敏腕クリエイターやビジネスパーソンに仕事術を学ぶ「HOW I WORK」シリーズ。今回は、株式会社乃村工藝社のアートディレクター鈴木不二絵(すずき・ふじえ)さんにお話を伺いました。

2001年、空間デザイン・プロデュースをおこなう株式会社乃村工藝社へ入社。2004年より各種施設やイベントなどのVI(ヴィジュアル・アイデンティティ)、グラフィックデザインを手がけ、幅広く活躍されています。

これまでの仕事は「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」やチョコレートエンターテインメント施設「白い恋人パーク」など多数。さらに日本とベルギー友好150周年記念事業「第20回ブリュッセル・フラワーカーペット(開催地:ベルギー・ブリュッセル)」では、日本人として初めてデザインが採用されています。

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Photo: Kayoko Yamamoto

常にチャレンジと進化を心がけたい

——ご自身の経歴を教えてください。

北海道札幌市の出身で、小さいころから絵を描くのが大好きでした。

デザイン専門の高専、札幌市立高等専門学校(現札幌市立大)は、音楽の授業でも「音楽から連想した絵を描きなさい」と言われたり、英語の授業でも絵に関係することだったりとユニークな学校でした。

「ものづくり」や「デザイン」について学んだ7年間学んで、広告やミュージアムづくりに携わりたいという思いがどんどん強くなりました。

乃村工藝社へ入社してからは、博物館や展示施設の設計業務に関わっていましたが、2004年に部署移動があったんです。

この部署移動をきっかけに、オーダーにないものでも提案して業務として実現に至ったり、この仕事に入りたい、と自ら言うことで、徐々に周囲に自分が認められるようになりました。

——現在の仕事について教えてください。

2017年にビジュアル・グラフィックデザインのプロフェッショナルチーム「IVD(INTEGRATED VISUAL DESIGN)」が発足して、リーダーを務めています。

空間と融合することで新しいブランド価値を創出する、ビジュアルデザインチーム。「空間」の可能性を高めるため、ビジュアルデザイン分野での若手育成もおこなっています。

最近では、当社がクリエイティブ・プロデュースを手がけ、2019年にリニューアル・オープンした石屋商事株式会社さまの「白い恋人パーク」でアート・ディレクターとして参画しました。2020年には、海外でオープンする予定のプロジェクトのアート・ディレクターも務めています。

——「白い恋人パーク」のお仕事はどのように進められたのでしょうか?

多くのメンバーが関わるプロジェクトだったので、初期段階に1枚のコンセプトアートを描きました。デザイン・アイデア・雰囲気などを視覚化して、関係者が思い描いているイメージを共有するためのビジュアルのことです。弊社含め、クライアントにも同じ方向を見てもらうためでした。

毎回、お仕事のたびに自分の中でなにかチャレンジをするようにしています。今回挑戦させていただいたのが、リニューアルプロジェクトによる企画演出の世界を表現したパッケージデザインです。

キャラクターの設定や世界観とお菓子が結びつくストーリーを創り、お菓子のパッケージデザインをしました。

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Photo: Kayoko Yamamoto

例えば、今回のリニューアルで生まれたメインキャラクターである“チョコレートを愛してやまない博士”は、美味しいチョコレートを探し求め世界中を旅し、昼夜研究しているという設定。

世界中の旅先で見つけた美味しいチョコレートをトランクに詰めこんでいる、博士の秘密のトランクをデザインしました。

さらに、リファインしたチョコレートの妖精の猫のキャラクターたちのイラストを、さまざまなポーズやパターンで素材集のような形で納品しました。

グッズをはじめ、施設内の様々なビジュアル展開に統一感を持たせることができ、わたしたちの仕事が終わった後もクライアントが展開しやすいようにと考えました。

——「藤子・F・不二雄ミュージアム」に携わったときのことを教えてください。

このときは、ロゴのデザイン案をたくさん提案させていただきました。藤子・F・不二雄先生が選んだドラえもんの自薦集も全て読みましたし、“フキダシ1000個チェック”と言って、漫画に出てくるフキダシの特長も徹底的に調べました。

最初の段階で一度、現在のロゴマークのモチーフにもなっているフキダシに近しい案を、お出ししました。

クライアントから『漫画家だからフキダシ、と安易に考えるのではなくて、なぜフキダシにしたのか、ということが大事。漫画家藤本弘にもう一度向き合って欲しい』と言われ、その言葉が胸にグッと刺さりました。

実際にフキダシを研究したらどんなものが見えてくるんだろうと思い、他のデザイン案を考えながらも同時にフキダシを研究することにしました。そうしたら、重要だったのはフキダシの“形”だったことに気が付いたのです。

結果的にドラえもんのフキダシはとてもシンプルな形のフキダシが圧倒的に多かったです。それは、『ありふれた子どもたちの日常』を描き続けた藤子・F・不二雄先生の作家としての作風の世界観に合致したものであること、そしてフキダシには、その作品の持つ世界観が現れたものだと気づきました。

その後もいろいろなロゴマークのデザインを提案し続けましたが、「やっぱりフキダシなのかもしれないね」とクライアントにおっしゃっていただき、今のデザインになりました。自身の理解とお客様からの信頼にもつながるリサーチの大切さを改めて感じました。

iPadのアプリで打ち合わせもペーパーレスに

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Photo: Kayoko Yamamoto

——仕事を進めるために使っているアプリやツールを教えてください。

1年くらい前に「Apple Pencil」を取り入れてから、アイデアスケッチもペーパーレスになりました。スケッチには「CLIP STUDIO」というアプリを使っています。

