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Photo: shunli zhao / Getty Images

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フィナンシャル・タイムズ(英国)

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Text by Kana Inagaki and Leo Lewis

物価が上昇し、賃金も上がりはじめ、日本の個人投資家のあいだで金融市場に対する関心が高まりつつある現在、日本経済の“正常化”に期待が集まるが、実際のところはどうなのか。英「フィナンシャル・タイムズ」紙が、日本のエコノミストたちに話を聞いた。

国民総生産(GNP)の算出法を確立したことで知られ、1971年にノーベル経済学賞を受賞したサイモン・クズネッツはかつて、国の経済はおおまかに4つに分類されると言った。

「世界には4種類の国がある。先進国と途上国、そして日本とアルゼンチンだ」

1960年代以降の日本の目覚ましい高度成長は、クズネッツの目にはきわめて異例で、別個の類型として扱うべきものに見えた。だが1990年代後半以降、それとは別の意味で日本は世界でもまれな国となる。インフレ・金利・賃金上昇ともにほぼゼロ近辺で停滞を続け、ときにはマイナス化する場合さえあった。

だがいまは違う。日本銀行や日本政府の関係者は、「日本は歴史的な転換点にあり、やっと“正常な”経済に戻るかもしれない」と口をそろえる。企業はコスト上昇分を価格に上乗せし、労働者は物価上昇分に見合った賃上げを要求することができるようになるはずだ。岸田文雄首相は2024年3月28日夜の記者会見で、「われわれは、デフレから完全に脱却する千載一遇の歴史的チャンスを手にしています」と述べた。

「賃金が上がることが当たり前という前向きな意識を、社会全体に定着させていきます」

新型コロナウイルス感染症の流行とロシアのウクライナ侵攻の2つのショックを経た2022年春、日本国内の物価は上昇を始めた。2月の全国消費者物価指数(変動の大きい生鮮食品を除くコアCPI)は、前年同月比で2.8%上昇した。

物価上昇の影響は賃金と市場に表れた。2024年の春季労使交渉(春闘)では、日本企業の最大手が平均5.3%の賃上げで足並みをそろえた。1991年以降で最大の賃上げ率だ。

2月には、日経平均株価が34年前の1990年につけた最高値をついに超えた。翌3月、日銀は最大の論争の的となった政策実験であるマイナス金利を解除し、2007年以降、7年ぶりに借入金利が上昇した。

インフレ計測を専門とする東京大学経済学部教授の渡辺努は、2年におよぶ緩やかなインフレが継続したのち、「賃金上昇と物価上昇の好循環が現れはじめ、日銀は利上げに踏み切った」と話す。

「まだ完全ではないものの、日本は徐々に金融政策の正常化へ向かいつつあります」

日銀総裁の植田和男は3月、日銀は長短金利操作の終了に続き、「普通の金融政策」が実施可能になると明言した。「本来は日銀の存在など意識せずに暮らせるのがあるべき姿だと思います」と上田は日銀広報誌のインタビューで述べている。

「うまくいけばそうした状態に移れる過渡期だと思います」

だが、誰もがそう確信しているわけではない。エコノミストのあいだでは、永続的な物価上昇という考え方が日本社会になかなか浸透しない点を指摘する者、公的な経済データが実体経済をどれだけ正確に反映しているかを考察する者はいる。だが、長年の構造的課題(おもに人口動態と債務水準)が解消されたと論じる者はひとりもいない。

「日興アセットマネジメント」のチーフストラテジスト、フィンク直美は「実質賃金の上昇、家計の物価上昇吸収力、消費・貯蓄・投資の選択の変化など、“好循環”が今後も続くことを示すような重要指標はまだ見えない」と話す。

「課題は持ち越されています。現下の状況からは、日本経済がバランスのとれた成長軌道に回帰したというしるしは見当たりません」

デフレマインドが抜けない日本社会


日本の当局者は、この大いなる瞬間を祝福するムード一色ではない。むしろ、「今後は金融政策の正常化を急ぐべきではない」「欧米のような継続的な利上げ策に安易に頼るべきではない」と日銀に注文をつける声のほうが多い。
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