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「かまいたちの夜」30周年インタビュー(後編)。サウンドとグラフィックス双方に仕込まれた,巧みな恐怖演出
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印刷2024/04/27 10:00

企画記事

「かまいたちの夜」30周年インタビュー(後編)。サウンドとグラフィックス双方に仕込まれた,巧みな恐怖演出

 1994年11月25日に発売されたスーパーファミコン用ソフト「かまいたちの夜」の30周年に合わせたインタビュー企画の後編をお送りする。

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 前編ではディレクターの麻野一哉氏と,シナリオ担当でありながら演出面でもさまざまなアイデアを提案した我孫子武丸氏に,シナリオとゲームシステムについて語ってもらった。後編ではサウンドとグラフィックスの演出について,麻野氏に加え,サウンドを手がけた加藤恒太氏中嶋康二郎氏に話を聞いている。

 「かまいたちの夜」の根幹をなす我孫子氏によるテキストの魅力をさらに高めた工夫の数々と,そこに込められた意図が語られる,大変貴重な機会となったので,じっくりと読み進めてほしい。

 なお,前編と同様に,記事中には本作のネタバレにつながる記述もあるので,その点についてはあらかじめご了承いただきたい。

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加藤恒太氏
チュンソフト2年目に「かまいたちの夜」で作曲家デビューし,「街 〜運命の交差点〜」(1998年)などの音楽制作を経て独立。「たくまる」名義でアニメ主題歌の提供や,アイドル,VTuberなどのプロデュースを手がける。2024年3月には,変声期前の少年ボイスを使用した歌声合成ライブラリ「空詩音レミ」(そらしどれみ)」をリリースした
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中嶋康二郎氏
「かまいたちの夜」で初めてゲーム音楽の作曲を担当し,以降の同社サウンドノベルにもサウンド監修などで参加した。「忌火起草」(2007年)でディレクター,「真かまいたちの夜 11人目の訪問者」(2011年)で開発プロデューサーを務め,現在はゲーム作品以外にアニメ映像やVRコンテンツも手がける

今回,我孫子氏と加藤氏はオンラインインタビューとなったが,麻野氏と中嶋氏には当時の資料を確認してもらいながら話を聞いた
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 スーパーファミコン用ソフト「かまいたちの夜」の発売30周年を機に,その開発を振り返ってもらうインタビューを2回にわたってお届けする。前編では,ディレクターを務めた麻野一哉氏と,シナリオを手がけた我孫子武丸氏に,ゲームシステムとシナリオについて聞いた。

[2024/04/26 08:00]


音楽の方向性は「世にも奇妙な物語」?


 「弟切草」(1992年3月7日発売)に続くサウンドノベルシリーズ第2弾としてリリースされた「かまいたちの夜」。取扱説明書の冒頭には「音のついた小説を,テレビ画面を通して楽しむことができるソフトです」という一文があり,このことからも,サウンドノベルにとって「音」のプライオリティが高いことがうかがえる。

 シナリオを担当した我孫子氏も,音が付いた自身の小説を初めて体験したときには感動を覚えたそうだ。

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 「かまいたちの夜」のサウンド制作は,チュンソフトの若手クリエイターだった加藤氏と中嶋氏が作曲を手がけ,「弟切草」のコンポーザーだった三俣千代子氏がまとめ役(音楽開発)となる3人体制で進められた。

 加藤氏と中嶋氏はサウンドプログラマーの経験こそあったものの,ゲーム音楽の作曲は本作が初で,加藤氏は当時まだ19歳だったという。

 そんなサウンド制作は,我孫子氏執筆のシナリオが各スタッフに渡されるところから始まった。

加藤氏:
 最初は,「火曜サスペンス劇場」(当時放送されていた2時間テレビドラマ)のような雰囲気をイメージしていましたが,我孫子さんから届いたシナリオを読み進めていくうちに,普通にサスペンスっぽい音楽をつけても面白くないと思うようになったんです。

 そこで,蓜島邦明さんが「世にも奇妙な物語」でやったシンセサイザーサウンドを参考にしました。当時のゲームミュージックでは,オーケストラ系の音色(おんしょく)が主流で,シンセをメインにした音作りはあまりなかったと思います。もともと,僕自身がシンセオタクというのもあるんですけど(笑)。