たまにクライアントの目の前でスケッチをして見せるという場面があるのですが、描いたり消したりもラクですし、そのままメールに添付して送れるので便利ですよ。

ミーティングなどに欠かせないのは「Notability(ノータビリティ)」というアプリ。会議の様子を録音しながらメモもできるんです。後で音声とメモの両方で確認できるし、ホワイトボードを写真に取ってそれに書き込むこともできます。

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Photo: Kayoko Yamamoto

メール画面や資料、PDFへのチェック入れもプリントアウトの手間なく、そのままできるので助かっています。

——ToDoやスケジュール管理はどのようにおこなっていますか?

実は少し前まで、1枚のA3用紙に一週間のスケジュールを書くという、オリジナルのカレンダーを作っていました。一週間分のToDoを手書きで更新していくんですが、次の紙にうつるころにはボロボロになっていて…。

最近、やっと社内で共有している「Microsoft Outlook」に完全移行できたんです。タスク管理できる機能もあるらしいんですが、わたしは共有されているカレンダーに書き込んで、タスクが終わったら外していくというシンプルな使い方です。

——1日の仕事の流れは決まっていますか?

関わっている案件によって働き方も変わるのですが、基本的には9時か10時には出社しています。朝食を食べない代わりに、オフィスのリセットスペースでコーヒーを買うのが日課です。

1日のうちに少しでも自分ひとりの作業時間を確保したくて、スケジュール上で予定が入らないようにブロックをすることもあります。ただ後輩を指導する立場にもあるので、相談などは当然ブロックしている時間帯でも受けています。

わたしとしては「いつでもOK」というつもりなのですが、集中しているときは、周りが空気を読んで話しかけないようにしてくれているみたいです(笑)。

業務が終わったら外で食事をしてリフレッシュして、なるべく2時までには就寝します。会社がフレックスタイム制なので、仕事で遅くなった翌日はきちんと身体を休めてゆっくり出社するなど、効率的に働けていると思います。

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Photo: Kayoko Yamamoto

——チームリーダーとして気をつけていることはありますか?

思ったことは、できるだけ口にします。ポジティブなことはもちろんですが、「こうしたほうがいいよ」っていうアドバイスも、なんでも言います。

アドバイスは、良いものにつながるために、本音で言うようにしています。チームにいる後輩の子たちは『いいものを創りたい』と志を高く持っているので、アドバイスも素直に聞き入れてくれます。

心配性だからこそのリスク回避術

−−おすすめの本を教えてください。

失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!』(大野正人著/文響社、2018年)という本です。多くの偉人たちの失敗エピソードをまとめた内容で、そこからどう立ち直ったかが書いてあります。

実は、わたし自身がすごく心配性というか不安性なんです。いつも「失敗したら、どうしよう」と考えてしまうタイプ。だから仕事はいつも前倒しに進めるようにしていますし、オーダーになくても様々なパターンが提案できるようして、リサーチも徹底的にやります。

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Photo: Kayoko Yamamoto

だけど、そうやっていろいろ準備しているおかげで、いつもうまくいっているんです。だから、いまは心配性をポジティブにとらえています

失敗を気にして「やらない選択」をするより、自分やチームの可能性を広げるためにもどんどん挑戦していきたいと思っています。

——これまでにもらったアドバイスで、特に印象深いものはありますか?

「大成したかったら、まわりにいる友達でも、すごいと思った人を素直に尊敬する人になりなさい」

高専生のときに、建築家の先生に授業で言われた言葉が心に残っています。当時16歳で、一生懸命がむしゃらに作品づくりをしていたのですが、まわりの人がすごい作品を作っていると嫉妬してしまうタイプでした。

まわりを素直に認めるように意識していくと、私自身が良いモノづくりができていけることに気が付きました。誰かを見て「すごいな」と思うのは、それがまだ自分の持っていないものだと認識することができて、人を認めるということは、自身の変化に繋がることがわかったからです。

誰かを見て「いいな」「すごいな」と思うのは、それがまだ自分の持っていないものだからです。

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Photo: Kayoko Yamamoto

もうひとつ、新人時代に先輩から態度で教えられたことがあります。入社当時は“たくさん働こう”という時代の空気がありました。そんな中で、成果よりもわたし自身の体やメンタルを重要視してくれた先輩がいたんです。

その先輩が気にかけてくれたから、救われたし、ここまで頑張れた。だから、わたしも若手に愛情を持って優しい言葉や態度を返していきたいです。優しさは循環、連鎖するものだと信じています。

——これからの目標を教えてください。

人生が終わるときに、「人々の思い出作りができた」と思えたら幸せだなと思っていて。「白い恋人パーク」が完成したあとに、海外から親子で旅行に来ていたお客さまが、館内の待機空間のアートを楽しんでくれているのを見かけたんです。

海外の名画を白い恋人風にアレンジしたものなのですが、それぞれの元の絵画を携帯で調べながら、親子で楽しそうにしていらして。遠い日本での思い出のひとつになれたらうれしいです。

改めて、空間における付加価値や提供価値の向上について、チームみんなで認識して動いていくことの重要性を感じています。お客さまのためにも、もっと総合的なビジュアルデザインの分野を開拓していきたいです。

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