読書家として知られるブロガーのphaさんは、読書を「すぐに効く読書」と「ゆっくり効く読書」の2種類に分類してるのだそう。前者が読者に行動を訴えかけることによって悩みや課題を解消しようとするのに対し、後者は現状を肯定し、読者の人生にじわじわと影響を与えるといいます。
ゆっくり効く読書により、人生の土台を形作ってきたというphaさん。自分を変えるのではなく肯定してくれる読書のあり方について伺いました。
「読書」が社会でうまくいかない自分を守ってくれた
phaさん(以下、pha) その分類は編集者からの提案を受けて考えたものなんですが、僕自身ずっと、すぐには効かない、なかなか役に立たない本ばっかり読んできたという自覚があるんです。読み手にすぐ行動や変化を促すようなビジネス書や実用書が「すぐに効く」ものだとしたら、自分がおもしろいと感じる本は、作家のエッセイやノンフィクション、学術書などすぐに何かが劇的に変わるわけではないけど、思考の枠組み自体が変わってしまうようなもの。振り返ってみると、そうした「ゆっくり」効く本が自分の人生や生き方の土台になっているなと思って本を書きました。

pha 例えば「ドラムがもっと上手になりたい」と思ってドラムの本を読むみたいなことはしますけど、普段はあんまり実用書って読まないですね。そういう本って、「これになりたい」という目標がはっきり決まっていて、それに向かってがんばろうという気持ちのときに手に取るものだと思うんですけど、がんばろうという気持ち自体が薄いからかもしれない。僕は自分が何になりたいか、何をしたいかというのもよく分かっていないときが多いので、何の役に立つかは分からないけど、なんとなく興味がある本ばかりを自ずと手に取ってきたのかもしれないですね。
pha 読んだかもしれないけど、まったく覚えてないんですよね……。覚えていないってことは、なんかよく分かんないな、自分が求めてるのはちょっと違うんだよなって感じたんだろうと思います。例えばコミュニケーション術についての本だったら、「こういうふうにすればコミュニケーションがうまくいきますよ」「こうすれば会社でうまくいきますよ」という情報は書いてあるけれど、僕はそもそもコミュニケーションがうまくなりたいんじゃないかもしれないとか、会社でうまくいってどうするんだろう、みたいなことを考えてしまう方なので。
pha うん、どちらかと言えばそういうタイプなんだと思います。「そもそもこれ、別にやらなくていいんじゃないか?」ってことばっかり普段から考えているので。
すぐに何かの役に立つ読書って、社会にあらかじめ存在している「こういうふうになった方がいい」という枠に、自分を合わせていくための読書だと思うんです。でも僕はどちらかと言うと、自分を何かに合わせて変えていくみたいなことをあんまりやりたくなくて、いまの自分のままでできることをやりたいって思っちゃうんですよ。
だから、自分には変でうまく社会にはまらない部分もあるけれど、そのままでもいいんだ、と思わせてくれる本をおもしろいと感じて読んできた気がします。人間にはいろんなタイプがいて、絶対的に正しいものなんてないということを実感させてくれる本や、世間の常識を相対化してくれる本がそれにあたるのかなと。そういう「ゆっくり効く」本が、ずっと自分自身を守ってくれているという実感があります。
枡野浩一、西村賢太、橋本治――phaさんのゆっくり効いた本
pha 歌人の枡野浩一さんの『愛のことはもう仕方ない』という本は、読むと自分のダメさを肯定できるような気分になれる本で、好きでした。内容としては離婚して息子にずっと会えないとか、芸人をやってみたけれどうまくいかなかったとか、枡野さんが過去をひたすら正直に振り返っているだけなんですけど。
僕も、考えても仕方がないことでいつまでもくよくよしてしまうことってあるし、人間ってそんなもんだよなと思わせてくれるというか……ほかの人に同じことを言ったら「もっと前向きに行こうぜ」とか言われてしまいそうなんだけど、そう言われても簡単に前を向けないことってあるじゃないですか。そういうときに枡野さんの本を読むと、仕方ないよなあと思えてちょっと楽になれるんです。
pha 世界でいちばんくよくよしてるんじゃないか、と思うくらいくよくよしてますよね(笑)。ほかにも、同じく歌人の穂村弘さんのエッセイや、小谷野敦さんの私小説も、同じように人間のだめさや社会へのなじめなさを肯定してくれる感じがして好きです。
あとは、僕が持っているだめさとはまたちょっと違う感じがするんですが、西村賢太さんの私小説や日記も好きでよく読んでいました。西村さんの日記には酒を飲みまくって不健康なものばかり食べて、という獣の生態のような生活がそのまま書かれているんですが、最近亡くなってしまってとてもショックでした。ダメ人間のひとつのロールモデルだったというか……令和にはもう、あんな人は出てこないだろうなとさみしくなります。