中嶋氏:
 ディレクターの麻野さんからは「ここのシーンの曲を作って」といった細かい指示はなく,自由に作らせてもらえたと思います。実写を取り込んでいるのが特徴的な作品だったので,そのあたりを意識して,普通のスーパーファミコンソフトにはないような曲を作りたいと考えました。

 加藤君は作曲のペースが速くて,恐怖系のテーマやリズム主体の曲をバンバン作ってくるので,私はそれからちょっと外れるようなもの,例えばジャズとかプログレっぽいものも作りました。

 多少「弟切草」の雰囲気も残したほうがいいのかなとも思って,ストリングスも意識的に入れてみたり。そういったバランスを考えながら作っていました。

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厳しい制限の中でも,こだわりが込められた楽曲制作


 中嶋氏の話にあったように,ディレクターの麻野氏は,「こういう曲がほしい」といった細かい指示をほとんど出さなかったという。

麻野氏:
 当時のチュンソフトでは「かまいたちの夜」に限らず,細かい仕様書などはなくて,みんなが好きなように作るのが当たり前でしたから。
 ただ,「登場キャラクターそれぞれのテーマ」の作曲と,「曲のイントロを削る」ことはお願いしていました。曲が流れだした瞬間に感情を喚起するものを作ってほしいと。

 これはサウンドノベル全般で共通していることなのですが,イントロから展開を重ねていくような曲だと,テキストに合わせて使うのが難しくなるからです。

 作業が進むにつれて,加藤氏と中嶋氏の間では,次第に曲作りのすみ分けが行われていった。ゾッとするような怖いシーンに使われたものが多い加藤氏の楽曲は,シーンの緊迫感を強める低音(ベース)が特徴的だ。「シンセオタク」を自称する加藤氏は,このベースの音作りに特にこだわったという。

加藤氏:
 当時,スーパーファミコンタイトルのBGMでは,ローランドのSC-55という音源を使ってスラップベースやフィンガーベースを表現したものがすごく多かったんです。

 でも,それらとはちょっと違った音で勝負したいといろいろ試した結果,ヤマハのシンセ「DX7II」のプリセット「SUPER BASS」を編集・サンプリングしたもので「行ける!」と。

 そのベースの音色が際立つ曲には,第1の犠牲者が発見されるシーンの「悪夢」,次々に死者が増えていく真夜中に流れる「せまりくる恐怖」などがある。

 これらに加え,寂しげなオルゴールのシーケンスと重厚なベースの音色が重なっていく「ひとつの推理」は,本作のクライマックスである犯人当てシーンを盛り上げる名曲だ。

 後のシリーズ作品でも推理シーンでは必ず流れる曲であり,テレビの報道番組やワイドショーでも頻繁に使われるなど,作品を象徴するような一曲となっている。

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作曲者のイメージを超える,選曲の妙


 作曲時に細かいオーダーがなかったため,加藤氏と中嶋氏が仕上げた楽曲が実際にどのような場面やタイミングで使われるのかは,ディレクターである麻野氏が決めることとなった。
 怖いシーンに怖い雰囲気の曲を使うのはもちろんのことだが,作曲者のイメージとは異なる使われ方をするものも多く,そのギャップが大きな効果を生む場合もあった。

麻野氏:
 加藤君,中嶋君が作ってくれた曲を聴いて,僕が「このシーンに合うな」と思ったものを本当に好き放題使わせてもらった感じでした。サウンドトラックが出たときの曲名は,ほとんど中村社長(当時のチュンソフト社長である中村光一氏)が付けたので,作曲した本人のイメージからはかけ離れたものもあると思います。

中嶋氏:
 具体的にどのシーンのための曲,ということをあまり決めずに作っていたので,自分たちが意図していない使われ方をしている曲がほとんどだと思います。できあがった曲には仮タイトルをつけていましたが,その時点では「怖い曲」「ホラー」みたいなものばかりでした(笑)。

 麻野氏による選曲で個人的に印象的だったのは,ゲームを立ち上げて最初に聴くことになる2曲だ。ズーン……という静かで重たい響きが特徴的なオープニングテーマ「かまいたちの夜」に続き,ゲームスタート直後のプレイヤー名入力画面でもの悲しげに流れる「Introduction」。前者は中嶋氏,後者は加藤氏の手による本作の代表的ナンバーで,ここから始まる恐怖の一夜を予感させてくれる。

