(写真提供/イトメン株式会社)
兵庫県に本社を構えるイトメン株式会社(以下イトメン)の「チャンポンめん」は、知る人ぞ知る同社のロングセラーとなっている看板商品で、袋麺好き筆者の大好物のひとつ。
20代の頃、関西エリアの実家に帰省したとき、スーパーで見つけたのが同社のチャンポンめんとの出合いだ。
しかし昔も今も、筆者が住んでいる東京都内では大手のディスカウントストアでたまに見かける程度なので、ネット通販に頼らざるを得ない。容易には入手できないことが、余計にいとおしい気持ちにさせるのだ。
袋麺もカップ麺も日本で2番目に発売
ここでイトメンの歴史を簡単に振り返ろう。
創業は1945年。日本で2番目に袋麺を発売。その袋麺が1958年に登場した「トンボラーメン」だ。
▲トンボラーメン(写真提供/イトメン株式会社)
本社所在地である兵庫県たつの市が、童謡『赤とんぼ』の作詞者として知られる三木露風の生誕の地であることから、トンボラーメンという商品名にした。
カップ麺においても1972年に「カップジョリック」を販売し、これも日本で2番目のカップ麺となった。
▲カップジョリック(写真提供/イトメン株式会社)
筆者も小学生から中学生にかけて、数えきれないほどカップジョリックを食べた。関西ではテレビCMも流れていたが、いつの間にか姿を消した。
歴史のあるイトメンだが、地域によって知名度には大きな差がある。ローカルな企業ゆえに全国展開には至っていないのだ。
だが一方で、公式ツイッターはフォロワーが8万人を超える(※2022年2月現在)ほどSNS力があるアルファツイッタラーの企業でもある。
2015年にはインターネット上で、「残念なイトメン応援キャンペーン!」という歴史のわりに知名度がないことを逆手に取った自虐的なキャンペーンを展開して注目を浴びた。
このキャンペーンには取締役や社長も積極的に参加しており、風通しの良い会社だというのが伝わってくる。そこで長年にわたるチャンポンめん好きとしては、ぜひイトメンの現状を知りたくて、名物社長の伊藤充弘さんと、広報担当の伊藤しげりさんにお話をオンラインで伺った。
▲1956年生まれの伊藤充弘さんは、2003年に5代目の社長に就任。イトメンは前身の伊藤製麺所から始まる同族経営の会社(写真提供/イトメン株式会社)
キャンペーンの自虐アピールでファンから苦情も
──学生時代からチャンポンめんにはお世話になっていますが、「残念なイトメン応援キャンペーン!」は衝撃的でした。社長の「同情するなら食べてくれ!」「ストレスもないのにハゲ!」などのキャッチフレーズと共に、顔出しをしてのアピールは、どなたの発案だったのでしょうか?
伊藤しげりさん(以下、広報):キャンペーンの内容やツイッターの運用は若手社員が担当しているのですが、これまでもイトメンを知っていただくためにSNSを通じて、いろんなキャンペーンをやっています。「残念なイトメン応援キャンペーン!」のときは、営業会議で「自虐というコンセプトで行くなら徹底的にやりたい」ということで方針が決まりました。
伊藤充弘さん(以下、社長):関西はお笑いの文化が根付いているので、こういうユニークな取り組みに違和感がないんですよ。
──僕の思っていたとおり、社長さんはウケ狙い肌ですね。
社長:違うキャラを演じようとしてもできないんです。ハハハハハ。
──自ら「残念な会社」とうたわれてますが、どこを指して残念なのかを改めて聞かせてください。
社長:業界で2番目に袋麺もカップ麺も開発したのに、売り上げが伸びず、評判にならなかったからです。発売しているエリアでは大勢のファンの方々に支えられているんですけども、これだけ人が日本中を移動しているにもかかわらず、同じエリアでしか商売できていないという反省もありますね。
──全国展開に至らないのはどうしてなんですか?
