ロシアのプーチン政権による侵略開始から3年目に入ったウクライナ。民族と国家の存亡をかけて、果敢に抵抗を続けるウクライナの社会に最も精通した日本人といえば、首都キーウでウクライナの国営通信「ウクルインフォルム」日本版編集者の平野高志氏(42)を置いて他にいないだろう。平野氏は3日、ウクライナの市民社会をテーマにした論文で「ウクライナ研究会」(岡部芳彦会長)の研究奨励賞を受賞したばかり。ウクライナのメディアや社会、対ロ関係、日本の支援への反応などについて縦横無尽に語ってもらった。(編集委員・常盤伸)
平野高志 1981年生まれ。東京外国語大学ロシア・東欧課程卒。リビウ国立大学修士課程(国際関係学)修了。在ウクライナ日本大使館専門調査員を経て、2018年以降、ウクルインフォルム通信日本語版編集者を務める。キーウ在住。著書は「ウクライナ・ファンブック」。写真家としても活動中。
◆情報空間を防衛するためにメディアも戦う
—ロシアによる侵略戦争が続いている。ウクライナでメディアを巡る最大のテーマは何か。
「ロシアの情報戦争に対処するためテレビ局6局が共同で実施している報道番組『統一ニュース』の信頼度が、侵攻直後と比べ最近大幅に低下し、どんどん見られなくなっているので、どうすべきかという議論が起きている。もうそろそろやめるべきだという意見も多く聞かれる一方、国会の『表現の自由委員会』の委員長(野党議員)は慎重だ。ウクライナの情報空間にロシアが入り込む余地を与えてはいけないので、何らかの改善は必要だが、戒厳令下で制限自体の完全な解除はすべきでないという理由だ」
—「ウクライナ・プラウダ」のような独立系メディアは国民が一致団結を必要とする防衛戦争下だからこそ、メディアによる政権監視は重要だと訴えている。
「同意する。同時に最近そうした独立系メディアへの圧力が問題になっている。何者かがメディアの通信を傍受したり記者を尾行したりカメラで監視するなど、さまざまな圧力をかける事件が複数あり、ウクライナ・プラウダも被害に遭った。その中でウクライナ保安庁の関与が明白な事案が発覚、大スキャンダルになって政府は対応せざるを得なくなった。責任者を解任し、報道の自由は守るべきだとのメッセージを出し、G7(主要7カ国)の大使が保安庁の長官と緊急に会う事態になった。大使たちは懸念を伝えたのだろう」
◆「ウクライナの市民社会が頑張っている」
—ロシアと異なりウクライナでは報道の自由度が高いはずだ。なぜそうしたことが起きるのか。
「政権は戦時下でメディアをある程度はコントロールしたいのだろう。実際そうしている部分もあるが、他方でメディア側も、報道の自由の重要さを訴え、活動を続けていて、ある種の緊張関係が生きている。ロシアの侵略と必死に戦っているので、『国民一丸で』という感じがある中でも、市民がちゃんと権利を主張できている。ウクライナの市民社会が頑張っていると思う」
—ロシアで、政府に批判的な社会団体を「外国の代理人」に指定し、欧米などの影響を全て排除しているのとは大きな違いがある。
「現在のウクライナは、市民社会の意向に反対することは政権が決めることができないという関係が成立している。しかもG7などの国際社会が市民社会側を応援している面がある。政府より市民社会が正しいと判断したら国際社会はむしろ市民社会側に連帯を示すような形で接触することがよくある」
◆市民が立ち上がらなくなったロシア ではウクライナは…
—ロシアでも2011年冬に大統領選での不正を巡り、ソ連崩壊以来最大の市民による大規模な抗議運動があり、市民社会台頭の兆しかと思われたが、プーチン政権の弾圧で芽を摘み取られたのは対照的だ。ウクライナで市民社会が確立できた大きな要因は何か。
「成功体験の積み重ねだと思う。例えば(04年の)オレンジ革命、(14年の)マイダン革命があるが、革命後には着実に市民社会の人たちが努力して結果を出している。失敗する時もあるが成功する時もある。頑張っただけの結果を出せる、という成功体験を経て、皆が諦めなくなったことが大きい。一つの成功体験をいろんな分野に広げていくと若い人たちも自分の能力を生かせる場があることに気づく。政権側もさまざまな非政府組織(NGO)など市民社会の側の専門家が国民に人気があるので取り込もうとしている。ただの人気取りが目的のこともあるが、本当に改革政策を行うためにいろいろな権限を与える場合も少なくない」
—独立前の全体主義的な社会からウクライナは根本的な体質改善に成功したということか。
「ロシアの場合は、何やっても駄目だ、どのみち弾圧されてしまうという諦めがあり、市民が立ち上がらなくなった。しかしウクライナの場合はやった分だけ結果になる。苦しいかもしれないけど最後には勝つことができるという希望につながっている。ニヒリズムを少しずつ克服できている」
▶次ページ ウクライナの成長とプーチン氏の誤算 に続く
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