今回は「哲学」の本を紹介します。日本の教育では、「お金」と「哲学」について学ぶ機会がまだまだ少ないと感じます。これには、「お金の流れが分かると、誰が既得権益を得ているかが分かってしまう」「哲学は、要は疑うことでもあるので、今の権力体制に疑問を持たれても困る」──という背景があったのではないかと思います。

 でも、今の常識を疑うことで、リスクを取る行動ができたり、社会を変えていけたりもするはずです。また、日々の仕事がマンネリ化しているときに、哲学的な視点から見直すと、ブレークスルーが起きることもあります。そのためか、経営者や起業家は哲学書を読んでいる人が多い印象です。

 ただ、哲学書はいきなり読むと難しく、とっつきにくいと感じる人も少なくないでしょう。哲学の本を手に取るときは、何かガイドがあったほうがいいと思います。そこで今回は、楽しみながら哲学について学べる本を、入門・古典・傑作のジャンルで8冊選びました。

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<入門>

1. 『新装版 ソフィーの世界』上・下 ヨースタイン・ゴルデル著、須田朗監修、池田香代子訳、NHK出版

 ある日、14歳のソフィーの元に見知らぬ人物から手紙が届きます。そこには「あなたは誰?」と書かれており、そこから「人間とは何か」「世界とは何か」といった疑問に対して、哲学のレッスンが始まります。哲学入門に最適な本です。

 この本は、ほんとうに、何回読んでも面白いんです。「あなたは誰?」の問いから始まり、それに対して古代ギリシャの哲学者、ソクラテス、プラトン、アリストテレスはどのように考えていたかが示されます。

 その後、デカルト、スピノザ、カント──と知の巨人たちの議論が紹介されるのですが、こんなにもストレスなく楽しんで読める哲学書は他にはなく、まずはこれさえ読めば間違いなし、という1冊です。

2. 『はじめて考えるときのように』野矢茂樹文、植田真絵、PHP研究所

 著者は、哲学者の野矢茂樹さん。「考えるって、どうすること?」といった哲学的な問いと画家・植田真さんの挿絵があり、楽しんで読める哲学絵本となっています。

 この本は、「考える」トレーニングになると同時に、ビジネスのヒントにもなります。例えば、何かを「考える」というのは、「それをただそれ自体で」ということはあり得ず、「何かと関係づけられている」と。コップであれば飲み物と関係づけることが習慣になっていて、「そこにない無数のものも込めて、それを見ている」ということになる。

 実は、この視点がビジネスパーソンにとって大事なのではと思います。ただのすてきなコップを思い浮かべるだけではなく、「そこにビールを注いだらどうか」と想像すると、ビジネスの種になるアイデアが広がっていくのです。商品開発のプロセスでストーリーが描けるようになるイメージです。今はAIの台頭に対して「問いを立てる力」の重要性が取り上げられていますが、その問いの立て方が分からない、という人にもおすすめの本です。

<古典>

3. 『知性について 他四篇』ショーペンハウエル著、細谷貞雄訳、岩波書店

 ショーペンハウエルは19世紀に活躍したドイツの哲学者で、ニーチェやフロイトにも影響を与えたという人物。「知性について」は、もともとは『付録と補遺』に収められていた一部ですが、この本には、他に4編が一緒に収録されています。「知的に生きるとはどういうことか」について考えさせられる1冊です。

 この本の最初に掲載されている「哲学とその方法について」は、かなり本格的な哲学書という感じで読むのに苦労するかもしれません。でも、「知性について」は、知的な生き方や人生について考える良いきっかけになると思います。

 それから、本格的に哲学をするためには「精神が本当の閑暇を持っていなくてはならない」──要するにヒマでなくてはいけない、精神が忙しいと哲学はできない、と説いています。「真の哲学は単なる抽象的な概念から編み出すことはできず、内外の観察と経験に基づかなければならないのである」も深い言葉ですね。慌ただしいなかでどっぷり漬かるのは難しいかもしれませんが、この本は、普段は思いも及ばないような思索のヒントについて教えてくれます。

4. 『マルクス・アウレリーウス 自省録』神谷美恵子訳、岩波書店

 マルクス・アウレーリウスは、ストア派の哲学者から皇帝になった「哲人皇帝」です。彼自身が、生き方について悩み、生き方について考えたことが日記のように書かれており、現代を生きる私たちにとっても生きる指針となります。代表的な古典哲学の本です。

 マルクス・アウレーリウスは戦場から戦場へと駆け回る間、野営のテントでこの自省録を書きとめたといわれています。自らを戒めるような言葉が並び、哲学書というよりは自己啓発書に近いかもしれません。

