男女どちらが生きやすいと思う? 結婚して名字を変えるのはどう思う? 神奈川県立横浜清陵高校(横浜市南区)で家庭科を教える野原慎太郎教諭(40)は、授業でこう問いかける。「自分が育った家庭とは違う考え方もあることを学び、人生の選択肢を増やしてほしい」。生徒たちが知らぬ間に身につけてきたジェンダー観に揺さぶりをかける。(石原真樹)
◆女の子には「ままごと」、男の子には「車」でいい?
担当する2年の必修授業「家庭基礎」で、毎年初回に必ず意識調査を行う。「男女どちらが生きやすい?」との質問には「女子」が多く、「レディースデーがある」「周りが助けてくれるから」などの理由が挙がる。「男子がいいという生徒の理由は『給料が高いから』。法律的には違うのですが」と笑う。
ジェンダー・バイアスを取り上げる回では、男女それぞれの赤ちゃんに選ぶおもちゃの種類や、泣いているときにかける言葉を生徒たちに書かせる。おもちゃは女の子は「ままごと」、男の子は「車」。男の子にかける言葉は「男だったら泣くな」など。「体の性が男か女かによって固定観念があることに気づかせる」のが狙いだ。
家族に関わる法律として民法も取り上げる。
・男は18歳、女は16歳にならなければ婚姻できない(731条)
・女は前婚の解消または取り消しの日から6カ月経過しなければ再婚できない(733条)
・男は18歳、女は16歳にならなければ婚姻できない(731条)
・女は前婚の解消または取り消しの日から6カ月経過しなければ再婚できない(733条)
これは2010年時点の条文で、内容が「個人の尊厳」と「男女の平等」に反していないか考えさせる。あえて改正前の条文を検討させるのは「法律は変えられる」と生徒たちに実感してもらいたいからだ。
10年前の授業では、結婚できる年齢に法的に男女差があっても「良い」という生徒が半数だったが、今はゼロになった。「実は法律が『家族やジェンダーはこうあるべきだ』という意識を作っている。多くの生徒が遠くて関係ないと思っている法律が、実は深く関係していると感じてくれたら」
2022年度の1年間、実習の一環として野原教諭の授業を参観した横浜国立大大学院教育学研究科2年の村上飛鳥さん(24)は、この民法の授業が最も印象に残ったという。「大学院生にとっても法律は難しいけれど、生徒は子どもなりの見方で『おかしいんじゃないか』と感じていた。『おかしい』と表現できる力を家庭科で育成するのは、これまでの家庭科の授業のイメージにはなかったのではないか」
◆「母性神話」も登場
ジェンダーの問題は、学年の終わりごろに学ぶ「子どもの発達と保育」で再び登場する。
児童虐待を取り上げる授業の冒頭、子育ては男女どちらが向いているかを聞くと、クラスの半数ほどは「女性」。理由は「母乳が出るから」「声が高いから」などで、「じゃあ子どもが母乳を飲まなくなったあとの子育てはなぜ女性が向いているの?」とたたみかけると、答えられない。
そこで、孤独な子育てによるストレスなどで虐待してしまった母親のドキュメンタリーや、虐待加害者の内訳の7割が実母であることを示すグラフを提示。「女性が子育てに向いているというなら、こんな結果になるはずがない」と説明し、それなのに「女性は子育てに向いている」と考えることを表す言葉があるよ、と伝える。
「母性神話」
すべての女性には母性本能というものが備わっており、無条件で育児に向いているという考え。また女性は出産すれば自動的に母性が湧いてくるとする考え。科学的根拠はない。
授業で教科書はほとんど使わず、オリジナルのプリントと、録りためたテレビのドキュメンタリーなどで組み立てる。プリントは生徒の反応を見ながら毎年アップデートし、授業で使う番組も常に新しいものを探す。「やりたいことがいっぱいありすぎて、時間が足りない」と笑う。
2年の苅谷大斗さん(17)は授業を通じ、小学校から続けている野球で「男だから練習を休むな」などと怒られてきたことに「男だから、はおかしい」と気づいたという。体育祭の男女別種目など、当たり前だと思っていたことにも「...
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