pha 僕はわりと、1冊を何度も読み返すよりも新しい本をどんどん掘っていくのが好きな方なんですよね。ただ、橋本治さんの『青空人生相談所』という人生相談の本は昔からすごく好きで、いまもときどき読み返します。ちょっとした言葉遣いを手がかりに、相談者が気づかないことまで暴き出すようなすごい人生相談なんですよ。

特に印象に残っているのが、「何をするにも時間がかかる」という悩みに対する回答です。「私は主婦なのですが、掃除や洗濯など、何をするにしても時間がかかってしまいます。どうすればよいでしょう」という質問に対して、橋本さんは「なぜ『どうしてでしょう』ではなく『どうすればよいでしょう』と聞くんですか」と返すんです。
pha 橋本さんいわく、「どうしてでしょう」という質問には、理由を解明して自分でなんとか解決しようという気がある。けれど、「どうすればよいでしょう」というのは、みんながどうにかした方がいいと言うからなんとなく解決したいような素振りを見せているけど、本当はどうでもいいと思っているのが透けて見える、と(笑)。
そのふたつっておっしゃるとおり本当にちょっとした言葉の違いなんですが、そこに気づいて切り込む解像度の高さがすごいなと思って。橋本さんの悩みへのそういうアプローチのしかたは、自分自身の悩みを考えるときにも役に立っているのを感じます。
pha そうですね。「何をするにも時間がかかる」というのは僕自身の切実な悩みではないのだけれど、橋本さんの回答を読んでいると、自分の悩みも同じように高い解像度で眺められる気がしてくるんです。そういうところがすごく勉強になりますね。
本は悩みの輪郭をクリアにしてくれる
pha ありますね。僕はちょっとご飯を食べに出かけるときも本を持っていくし、旅行も本を読むためにしているようなところがあるので、基本的にはいつも何か読んでいたいタイプなんですが……それでも、疲れて何も読みたくないし、読んでもおもしろいと感じないときはたまにあります。
pha そうですね。あ、でも活字の本を読む気がしないときも、漫画はわりと読み返したりしてるかもしれないな。活字の本に関しては、いろいろ新しいものを読んでいきたい気持ちがあるのであんまり同じものは読み返さないんですが、漫画を読むのはそれと比べると、もっと軽い気持ちでできる娯楽というか。自分の感情を安定させるためみたいなところもあるので、お菓子を食べるような感じで同じ作品を「おもしろいなあ」と思いながら読んでますね。
pha ありますよね。最近は『らーめん再遊記』が好きでよく読み返してるんです。中年のラーメン職人が若い人には負けないぞと思いつつラーメンを作ったりフラフラしたりする話なんですけど、キャラもいいしラーメンのうんちくもおもしろいし、漫画としての安心感があって。40代とか50代の人がこれからどう生きていくか、というのを描いているので、自分にも身に沁みるところがあってついつい何度も読んじゃいます。
pha 人が紹介しているのを見たり聞いたりして、おもしろそうだと感じた本を買うことが多いです。たくさん本を読んでいて、この人のおすすめなら信頼できるという人や、自分と趣味や価値観が合う人が薦めている本だと、まず間違いないだろうなと。やっぱり本を探す上では、信頼できる人をまず見つけて、その人のおすすめを読んでいくという方法がいちばん早いと思うので。
ただ、あまり周りに参考になる人がいないという場合は、まず読んでみたいジャンルの初心者向けブックガイドやアンソロジー本を探してみたり、本屋さんや電子書籍上で、いろんな本の「はじめに」の部分をちょっと読んでみて、ぐっとくるものを探すのがいいんじゃないかと思います。多くの著者は、その本を通していちばん言いたいことを序文に書いてくれているので、そこを読んで合わない本は、別に無理して読まなくてもいいと思いますし。
pha うーん、どちらかと言えば、悩みを解決したいというよりも、むしろ本を読んでいくうちに共感できるものが見つかって、「私の悩みはこれだったんだ」って気づくことの方が多い気がしますね。本って、自分の悩みをクリアにしてくれるツールとしての側面も持っていると思うので。
pha そうなんですよ。解決自体はしないかもしれないけれど、なんとなくはっきりしてくる。
でも、僕は正直に言えば、本に「ゆっくり効く」ことさえ求めなくてもいいんじゃないか、と思っているふしもあります。本を読んで何かを得たりその知識を日常生活に役立てるというのはもちろんいいことだと思うんですが、本を読むその時間自体が楽しければそれでいいというか。なんとなくおもしろいとかだめさに共感できるとか、強く気持ちが揺さぶられるというだけで十分、本を気軽に読む理由にはなるんじゃないかな、と思いますね。
取材・文:生湯葉シホ
編集:はてな編集部
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