 「多くの知識を持ちながら、それをひけらかさぬこと」「めいめいの一生は短い。君の人生はもうほとんど終わりに近づいているのに、君は自己に対して尊敬を払わず、君の幸福を他人の魂の中に置くようなことをしている」など、現代にも通じる言葉が書かれています。困難や厳しい状況に直面したとき、自分を見失いそうになったとき、自分はどう生きたいのか。そのヒントを教えてくれる1冊。ぜひ読んでほしいと思います。

5. 『贈与論』 マルセル・モース著、吉田禎吾・江川純一訳、筑摩書房

 マルセル・モースは19~20世紀の社会学者であり、民族学者。インディアン社会の「ポトラッチ」、パプアニューギニアの「クラ」などの贈与の慣習を紹介し、贈与が人間社会にどんな心理的影響を与えているかを考察しています。

 難解ではありますが、読み応えがあります。モースは、贈与について次のように解説します。「ある人から何かを受け取ることは、その人の霊的な本質、魂を受け取ること」であり、「そのような物を保持し続けることは危険であり、死をもたらすかもしれない」と。また、「与えることを拒み、招待することを怠ることは、受け取ることを拒むのと同じように、戦いを宣言するのに等しい」とも書かれています。

 こうした贈与の原理を理解していないと、この多様性の時代に、異文化の人とうまく関係を築けないのではないかと考えさせられます。今だからこそ読んでおきたい古典の一つです。

6. 『ラッセル 幸福論』安藤貞雄訳、岩波書店

 アラン、ヒルティと並んで「三大幸福論」と呼ばれるラッセルの幸福論。3冊とも面白いですが、この本が一番、現代にふさわしいように思います。読むと「なぜ、人間が不幸になるのか」がよく分かります。

 この本は、知らず知らずのうちに私たちが陥っている「価値観のわな」から抜け出すきっかけをつくってくれます。例えば「人類の罪の少なくとも半分は、退屈を恐れることに起因している」という言葉や、「あなたが自分自身に寄せているほどの大きな興味を他の人も寄せてくれるものと期待してはならない」といった被害妄想への予防薬が紹介されています。

 不幸をもたらす原因から身をかわす方法を教えてくれるとともに、ラッセルの知恵と慧眼(けいがん)に感服する1冊です。

<傑作>

7. 『新釈 猫の妙術』佚斎樗山著、高橋有訳解説、草思社

 こちらは、江戸中期に書かれた剣術指南本。「ネズミ捕りの名人である古猫が教えを説く」のですが、生き方や戦い方、「勝つとはどういうことなのか」を深く考えさせられる本です。

 この本は、設定がややこしくて読みづらい部分もあるかもしれませんが、とにかく面白いんです。古猫が「強い弱いなどというのは、必ず移り変わる。自分だけがいつまでも強く、敵が皆弱いなどということがあるわけがない。(中略)どんなに強くとも、強さなどというのはその程度のものよ」「(前略)相手より強いかどうかは問題ではない。どれだけ道理に寄り添うかなのじゃ」といった教えを説くのですが、それが実に深いのです。

 先に紹介した『ソフィーの世界』に登場する歴史上の哲学者たちも「道理に寄り添う」ことに集中していたから、歴史に残る発見をしたり、人類に貢献したりしたのだと思います。ビジネスでは、常に勝ち負けを考えて行動しがちですが、「無敵の境地とは何か」について考えさせられます。

8. 『呪われた部分 有用性の限界』ジョルジュ・バタイユ著、中山元訳、筑摩書房

 フランスの思想家、ジョルジュ・バタイユが「有用性」を追求する資本主義の限界について論じた本です。どうやったら仕事で役に立てるか、お金がもうかるか──と、常に「有用性」が頭にある現代人にこそ、読んでほしい1冊です。

 「有用性」は、現代人にとって逃れられない呪いみたいなものかもしれません。しかし、バタイユは「人間が有用性の原則の前に屈するようになると、人間は結局は貧しくなる」と説きます。極端な話、人はいつか死にますから、死んだら有用性も無になりますよね。でも、バタイユはアステカの例を挙げ、「神々の生けにえとなった人々は神々を喜ばせたのだから、死んでも意味がある」と言うのです。「人間は、豊かに死ぬか、貧しく死ぬかのどちらかしか選べない」とも言っており、有用性に偏った生き方を見直すきっかけになります。

取材・文/三浦香代子 編集協力/山崎綾 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)