社長:営業力不足です。こちらから売りに行かなければ知ってもらえないですからね。よく京阪神にお住まいの人には、「チャンポンめんを買いたいけど見かけない。どこに売ってるんや?」と苦情というか、励ましの声を頂戴します。
──大阪の中心部では見かけませんもんね。
社長:田舎者なので、人の多い都会に出るのが怖いという僕の性格もあるんです(笑)。
広報:おかげさまで「残念なイトメン応援キャンペーン!」は大きな反響をいただいたんですが、あんまり自虐アピールすると、当社のファンの方から苦情が届くんですよ(笑)。販売してくれている問屋の方からも、「私たちは一生懸命売っています」というお言葉をいただくので、今は「オレは頑張るキャンペーン」に切り替えています。
▲会社の所在地は、伊藤社長の生まれ育った兵庫県たつの市。のどかな田舎の風景の中に本社と工場があり、海外商品も含め、すべてのイトメンの商品はここで作られている(写真提供/イトメン株式会社)
▲本社併設の直売店には、イトメンの商品を求めて遠方から車で買いに来るファンも多いという(写真提供/イトメン株式会社)
チャンポンめんと長崎ちゃんぽんの相関関係は皆無
──イトメンの看板商品チャンポンめんは、どういう経緯で1963年に誕生したのでしょうか。
社長:基本の味付けは、トンボラーメンの次に出した「ヤンマーラーメン」と同じなんです。
▲1962年頃に発売を始めたヤンマーラーメンの名は、トンボの種類である「ヤンマ」をもじってつけられた(写真提供/イトメン株式会社)
社長:ただヤンマーラーメンはノンフライ麺でしたが、当時は徐々に揚げた麺が主流になっていました。生産効率もいいということで、私どももフライ麺を作ろうということになったんです。そのときに、どんな味にするかということになって、ヤンマーラーメンが売れているんだから同じ味でいいじゃないか、というのが始まりです。
──チャンポンめんのかやくは干しエビと干しシイタケですが、ヤンマーラーメンもそうだったんですか?
社長:2つの具材をかやくにしたのはチャンポンめんからです。干しエビと干しシイタケにしたのには理由があるんです。播州(ばんしゅう/兵庫県南部)はそうめんの産地でしょ。そうめんのつゆは、昔は家庭で作ってたんですね。
──市販の麺つゆがない時代ですもんね。
社長:そうです。私の家庭でも、干しエビと干しシイタケでダシを取って、しょうゆ、砂糖、みりんを入れて煮込んで、冷めるのを待って、麺つゆにしていました。なぜか干しエビと干しシイタケが播州ではどこの家でもあって、ダシの基本なんです。カツオや昆布じゃないんですよね。
──なるほど。チャンポンめんは播州の味なんですね。初めて食べる前は、「チャンポン」と商品名に入っているから、長崎ちゃんぽんの濃厚な味わいを想像していたんです。でも実際には、あっさりした味わいですよね。チャンポンめんの名前の由来は?
社長:ビールや日本酒などのお酒を「チャンポンで飲む」と言うように、混ぜ混ぜにするという意味です。「いろんな具材をチャンポンにして入れたらおいしいんとちゃうか?」ということで決まったんです。当時の開発者は、長崎ちゃんぽんの存在を知らなかったと思います。
▲イトメンが推奨するスタンダードなチャンポンめんの調理例。干しエビ、干しシイタケのかやくがスープとうまくマッチ、独特の風味と香りが特徴。麺は塩を使わず製麺した無塩製麺なので、トッピングの具材の味を引き立てる。一部具材は別売り(写真提供/イトメン株式会社)
「僕だけのチャンポンめん」だからこそ熱狂的なファンも多い
──そば、うどん、そうめんを含めたいろんな種類の即席麺を発売されていますが、主力商品のチャンポンめんが占める売り上げは何パーセントくらいですか?
社長:約60パーセントです。
──さすが看板商品ですね! 現在のチャンポンめんの販売エリアを教えてください。
社長:営業が動いているのは、名古屋を中心とした中京エリアと北陸エリア、京阪神を飛ばした兵庫県から西の中国エリア。九州だと鹿児島で売っています。
──独特な分布図ですよね。九州でもっとも人口が多い福岡では売っていないんですか?
社長:以前は売っていたんですけど、扱ってくれていた問屋さんが倒産されて、置いてもらえなくなったんですよね。その後、営業が回りきれていないため、今の形になっています。
──ただ結果的に地域限定物だからこそ、熱心なファンが付いて、ツイッターのフォロワー数も増えた側面があるのではないでしょうか。
社長:SNSの影響は大きいと思います。昔はネット自体がなかったですけど、今はピンポイントで好きなアカウントにアクセスできるという環境が生まれましたので、たくさんのファンの方に支えていただいています。それだけに私どもとしては、いまだに「珍しい物を見つけた」みたいな存在でいいのかなと思っていますけどね(笑)。
──そういう状況が続いているからこそ根強いファンが離れないと思います。マニアのハートを掴んでいるという実感はありますか?
