を除いて12月中に53万6832人いました。Similar Webも実数がわかるわけじゃなく推定ですが、でもざっくりいえば、MTurkで仕事を探そうとしてる人はこれくらいの規模ってことです。米Gizmodoの調査では、MTurkで働く理由は人それぞれであることがわかりました。回答者の大半がMTurkでの仕事を始めた理由を答えていませんでしたが、10%の人は別のフルタイムまたはパートタイムの仕事の収入を補うためにMTurkを使っていると言っていました。5%は別の仕事でレイオフされてMTurkを始めたといい、4%はフルタイムの仕事ができないような病気や障害があると答えていました。

「MTurkで働くのはすごく好きです」

ある回答者は書いています。

「私には障害があるので、MTurkのおかげで自信を取り戻すことができたし、細かいことで娘に頼らなくてもよくなりました。孫にクリスマスプレゼントを買うこともできました」

別の作業者も次のように書いています。

「健康問題があるので、一般的な仕事を持つことはできないのですが、事情があって障害の認定もしてもらえません。なのでMechanical Turkを見つけたときは、神からの贈り物のようでした。Mechanical Turkのおかげで自分の制限の範囲内で働くことができ、おかげで自信を取り戻すのに本当に役立っています。生活できるほどの収入はありませんが、それでもいいんです。何もないよりはるかにマシです」

何らかの副業をしたい人にとっても、MTurkはだいたいうまくいっているようです。「全体的に私の体験はすごくポジティブです」とある回答者は言っています。

「私は教師としてフルタイムで働いているので、副業として調査に答えていますが、これで生活が左右されるわけじゃありません。私はテクノロジーも使いこなせていてそんなに必死でもないので、小銭稼ぎのひと山いくら的な仕事はしてません

別の回答者はMTurkでの体験を「ほぼポジティブ」といい、そこでの仕事は副業であって「食費やガソリン代、毎週のポケットマネーとして使うもので、そのおかげでフルタイムの仕事での収入をより多く貯金に回せる」のだと言いました。

ある調査では、回答者の38%がMTurkについて非常にポジティブに感じているという結果でした。

「Amazon Mechanical Turkはとても良いと思います。MTurkでもう5年ほど働いています」

ある回答者は答えています。

「私のポジティブな体験は、家でパジャマを着たまま、いつでも気が向いたときにHITを完了できることです。今では始めた頃よりも、1週間でそれなりに良い収入を得られています」

でもフルタイムでMTurkの仕事をしているという人たちの多くは、希望とかやる気の減衰も表明しています。

「私には障害があり、他の仕事を見つけたりそれを維持したりするのは難しいです。なのでMTurkは私が生きていくためにできることのほぼすべてなんですが、これだけでは足りません

ある回答者は言いました。また年末年始期間に「1日5ドル(約550円)手に入るだけでラッキー」と感じ、「家賃の支払いで友だちをあてにせざるをえなかった」という人もいました。この人物はMTurkが「(彼らを)いいように利用している」と感じ、「この種のプラットフォームは、他にリソースがないような人たちをだますために存在しています…気がふさがり、朝起きる意味があると感じにくくなっています」と書いています。

数時間分の作業がタダ働きに。MTurkの闇の部分

収入が少ないことより悲惨なのは、そもそも何ももらえないことです。数百人の回答者が少なくとも1回、作業の対価が不払いになったことがあると証言しました。今回の調査結果によれば、不払いになるパターンは不当な受け取り拒否、無視、または技術的問題の3パターンのどれかでした。

不当な受け取り拒否」とは、依頼者が作業者の納品物をとくに理由もなく承認しないということで、回答者の14%が経験していました。作業者がタスクを完了した後、依頼者は送信された納品物を承認するか拒否するか選べるようになっているんですが、そのときのルールはMTurkの説明ページに「課題を承認すると、作業者は支払いを受ける。拒否すれば、支払いを受けない」とサラーっと書かれているだけです。依頼者は「結果を個別に承認しても一度に承認してもいい」とされているので、作業者の仕事があらかた終わってから「やっぱり受け取るのやーめた」というパターンも可能です。しかもその場合、依頼者は部分的にできあがったデータは入手できます。つまり作業者はタダ働きで、依頼者は成果物の一部を入手、そしてAmazonは、そのタスクがMTurk上で公開された瞬間にもう手数料を受け取っています

