【ネタバレあり】ワンカットでWW1の戦場を駆け抜ける映画『1917 命をかけた伝令』。どうやって撮影を成し遂げたのか、ロジャー・ディーキンスにインタビュー

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  • author 中川真知子
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【ネタバレあり】ワンカットでWW1の戦場を駆け抜ける映画『1917 命をかけた伝令』。どうやって撮影を成し遂げたのか、ロジャー・ディーキンスにインタビュー
Image: (C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

今の時代、情報を伝えるのはとても簡単。

あまりにも簡単なので、むしろクリックする前に再考することを勧められるほど。しかし時代とシチュエーションが異なれば、情報を伝えるのは命がけでした。

でも「命がけ」と一言で表しても、どれくらい大変だったのかなんて想像しにくいですよね。そこで、サム・メンデス監督は考えました。どうすれば、その大変さを共有してもらえるのかって。そして考えついたのが、第一次世界大戦の伝令兵を「ワンカット」で追う映画をつくること。

一般的な映画ならカットごとにカメラの視点が変わりますが、ワンカットに映像が繋がれた映画の場合、ひとつの視点が目の前のことをひたすら追うことになります。その人の行動を継続的に見ることになるので、より深く共感できるという利点があります。最近だと『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』がワンカット映像の映画でした。

しかしもちろん、視点を変更して仕切り直そう、とできないだけに、ワンカット映像の映画を制作するはとても大変です。でもメンデス監督は、情報を届けるために戦場を走り抜ける伝令兵を、ワンカットで見せたかった。

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Image: (C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
白髪でキャップを被っているのがロジャー・ディーキンス氏。

そんな監督のアイデアをしっかりと叶えてくれたのが、『ブレードランナー 2049』でアカデミー撮影賞に輝いた撮影監督ロジャー・ディーキンス。『ブレードランナー 2049』だけでなく、90年代を代表する『ショーシャンクの空に』『デッドマン・ウォーキング』『ファーゴ』といった作品や、下手なホラーよりよっぽど怖い『ノーカントリー』なんかも、彼の撮影指揮によるもの。

そんなハリウッドの大御所に、ギズモードは電話インタビューする機会に恵まれました。

案の定、並々ならぬ困難があったみたいなのですが、それを感じさせまいとする姿勢にシビレます。『1917 命をかけた伝令』のワンカットの秘密、色々聞きましたよ〜!

全編ワンカットを実現させた綿密な計画とリハーサル

──本作はサム・メンデス監督がワンカットで撮影することを前提に脚本を書いたそうですが、その脚本を読んでみて、もっとも撮影が難しそうだと感じたシーンはありましたか?

ロジャー・ディーキンス(以下ロジャー):脚本を読んでどのシーンが難しそうだと考えることはなかったな。どれが難しそうか、というより、全部難しそうだったから、すぐにどうすれば撮影できるのかを考え始めたよ。それからリハーサルを沢山して、各ショットをどうやって撮影するか、そしてどんな道具を使って撮影するかを決めていったんだ。

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Image: (C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

で、実際に撮影を始めると、シーン毎にやることの難しさが違ったね。たとえば、主人公のスコフィールドが壊れた橋を渡るシーンでは巨大なワイヤーシステムが使えたけど、塹壕の中を走るシーンではそうはいかない。どのシーンもそれぞれの難しさがあったよ。

──脚本はプロット用とカメラワーク用の2つが用意されていたと伺いました。カメラ用のスクリプト(脚本)というのはどういったものですか?

ロジャー:カメラワーク用のスクリプトは、どうやって撮影するか、どこにカメラを置くかといった俳優との関係を俯瞰図で書いたセットのマップのことだね。

まずセクションごとにどの機材を使うのかをマークして、カメラがどこを映すのかをリハーサルするんだけど、そのイメージを図と共にすべてマップに書き起こしたんだよ。撮影の時は、そのマップを見ていたから、クルー全員がどんな動きをすれば良いのか把握できるようにしたんだ。

僕はこのカメラのマップをどの映画を撮影する時にも作っていて、シーンを解析したあとに小さな図とメモにまとめるんだ。

ただ、今作は通常の作品と違ってワンカットに見せないといけないから、とても複雑なカメラの動きをすることがあったよ。撮影班にとっても難しかったけれど、俳優にとっても大変だったと思う。

──1番難しかったのに1番苦労が伝わりにくいシーンはあったりしますか?

ロジャー:観客には全部簡単そうに思ってほしいよ。だって、それはつまり、観客にカメラを意識させなかったということだからね。カメラワークに気づいて欲しくないのは、この作品に限らない。キャラクターの試練には目を向けて欲しいけど、カメラの向こうの人たちの苦労には注目して欲しくないかな。

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Image: (C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

ただ、難しかったシーンをあげるなら、間違いなく映画の終盤で出てくる、破壊された街のところだね。コンセプト的にも難しかったし、技術的にも苦労したよ。でもさっきも言った通り、苦労を見て取られていないと良いんだけど。


──『1917 命をかけた伝令』のワンカットを撮影する上で気をつけた点はなんですか?