広報:ありますね。おかげさまで多くのフォロワーさんがチャンポンめんを作った写真とともに、熱い思いをつづったツイートをされています。
──あまりにもメジャーな存在になったら、「僕だけのチャンポンめん」じゃなくなったみたいな寂しさもありそうです。
広報:そういうコメントをよく見ます。大手になって知れ渡るようになってほしいという気持ちもありつつ、「俺の地方のチャンポンめんってすごいんやで」というB級ならではの優越感みたいな。私たちはA級になりたいんですけどね(笑)。
──企業としてはA級に越したことはないけれど、今の居心地も悪くはないということですか。
広報:実はそうなんですよね。熱く支持してくれるファンがいてくれて、ツイッターも初期からフォローしてくださっている。そういう方々を、これからも大切にしたいと思っています。
▲イトメンの初代マスコットキャラクター「とびっこ」。トンボをモチーフに1963年にデザインされた。トンボの羽がわかりにくいこともあり、しばしばハエと間違われ、これも「残念な会社」の要素のひとつ。今も袋麺版チャンポンめんのパッケージに健在だ(写真提供/イトメン株式会社)
▲2代目キャラクターの「アカネちゃん」。チャンポンめんの発売半世紀を記念して、2013年に新キャラクターを募集し、1574通の応募の中から選ばれた。たつの市ゆかりの童謡『赤とんぼ』にちなんで「アカネちゃん」と命名された(写真提供/イトメン株式会社)
様々なアレンジができる飽きのこない味
──ロングセラーの商品の多くは、飽きられないように時代に合わせて味のマイナーチェンジをおこないますが、チャンポンめんはどうなんですか?
社長:基本的に変わっていないですが、製造する工程の技術が上がっているので、野菜から抽出するエキスひとつ取ってもレベルは高くなっています。ただ、かやくの干しエビや干しシイタケの配分は、製造の過程で個々によって少し変わってしまうこともあります。
──と言っても、わずかな誤差ですよね?
社長:そうですね。母親が作ってくれる味噌汁が飽きないのは、毎日微妙に味が違うからというのがあると思うんです。
──たしかにそうですね。
社長:チャンポめんが「飽きのこない味」と言っていただけるのも、そこなんじゃないかと思っています。なおかつ、いろんなアレンジができるベースの味も長く愛されている理由ではないでしょうか。
──淡白な味わいだからこそ、豊富なアレンジができますからね。ちなみに、どんな食べ方がおススメですか?
広報:そのまま食べるのが一番おいしいですし、残った汁にごはんを入れておじやにするのもいいと思います。ツイッターを見ても、このシンプルな食べ方が好きなフォロワーさんは多いですね。あと、当社のホームページに載っている「塩焼そばとたまごスープ(ぞうすい付き)」は個人的にイチ推しです。
▲チャンポンめんをアレンジした見た目にも贅沢な「塩焼そばとたまごスープ(ぞうすい付き)」(写真提供/イトメン株式会社)
貿易をやっている華僑との縁で海外進出
──イトメンにはタヒチのみで売っている「オールインワン」、香港のみで売っている「蟹王麺」と海外限定商品もありますが、「ぜひ売ってほしい」と本社に来る人はいないんですか?
社長:袋麺だけを扱っているお店の方が来られて、「国内で売りたい」と言われたことはあります。でも、食品衛生法などいろいろあって、勝手に国内では販売できないんです。
▲40年ほど前からタヒチだけに輸出されているオールインワン。スープはチャンポンめんと同じ物だが、かやくに干しエビと干しシイタケは入っていない(写真提供/イトメン株式会社)
▲1968年から香港で売られているロングセラー蟹王麺。ラー油が決め手のあっさりした味わいらしい(写真提供/イトメン株式会社)
──タヒチと香港にはどういう経緯で進出したんですか。
社長:香港進出が先だったんですが、神戸で貿易をやっている華僑と縁があったのがきっかけです。他メーカーの袋麺より早かったんですよ。
──へえ! どの袋麺よりも蟹王麺が先だったとは……。
社長:これだけはアピールできますね(笑)。タヒチ進出に関しても、貿易の商売をやっていた華僑との出会いがきっかけです。もともとタヒチは遠洋漁業に出た日本の漁船が食料の補給で寄港していたんです。そこで日本のラーメンが欲しいということで、流通することになりました。
──今後、東京に進出する可能性はありますか?
社長:ゼロとは言いませんが、そのときの物流の状況、売り上げの状況によりますね。ただ今後は、全国で商品を買っていただけるように販売を頑張っていきたいと考えておりますので、ご期待ください!
この取材を終えた直後に、通販で入手したチャンポンめんを食べたのですが、改めて見た目どおりあっさりしつつ豊かな風味に感動。個人的には、キャベツと麺を一緒に煮て、生卵、ネギ、紅生姜、とろろ昆布をトッピングするのがベストの布陣です。
途中で卵黄を崩し、スープと絡めてすするのが最高です!
みなさんも発売以来、同じ味を守り続けているチャンポンめんを自分流にアレンジして、SNSに投稿してみてはいかがでしょうか?
書いた人:沢木毅彦
インタビュー、映像作品レビュー、企業取材、配信サイトの番組紹介などをやっているライター。居酒屋でスマホいじりながらの一人飲みが最大の贅沢。食事は自炊派で、作るのが簡単な麺類を愛好。米のごはんは週1回程度でOK。その際は納豆か卵は必須。外食ならラーメンは天下一品のこってり、カレーはcoco壱番屋の10辛。激辛好き。巨人ファン。