何人かの回答者は、ある依頼者のタスクを何時間もかけて数百件完了したのに、まとめて拒否されたと言いました。

「作業者は拒否に抗議する権利を持たないが、依頼者は好きなだけ拒否できる」

ある回答者はこう言いました。

「MTurkで仕事を手に入れるには承認率が重要ですが、この件で私の承認率が下がってしまいました」

納品物を拒否されると、単にお金がもらえないだけじゃありません。MTurk上では、作業者ごとに「承認率」が付いていて、依頼者はそれを見て作業者の質を事前に判断しています。「98%以上」とか、一定の承認率のある作業者限定での募集も少なくありません。ある作業者は200件のタスクを理由なく拒否されてこう言っています。

承認率が一気に下がりました。…作業者をあんなふうに痛めつけるのは許せません」

また作業者の声によると、依頼者の怠慢で対価の支払いがない場合もあるそうです。研究機関がアンケートなどをするときはQualtricsやSurvey Monkeyといったプラットフォームを使うことが多いので、MTurkのタスクは外部Webサイトと連携可能になっています。ただその場合、回答者が対価を得るにはMTurkが外部サイトでの調査回答をMTurkの作業者とひもづける必要があります。そのためには通常、回答が終わったときに作業者がコードを受け取り、それをMTurkのサイトで入力する流れになっています。

ただ作業者の20%が言ってるのですが、回答に何時間もかかった後、最後にコードが発行されなくて対価を受け取れないケースがあったそうです。ある作業者はこう憤ります。

「調査が長ければ長いほど最悪です。彼らは自分たちが欲しい情報だけ手にして、私は時間を無駄にして、作業の成果も奪われます。Amazonはこんな事態を放っておくべきじゃありません」

多くの作業者に言わせれば、大量拒否やこの手の依頼者の怠慢は一種の詐欺であり、依頼者は元々多くない対価すら支払わずにデータをタダで入手しているのです。Amazonが仕組みを変えて、拒否した納品物には依頼者がアクセスできないようにすれば、こういう抜け穴を封じられるはずです。でも少なくとも現段階では、抜け穴が開きっぱなしです。

「人の生活がかかっているんです。あんなにもうかっている会社が、我々をこんな風に扱っているなんてひどすぎます

ある作業者は米Gizmodoの調査への回答で書いていました。

MTurkの作業者は、依頼者がルール違反をしたと思う事案があればそのタスクについてAmazonに通報できることになっています。でも作業者いわく、対価の不払いをAmazonに何回訴えても、反応が遅くてやる気がないと感じられるそうです。「MTurkで今のところ一番ひどいのは、Amazonが依頼者の悪行を完全に放置していることです」とある回答者。

「プラットフォームそのものに何の説明責任もなく、Amazonは喜々として分け前を手に入れつつ、依頼者が真面目な作業者をだましても放っておくだけです」

別の回答者は、

「Amazonから助けを得る方法がないし、彼らは気にもしてないし、いつだって依頼者が正義なのです。MTurkは私の唯一の収入源で、私は日々恐怖におののいています。私は生活に十分な収入も得られていないんです」

平和なはずの作業にもホラーが

詐欺師まがいの依頼者とか技術的なエラーとかがなく、MTurkが正しく機能してるときでも、作業者はさまざまなホラーにさらされています。それはおそらく、彼らの仕事の中で、不快なコンテンツを管理するための人工知能の学習データ作成が多いためです。米Gizimodoの2回目の調査では回答者の11%が、MTurkで最悪の経験はどぎつい画像や動画を見たことだったと言っています。たとえば斬首シーン画像はふたり、動物虐待の描写は10人、グロテスクな自動車事故シーンは22人、児童ポルノは9人が、作業中に見たと証言しています。「Mechanical Turkで見た最悪の事態は多分、外科手術の動画を評価させられて、しかも対価は最低賃金以下だったことです」と回答にはあります。

「自殺しようとして顔を撃ち、それでも生き延びた人たちの顔を見なくてはいけませんでした。人間かどうかも見分けられないほどでした。…あの顔は絶対忘れられません。すごい恐怖で、吐き気をもよおしました」

