東京五輪女子ロードレース:まさかの大金星!スタートから飛び出し逃げたアマチュアのアンナ・ケーゼンホファーがそのままゴールまで逃げ切り勝利!数学の博士号持つ才女がロード最強に!


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ロード史上最大の下克上、ロード史上最強の文武両道金メダリストが誕生した。スイス連邦工科大学ローザンヌ校の数学の研究員でもあるアンナ・ケーゼンホファー(オーストリア)が、誰もが驚く見事な逃げ切りで、金メダルを獲得して見せた。2019、202、2021年度のオーストリア個人TTチャンピオン、2019年のオーストリアロードチャンピオンではあるが、最後にプロチームで走ったのは2017年度であり、今現在は偏微分方程式論の研究者としての道を歩んでおり、先月も論文を発表したばかりのアマチュア選手が、自前の機材で誰も予想すらしなかった大番狂わせをやってのけた。5か国語を操り、数学者としても名の知れた類まれな才女がオーストリアに史上二つ目の金メダルをもたらした。

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オリンピック男子ロードよりもよりも短い147㎞で行われた女子ロードレース、それでも総獲得標高が2692mとタフなコースで、スタート直後から飛び出したのはケーゼンホファーだった。そのケーゼンホファーにさらに4人が合流、5人の逃げを形成し快調に飛ばしていく。最大でそのタイム差は11分にまで広げていく。さらには一人、また一人と逃げメンバーが脱落してもケーゼンホファーの勢いは衰えない。後続のメイン集団では最強のオランダチームではなくドイツチームが積極的に集団をコントロールし続ける。

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そんな中オランダチームはエースのアンネミーク・ファン・フルーテン(オランダ)が残り70㎞で遅れてしまい、前大会の金メダリスト、アンナ・ファン・デル・ブレッゲン(オランダ)がアシストに回る。何とか復活したフルーテンはそのままアタックを仕掛けていく。さらにオランダチームの波状攻撃で、集団は一気に小さくなっていく。ファン・フルーテンは残り51㎞で仕掛け、先頭とのタイム差を詰めにかかるが、思ったようにその差は縮まらない。5分ほどのタイム差で残り43㎞まで逃げたが、結局メイン集団に吸収されてしまう。すると残り41㎞、籠坂峠で先頭のケーゼンホファーがアタック、独走態勢へと持ち込んでいく。
単独走となってもTTを得意とするカイゼンホファーの速度は一向に落ちない。そのままメイン集団に背後を見られることなくゴールまで逃げ切り、前代未聞のスタート直後からの大逃げ金メダル獲得を完成させた。

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その背後では思わぬ事態が起きていた。残り4.5㎞でケーゼンホファーと逃げていた最後の二人を捉えたことで、オランダチームが完全に先頭の逃げをすべて吸収したと勘違いをしたのだ。これにより駆け引きが始まってしまい、残り2.1㎞でファン・フルーテンが仕掛けたときには、すでに追いつくことが不可能な状態となっていた。先頭のケーゼンホファーが不慣れな手放しでよろけながらガッツポーズを決めたのに対し、完全に勘違いで勝利したと思い込んだファン・フルーテンもゴールでガッツポーズを決めた。
「今日は勝つ予定はなかったの。ただせっかく出場させてもらったオリンピックだし、今大会で競技生活をやめてもいいと思っていたから、最初からアタックすることは決めていたの。誰も私が勝つなんて予測してなかったでしょ」

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「タイム差のボードとか出ていたけど、全く信用していなかったの。私も若いころ選手として、あれをやった方がいい、これをやった方がいい、と言われてそれを鵜吞みにしてやってきたわ。でもね、30歳という年齢になり賢くなったのよ。”わかっている”という人間は実際には何もわかってないものなのよ。逆にわかっている人は”わからない”ときちんと言うものなのよ。そして近道なんてないのよ。そして奇跡もない、それが私が皆に言える教訓よ。決して人を信じるなということではなく、誰の言っていることが正しいかを見極める目を持つということなの。私の場合それが家族であり、親友だった。そして最後に信じるのは自分、だから私は栄養管理からトレーニング、戦略、機材管理まで全てを自分で行っているのね。私はただペダルを踏んでいるだけじゃないの。常に何ができるかという戦略を刻一刻と変化する時間の中で計算し続けているの。そしてそれが私の誇りよ。」ケーゼンホファーの言葉は研究者らしかった。今大会の気温などへの対策として、自分の体の熱順応のデータを取ってトレーニングしてきたことを公開しており、やはり「科学脳」で独自の対策を講じてきたことがわかる。

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オランダチームは「完全に全員を捉えたと勘違いしていた。そもそも彼女の力量を甘く見積もっていたし、警戒もしていなかった。敗因なんていくらでも言い訳ができるけど、敗北した、という事実は受け入れなきゃならない。」と慢心と油断がどこかにあったことを口にした。
ケーゼンホファーは、陸上で足を痛めたことで2014年に自転車レースへと転向、2016年にアマチュアとして結果を残すと、2017年に最高カテゴリーのロット・ソウダルと契約をする。しかし僅か4か月でレースを休止し、その年限りでレース界から休息をとる。その後1年のブランクを得てアマチュア選手としてレースシーンに復帰、オーストリアチャンピオンとなった。そのまま世界選手権の個人TTでは20位にもなってはいたが、プロ契約はないままにアマチュアとして東京へと乗り込んできた。そして金メダル獲得、元来のオリンピックの姿であるアマチュアスポーツの祭典を地で行く結果を残して見せた。

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東京五輪女子ロードレース
金メダル アンナ・ケーゼンホファー(オーストリア) 3h52’45”
銀メダル アンネミエック・ファン・フルーテン(オランダ) +1’15”
銅メダル エリザ・ロンゴ・ボルギーニ(イタリア) +1’29”
4位 ロッテ・コペッキー(ベルギー) +1’39”
5位 マリアンヌ・フォス(オランダ) +1’46”
6位 リサ・ブレナウアー(ドイツ)
7位 コリン・リベラ(アメリカ)
8位 マルタ・カヴァリ(イタリア)
9位 オルガ・ザベリンスカヤ(ウズベキスタン)
10位 セシリー・ラッドウィグ(デンマーク)
H.Moulinette