ロジャー:僕はこれまでにも幾度となくロングショットを撮影してきたんだ。では、この作品で何が違うのかというと、撮影した前のショットの終わり次の始め完璧にマッチしないといけないところだね。だから、その部分にたくさんの時間を割いたよ。プレイバックして前のショットの終わりを頭に叩き込んで、俳優もセットもカメラも同じ場所に配置しないといけないのだから。

プレイバックの担当は、その場で前後のショットをつなげてくれたから、現場にいながらにして、ちゃんと辻褄があうように撮影できているのかを確認することができたよ。


「ワンカット」を意識して見ると驚かされるシーンの数々

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Image: (C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

──倒れた兵士の顔色がどんどん青白くなっていくシーンがありましたが、あれはどうやって撮影したのですか? あそこは実際にワンカットで撮影していましたよね?

ロジャー:あれは、ただ単にそうなったんだよ。撮影クルーの僕らは特に何もしていないんだ。あのシーンも繰り返しワンカットで撮影したんだけど、ただそう言うふうになっただけなんだよ。

──え! では、あれは役者の演技なんですか? カメラが別の兵士を追っていたあいだにメイクさんが何かしていたとかではなく? あの日はもの凄く寒かった可能性とかは?

ロジャー:いや、そんなこともなかったな。本当に、僕が知る限りでは何もしていないんだ。

──なんと…驚異的な名演技ですね…。あとビックリしたといえば、兵士の一人が川を流されて行くシーン。あの長い距離をどうやってカメラで追って行ったのでしょうか? ドローンを使って撮影したのですか?

ロジャー:あれはドローンではなく長いブーム(カメラ棒)をつけたトラッキング・ビークル(追尾用のクルマ)で河岸を並走したんだ。ドローン自体は別のシーンで使ったけれど、川を流れるシーンではないよ。

最新のテクノロジーがあったらこそ実現した映像

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Image: Movieclips Trailers/YouTube
Stabileyeは小型・軽量なスタビライザー(撮影時に手ブレを打ち消す器具)。

──一箇所でもドローンを使ったと言っていますが、ドローンはここ数年でメジャーになったガジェットですよね。やはり、この作品はテクノロジーの発展があったからこそできたと言えるのでしょうか?

ロジャー:もちろんだよ。数年前ならできなかっただろうね。まず、軽量のデジタルカメラが必要だったし、軽量のスタビライズド・リモート・ヘッドも必要だった(手ブレを打ち消しながらカメラを意図したように動かす器具)。特に、「Stabileye」と呼ばれる小さなヘッドなんて、数年前に出てきたものなんだよ。このヘッドを使って6割を撮影したと思うから、これがなかったら実現しなかったね。

それ以外にも、数年前なら存在しなかったようなアイテムを沢山使った。それらが無い時代にこの映画を撮影しようとしたなら、自分たちで作らないといけなかったはず。だから、テクノロジーの進歩は重要なファクターだね。

──もう一度撮影しなおすことができたら、違うように撮ってみたいシーンはありますか?

ロジャー:あるけど、どこのシーンかは言わないよ(笑)。

──そういえば、序盤でネズミがたくさん出てくるシーンがありましたが、あれは本物ですか?

ロジャー:うん、本物だよ。たくさんネズミがいてね。

──え、本物なんですか? だとするとかなり演技派のネズミですよね?

ロジャー:まぁ、デジタル技術無くしては実現できないことが沢山あった、とだけ言っておくよ(笑)。

デジタル技術といえば、たとえば、ノーマンズランド(敵と味方の陣地のあいだにある無人地帯)なんかもデジタルがなかったらなしえなかったよ。あんな広大な敷地を撮影するのは大変だから、デジタルで実際よりも広く見せているんだ。

あと後半に大きな建物が燃えているシーンがあるんだけど、あれも本当に燃やしているわけではなくて、パワフルな照明を使うことで、それっぽく見せているんだ。今までにも何度もやっていて、サム・メンデスとは『ジャーヘッド』(2005)でも『007 スカイフォール』(2012)でも一緒にやったね。

自分も一緒に戦場を走っているような圧倒的没入感。その製作の意図と現場

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Image: (C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

──本作は没入感を大切にしている戦争映画ですが、そうすることで観客に何か感じ取って欲しいメッセージが込められているのでしょうか?

ロジャー:観客に、自分たちが登場人物たちと一緒に行動しているのだと感じて欲しいというのはあったよ。登場人物が見ているものは、すべて目にしてもらえた。それがこの技術の醍醐味だね。『1917 命をかけた伝令』は、2人の伝令兵のとても個人的な物語なんだ。彼らは常に移動しているし。そんな個人的な話をワンカットで追ってもらって、彼らの経験を一緒に感じてもらいたかったんだ。

──自分は本作をみたことで第一次世界大戦の雰囲気を感じることができたと思ったのですが、撮影している立場としてはどうでしたか?