ある回答者は書いています。

「あるタスクでは児童ポルノらしき画像を見ました。あの子供たちがしかるべき年齢だといいのですが、わかりません」

MTurkの利用規定では当然、児童ポルノやレイプ動画などのやりとりは厳禁しています。アダルトコンテンツの場合、タイトルに「(警告:このHITにはアダルトコンテンツが含まれている可能性があります。作業者自身の判断で視聴してください)」と書いてあることが条件です。でもこの作業者いわく、「あんな画像だなんて警告はまったくありませんでした。しかも対価は、25セント(約28円)でした」

MTurkの依頼者は作業者のおかげでコンテンツ管理ツールを学習させることができるんですが、AmazonはMTurkのプラットフォーム管理ができていない、ということのようです。数十人が、明らかな詐欺やプライバシー侵害、その他何らかの利用規定違反を体験・目撃しています。規定では「ユーザーはMTurkを、違法行為、有害行為、詐欺、著作権侵害、または人を不快にする行為に利用したり、または他者のそのような利用を推奨したりしてはならない」とはっきり書いてはあります。でも複数の回答者が、総合するとまさにAmazonが利用規定で書いている18の方針に違反するような事例を詳細に語っています。

たとえば規定では、依頼者による「個人を特定できる情報の収集」や「作業者について個人を特定できるような情報を引き出そうとする試み」、「第三者の個人情報を含むHITの投稿」を禁止しているのですが、個人情報の送信や他人の秘密データの書き起こしを依頼されたという回答が数十件に上りました。ある回答者によれば「カーディーラーの顧客の個人情報をさらしているHITを見た」といい、そこには「ソーシャルセキュリティ番号、自宅の住所、クレジットカード番号」が並んでいたと言います。

MTurkではこの種のルール違反があれば、作業者からAmazonに通報していいことになっています。ただ今回の調査では、作業者が問題視したケースをAmazonに報告したかどうかはわかりませんでした。

「有害」とか「人を不快にする」の定義は人によって違いますが、数十人の回答者が、MTurkであやしげな目的で個人情報を聞かれたことがあると答えています。たとえば4人の人は、理由も明かされずに自分の性器の絵を描かされたり、12人以上の人が、これまた目的も知らされずに、作業者自身の足の写真を撮るように指示されています。ある回答者いわく、「足のポジションをいろいろ変えながら、くつ下あり・なしの両方で、たくさん写真を撮らされた」そうです。しかもその依頼者は対価も払わず、作業者からの問い合わせにも答えずに、画像データだけ手にして最後の受け取りは拒否したそうです。なので作業者側では、あのHITは詐欺だったんだろうということになっています。「あの依頼者が集めた足の写真はどこにいったのか、不思議です」

学術目的のタスクも意外と非道

なまなましい動画や画像の分類もトラウマになりそうですが、多くの回答者はアカデミックな調査でももっとひどいことがあると言っています。2016年のPew Research Centerのレポートによると、2015年だけでも800件以上の論文(医療系から社会学まで)が、Mechanical Turkのデータを使って書かれています。直近のデータでも、Mechanical TurkからQualtricsのような外部の調査プロバイダーへのWebトラフィックを過去半年分見てみると、ニューヨーク大学やコロンビア大学、コーネル大学やスタンフォード大学、イェール大学といった著名大学が実施するタスクが何十件もあることがわかります。

学術研究なら悪意はなさそうに思われるかもしれませんが、回答者の12%がMechanical Turkで最悪またはもっとも奇妙な体験として答えたのは、学術調査目的で「心理的トラウマになった出来事を報告」させられたことでした。

ある作業者は自殺に関連する調査に回答した後、その人は十年前にうつ状態を脱していたにもかかわらず「非常にネガティブな感情が湧き上がる」のを感じたそうです。別の作業者も、愛する人がガンの診断を受けたときのことを思い出して「涙を流した」と言っています。

「誰かから50セント(約55円)とかもらって、人生で一番つらかったことを思い出させられたんです」

ある人は振り返ります。

「おかげでその日、丸1日がめちゃくちゃになりました」

Source: Amazon(1, 2), Wired, Pew Research Center, freecodecamp