コラム:東京封鎖なら「L字回復」に転落か、不可欠な安全網構築

コラム:東京封鎖なら「L字回復」に転落か、不可欠な安全網構築
小池百合子東京都知事が都市封鎖(ロックダウン)に言及後、東京都内の移動を厳しく制限する「首都封鎖」の現実味が高まっている。写真は2016年9月、東京・新宿で撮影(2020年 ロイター/Toru Hanai)
田巻一彦
[東京 27日 ロイター] - 小池百合子東京都知事が都市封鎖(ロックダウン)に言及後、東京都内の移動を厳しく制限する「首都封鎖」の現実味が高まっている。しかし、政治・経済の機能が集中する首都圏で移動を規制した場合、生産や消費に直接的な打撃が発生するだけでなく、社会心理が不安定化し、マインド悪化から景気のV字回復ではなく、L字回復に陥るリスクも高まる。
「コロナショック」への対策として政府・与党は50兆円規模の支援策を検討しているが、その中には「首都封鎖」対策が今のところ入っていない。封鎖中に売り上げがゼロになる中小・零細企業の「所得補償」というセーフティーネットを構築しないまま、強権を発動すると、日本経済に想定を超す大きな傷を生み出すことにもなりかねない。
<五輪延期超えるGDP0.4%押し下げ>
野村総合研究所・エグゼクティブエコノミスト(元日銀審議委員)の木内登英氏は、移動制限による打撃は消費面で顕在化し、東京都だけを対象に1カ月間ロックダウンが実施されると、日本の国内総生産(GDP)を0.44%押し下げると試算した。これは2020年東京五輪の延期で生じるGDP押し下げよりも、マイナス幅が「深く」なるという。
東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県で日本全体のGDPの30%を稼ぎ出している。仮に緊急事態宣言の期間が、一部で報道されているように3週間とし、この間に生産の多くがストップするなら、それだけでGDPを1%強押し下げることになる。
このマイナス効果は、すでに発生している「新型コロナショック」によって生じ、これから起きると想定している輸出減少や観光・インバウンド関連、消費関連の売上減少とは、別に発生することに注目してほしい。
安倍晋三首相も27日の参院予算委で「仮にロックダウン・都市の封鎖のような事態を招けば、わが国の経済にも、さらに甚大な影響を及ぼす」と述べた。
<4─6月期に2ケタのマイナス成長も>
日本のGDPは2019年10─12月期の段階で前期比年率マイナス7.1%に落ち込んだ。当初、政策当局やエコノミストは2020年1─3月に回復するとみていた。だが、中国における爆発的なコロナ感染により、輸出とインバウンドの両方がマイナスになるため、「小幅マイナスやむなし」に傾いた。その後、感染の中心が欧米に移り、強力な移動規制が発令されることになって、今では、前期比同マイナス4─5%に落ち込むとの予想が増えている。中には、2桁のマイナスになるとの声も出ている。
そこに「首都封鎖」が加われば、どこまで日本経済が沈み込むのか、底が見えない状況と言える。
<期間延長ならGWにキャンセルラッシュ>
問題なのは、仮に政府の緊急事態宣言が首都圏を対象に出て、期間が3週間と限定されても、期間中に感染者が増大し続ければ、期間延長となる公算が大きい点だ。感染症の専門家の間では、東京都内の感染者の実態は、発表されている200人台の数倍から10倍程度との見方がある。感染者の増加が継続中は、封鎖を続けるとなると、国民に与える心理的・経済的「負荷」は、相当に大きくなるだろう。
例えば、4月上旬に宣言が出て、4月下旬を迎え、さらに数週間延長するとなると、首都圏在住者は大型連休中のレジャー関連の予約キャンセルを強いられることになる。その場合、マイナスの影響は全国に飛び火し、観光業を中心に関連する業種の中には、事業継続に「赤信号」が点灯するところが続出すると予想される。
<セーフティーネットなしの恐怖>
ところが、封鎖によって生じる売上減少を補てんするセーフティーネットが構築されていない。中小・零細の店舗に「自粛」を要請し、売り上げゼロが続いた場合、持ちこたえる期間には限度があるだろう。政府・与党は「無利子融資」の有効性を強調するが、キャッシュを注入しなければ、店舗閉鎖に追い込まれる経営者が続出し、そこで雇用されている従業員も路頭に迷いかねない。
政府・与党は、緊急事態宣言を出す前に、セーフティーネットを必ず構築し、失業者を出さない方針を明確にするべきだ。そうでないと、現在、検討されている商品券を配っても、効果が発揮されないことになる。
さらに問題なのは、社会心理の悪化だ。東京都の今週末における外出自粛要請が出た25日夜、スーパーに長蛇の列が発生し、食料品の買いだめが起きた。その大きな理由は、政府が6億枚の生産を強調しても事態が好転しない「マスク不足」の経験があるからだ。「首都封鎖」後に、大規模な食料品不足が発生するような事態になれば、各所でトラブルが発生しかねない。
いったん、社会的な心理が悪化に傾くと、多くの国民は消費性向を下げるに違いない。所得から消費ではなく、所得から貯蓄への悪循環である。こうなると、Ⅴ字回復が絵に描いた餅となり、L字回復が現実となる。
<先行する中国で上がらない稼働率>
一方で、移動規制を緩めている中国では、なかなか稼働率が戻っていない。70%弱との見方もあり、感染増がピークアウトしても、元に戻すまでにかなりの時間がかかりそうだという。先行している中国の例は、日本にとっても貴重な材料になるのではないか。
一部には、中国が先行して世界景気をリードするとの見方もあるが、最大市場の米国が感染の中心地になりつつあり、中国は大きな輸出先を失っている。内需だけの片肺飛行では、低空での推移を余儀なくされると予想する。
日本も同様である。外需が直ちに上向かない中、打撃を受けた中小・零細経営者は貯えを大きく減らし、直ちに積極的な経済活動に移れないだろう。内需の立ち直りには相当の時間がかかると指摘したい。
L字回復でも相当の低成長を覚悟しなければならないが、途上国でのコロナ感染拡大による「第2波」が先進国を襲ってきた場合、一段の株価下落もあり得る。経験したことのない乱気流にはまり込んだ可能性が高い。
(編集:高木匠)
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