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 「今は世界的に空飛ぶクルマ(eVTOL〔電動垂直離着陸〕機)に注目が集まっているが、“こっち”の方がモビリティーとして効率が高く、手軽により遠くへ行ける。投資家が出てくればやりたいんだけどなあ……」

 元ヤマハ発動機の無人ヘリコプター開発のエンジニアで、現エーエムクリエーション(東京・葛飾)社長の松田篤志氏は、無念そうにこう話す。同氏が言う“こっち”とは、空飛ぶクルマの船版とでもいうべき「表面効果翼船」である。出発・到着時は船として航行し、巡航時は「飛行機」に変身する乗り物だ。

 ただ、飛行機といってもeVTOL機のように高度150m以上を飛ぶわけではない。波の高さにもよるが、海面のわずか1~5mの高さを、eVTOL機と同等の100~350km/hという速度で航行する。

 この「空飛ぶ船」は海面すれすれを飛ぶため、飛行効率が高い。「表面効果」(下が地面の場合は「地面効果」ともいう)という現象を使えるからだ。飛行体は、滑空中に翼の上下に発生する圧力差が生み出す揚力によって浮上する。その際、翼の端部には高圧である翼の下側から低圧である翼の上側に、空気が移動する「翼端渦」が発生する。

 この空気の流れは、揚力を低下させる原因になるが、飛行体が表面すれすれを飛ぶと翼端渦の一部は地面に遮られ、翼の下側から上側に回り込む空気の量が少なくなる。その結果、通常よりも高い揚力を得られる。水鳥などが水面すれすれを滑空するのは、この効果を利用しているためだ。

 表面効果翼船はeVTOL機に対して多くのメリットを持つ。最大のポイントは、船体の安全性の認証に航空法ではなく「船舶法」が適用されることだ。このため、開発コストは数分の1と低く、メンテナンスコストもかなり安くなるという。飛行高度はわずか数mなので、例えば電源喪失などの大きなトラブルがあった際は、着水して船に戻ればいいので安全度はより高い。eVTOL機では専用の離着陸場(Vポート)を整備する必要があるが、通常の桟橋を利用できる。

 またeVTOL機は飛行の際に、飛行経路や離着陸場付近の住民の社会受容性に基づく同意を得る必要があるが、表面効果翼船は海上を航行するので、そのハードルがかなり低くなる。

ビジネスの成功例なし

 実は、表面効果翼船はeVTOL機と異なり、新しいモビリティーではない。欧米などでは軍用を含めると1960年代から開発が始まっていた。ドイツ、ロシア、米国、中国、韓国などで船体の開発例はあるが、商用ベースでの成功例、つまり、定期運航に使ってビジネスとして成功している事例はまだない。

 その理由として挙げられているのが、従来の船体は航空機用のエンジンなどを採用していたので開発コストや運航コストが高く、さらに専用のパイロットが必要なことである。また、水面上でスピードを出すため離水、着水時の衝撃が大きな問題になる。「一般の人が快適に乗れる乗り物ではない」(松田氏)。

 これまでに開発された商用の表面効果翼船の中で、最も完成度が高いといわれているのが、シンガポールのスタートアップであるWigetworks(ウィジェットワークス)が開発した「Airfish 8」である(図1)。

図1 シンガポールWigetworksの「Airfish 8」
図1 シンガポールWigetworksの「Airfish 8」
ガソリン車用の高出力エンジンを搭載する。機体サイズは全長17.2m×全幅15m×全高3.5m。2015年10月に試作機の最初のフライトが実施されたが、現在も商用化には至っていない(出所:Wigetworks)
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 Airfish 8はパイロット2人以外に6~8人が搭乗できる船体で、ガソリン車用の500馬力のV8エンジンで駆動する。海面7mの高さまでを飛行し、最高速度は約190km/h、航続距離は約560km(300海里)。離水には500m、着水には300~500mの距離が必要だという。

 同社は、Airfish 8の試作機の最初のフライトを2015年10月に成功させ、以後、改良を重ねた後、フィリピンなどで商用運航に向けたテストを行ったが、いまだに事業化には至っていない模様だ。もちろん、他社は実験止まりである。