新型コロナウイルス対策として政府が全国に配った「アベノマスク」の行政文書で単価や枚数を黒塗りにした部分の開示を、大阪地裁が命じた。原告が請求した45件全ての文書の公開を認めており、ほぼ完勝といえる判決だ。そもそも審理中から、国の主張にはおかしな点があったという。巨費を投じた政策に世論が沸騰して3年。判決文から見えてくるものとは。(岸本拓也、中山岳)
<アベノマスク> 安倍元首相が2020年4月に全戸配布を表明した布マスク。一部に汚れや虫の混入が発覚し、予定の約1カ月遅れの同6月に配り終えた。配布時には既に市場に不織布マスクの供給が戻り始めており、効果が疑問視されている。介護施設や妊婦向けを含め計約2億9000万枚を調達し、21年度末までに少なくとも約502億円を投じた。厚労省の調査では、検品対象の15%に当たる約1100万枚が不良品。国は22年、余った約7100万枚を希望者に配って在庫を処分した。
「単価を非開示にしたこと自体が常識ではありえない。当然の判決だ」。勝訴から一夜明けた1日、原告で憲法学者の上脇博之氏は「こちら特報部」の取材に、こう言い切った。
アベノマスクが注目されたのは、新型コロナが猛威を振るい始めた2020年4月1日。マスクの品薄状況の改善を狙って、安倍晋三首相(当時)が「全世帯に2枚ずつ配布する」と宣言した。17社と随意契約を結び、調達した布マスクを家庭や学校、介護施設などに無料で配った。
政策効果などが不透明だったため、上脇氏は同年4〜5月、事業を所管する厚生労働省と文部科学省に、納入業者との契約文書などの公開を請求。しかし開示された文書は、発注枚数や単価が黒塗りだった。
一部の文書には「マスクの単価が税込み143円」と、黒塗りし忘れたとみられる記載もあったが、実際はいくらで他の契約はどうなのか、価格や業者決定のプロセスも分からない。文書45件の黒塗り部分の開示を求め、同年9月に大阪地裁に提訴した。
それから2年半近くたって出た今回の判決文。徳地淳裁判長は「公にしても、国の利益や企業の競争を害する恐れはない」などとして、国側の主張をことごとく退けている。
◆「営業ノウハウ明らかになり競争不利に」→「不当に害するとは考えがたい」
まず「企業の営業ノウハウ、アイデアが明らかになって、同業者との競争上不利になる」という論理。判決は、マスクの需給バランスが崩れた特殊な状況下での各企業の調達能力を推認できる可能性はあるとしつつ、「その程度の漠然とした情報が、各企業の競争上の地位を不当に害するとは考えがたい」と一蹴した。
◆「同様の事態で売値のつり上げ可能に」→「積極的な開示の方が有益」
「同様の事態が生じた際に、売値のつり上げが可能となる」という主張も、「談合による違法なつり上げでない限り、いわば自由競争の範囲内」と否定。その上で「単価が事後的に公開される前提の方が信頼維持の観点から企業に自制心が働きやすく、談合を防ぐことができる。売値のつり上げを避けるには、むしろ単価金額の積極的な開示の方が有益」と正反対の判断を示した。
◆「政府と取引する企業なくなる」→「大量調達する事態が起きる可能性は低い」
判決は「国が随意契約により購入する物品代金や単価は、税金の使途にかかる行政の説明責任の観点から開示の要請が高い」とも説明。「政府と取引する企業がなくなってしまう」という懸念にも、将来感染症が急拡大して政府が布マスクを大量調達する「特殊な事態が起きる蓋然性 は常識的に考えてかなり低い」と疑問を呈した。こうして、賠償以外の原告の請求を全て認めた。
厚労省は判決後、「厳しい判決だ」などとするコメントを出した。岸田文雄首相は1日の国会で「(控訴について)さまざまな観点から適切に判断する」と述べている。
提訴後の21年11月、会計検査院がアベノマスクの調達平均単価は約139円だったと明らかにしたが、単価の詳細や...
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