ロジャー:撮影中にWW1の何かを感じたかといったら、そんなことも無かったかな。資料を元に出来るだけ忠実に再現しようとしたけれど。

というのも、見てくれる人はカメラをどう動かすとか、どう撮影しようと言ったことを心配することなく映像の世界に入り込めるけれど、僕らはその時は撮ることに必死だからね。

──ワンカットに見えるように編集で繋げてある作品ですが、具体的なショット数を教えてもらえますか。

ロジャー:うーん、ショット数というか、撮影期間は65日だったよ。でも、天気の関係上、毎日撮影できたわけじゃないからリハーサルを繰り返し行なったね。1ショットは、場面に応じて違うんだけれど、長ければ9分のものあったな。それがどのシーンかまでは具体的にいえないんだけど。

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Image: (C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

──この映画の撮影は天気が鍵を握っていたようですね。エンドクレジットに「お天気コンサルタント」という職種が書かれていましたが、具体的に何をするのですか?

ロジャー:「お天気コンサルタント」なんて人とは話したこと無かったな。僕はスマホのお天気アプリを見ながら天気を確認していたよ。

その地方の天気予報士が予測した天気予報を参考にすることはあったけれど。自分は空を見上げて、あとどれくらいで理想的な天気になるか予測していたよ。小さな雲がこっちにやってくるまで、ただひたすら待つんだ。雲が来たと思ったら「GO GO GO!!!」って急いで撮影してね。そんな風に撮影していたから、天気をコンサルなんてできなかったと思うよ。

──天気を待つって大変ですね…。

ロジャー:そう。結構ストレス溜まるよね。でも、自分たちはすごくラッキーだったよ。求めた天気にちゃんとなってくれたのだから。

──待ち時間って何をしていたんですか?

ロジャー:リハーサルもたくさんしていたけど、座り込んで地平線を眺めながら、雲が形成されるのを見つつ、こっちに早くやってこないかなーと思ったりしていたよ。でも、それはみんな承知の上だったね。だから準備万端にした状態で待ちに入って、タイミングがやってきたら一瞬で撮影に入ることができた。

掘、作、壊

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Image: (C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
塹壕のほんの一部。

──そういえば、本作の舞台裏映像に塹壕を掘ったシーンが含まれていましたが、実際に掘ったのですか?

ロジャー:ええ、そうですよ。自分たちではなく、アートデパートメント(美術班)のクルーたちが掘ったのですが、おそらく1.2キロくらいは掘ったんじゃないですか。大きな塹壕でしたよ。

最初方のシーンで出てきた塹壕は泥を掘って作ったもの、ロンドンのハミルトン近くに作った最後の方のシーンで出てくる塹壕はソールズベリー平原で作ったんだ。塹壕だけでなく、納屋も忠実に作ったんだよ。

──作ったものは、撮影が終わったあとはどうなったのですか?

ロジャー:全部壊して元の状態に戻したんだ。ソールズベリー平原は保護されたエリアだから、いまとなっては撮影現場だったなんて感じられないくらい、何も残っていないはずだよ。

でも、納屋だけは少し取り壊しが遅れた。というのも、納屋の屋根に鳥が巣を作ってしまったから、ひな鳥たちが巣立ちするのを待つ必要があったんだ。

──『1917 命をかけた伝令』を見て、ワンカットと戦争映画の相性がいいことがわかりました。もし、次にワンカットで何か撮るとしたら、どんなジャンルに挑戦したいですか。

ロジャー:うーん、どうだろうね。ワンカットというのは個人の経験をその人の視点で映し出すのに優れているのであって、登場人物が多い場合は効果がないんだ。このテクニックを使いたいといっても、それで作品作りの幅を狭めるのは理想的じゃない。本作は、個人的な物語だからワンカットが活きたにすぎないんだよ。

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Image: (C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

『1917 命をかけた伝令』をみてもらえばわかるのですが、映画とFPSゲームの中間にあるような作品なんです。でも、映画『ハードコア』とも違うし、ゲーム『コール・オブ・デューティー』とも違います。第三の登場人物になって、2人の命がけの伝令について回っているような感じです。共に走り、共に怯え、悲しみ、達成感を得るんです。

この作品を見ると、戦場で何が起こっているのか、どんなことに恐怖を感じるのかがわかるはず。私は多くの戦争映画をみてきましたが、そのどれにも描かれていなかったようなことがありました。大きなネタバレになってしまうのでどの部分とは書きませんが、きっと「なるほど!」と思ってもらえるはずですよ。

1917 命をかけた伝令』は2020年2月14日(金)より全国ロードショー。アカデミー賞受賞の期待がかかった作品でもあるので、是非ご覧ください。