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 「かまいたちの夜」のサウンドトラックは廃盤となっているのだが,この2曲は,後に発売された「真かまいたちの夜 11人目の訪問者」のサウンドトラックにも収録されており,一部のサブスクリプションサービスなどでも購入や試聴が可能となっている。



麻野氏:
 「かまいたちの夜」は,とにかくあの重たい低音から始まる不吉な感じがシンボリックでいいなと思ったので,雪の上に血文字が入るタイトル画面に合わせて選びました。「Introduction」は,物語の舞台であるペンションと雪景色の画面を出すことが前提のシーンだったので,雪が降っているイメージに合う曲をと。

加藤氏:
 「Introduction」は,バッドエンディングで流れる「遠い日の幻影」と対になるイメージで作ったんです。「Introduction」が冒頭のシーンで使われたのは,麻野さんの判断によるもので偶然でしたが,「遠い日の幻影」はもともとバッドエンドを想定して作った曲です。

 加藤氏が「対になるイメージ」と語った「Introduction」と「遠い日の幻影」は,ともに降りしきる雪や恐怖をイメージさせるオルゴールの音色が特徴的で,それが「かまいたちの夜」サウンド全体の持ち味にもなっている。加藤氏は,オルゴールを選んだ理由を次のように語った。

加藤氏:
 生楽器の音を出すのが苦手なスーパーファミコンだからこその表現です。スーパーファミコンは,例えばピアノの音なんかを再現するのはめちゃくちゃ難しいんですよ。出せるものの中で,綺麗なのに怖いオルゴールの音色を選びました。

 ハードウェアの限界からくる問題を解決するため,さまざまな工夫を凝らすも,そのしわ寄せが別の部分に来ることもあったようだ。

加藤氏:
 スーパーファミコンの同時発音数は8音,つまり8トラックのイメージなんですが,そのうちメロディーに2トラック使っていたんです。1トラックで作るとブチブチ切れたように聴こえるので,交互に鳴らすというチュンソフト伝統のテクニックなんですが。

 ただ,それをやるとメロディー以外に使える音が減りますよね。さらに効果音も使いますから,とにかく「音数少なく綺麗に」するのが大変でした。

 「かまいたちの夜」における選曲の妙としては,大阪からやってきた小太りの中年社長・香山誠一のテーマ「わしが香山や!〜男の大往生〜」に関するものがある。

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 劇中でも明らかに異質な演歌調で,香山が登場するたびに朗らかなイントロが流れ,プレイヤーの笑いを誘う存在感抜群の一曲。作曲した加藤氏によると,香山のイメージを膨らませたら演歌にたどり着いたため,作品の雰囲気に合わないと判断されることを半ば承知で作ってみたら,そのまま採用されたという。

 没にせず採用した麻野氏の判断は大正解だったと感じるが,実はもう一人のコンポーザーである中嶋氏も香山のテーマ曲を提出しており,こちらでも麻野氏のセンスが生かされた。香山の曲はそのまま,別キャラクターである美樹本のテーマ(「遅れてきた客 美樹本」)として使われたのだ。三拍子でちょっとオシャレなミドルテンポのジャズナンバーだが,もともとは香山をイメージした曲だと知って驚くプレイヤーは多いだろう。

麻野氏:
 どっちも太めでちょっと力強い,ノシノシ歩いてくる男のイメージの曲でしたね。香山はギャグを担うキャラでもあるので,そのニュアンスがわかりやすいテーマにしたくて,もうイントロから完全に演歌!という方を選びました。



「耳にこびりつくような音」が想像力をかき立てる


 サウンドノベルにおいて,BGMと同じくらい大事なものが効果音だ。「かまいたちの夜」では,ガラスが割れる音,屋根から雪が落ちる音,足元で床がきしむ音,人の悲鳴,電話のベル,鳩時計など,あらゆる効果音が場面を強く印象づけ,時には推理をするうえでの大事なヒントにもなる。

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 開発作業では,外部の会社が制作した効果音を,チュンソフトのサウンドチーム3人がサンプリング,データ化し,ゲームで使える音に仕上げた。前述したように,スーパーファミコン向けのサウンド制作には厳しい制限があったが,効果音では特にファイルサイズが問題になったという。

加藤氏:
 特に大変だったのは吹雪の音ですね。そのままサンプリングするととんでもない容量を食うので,鳴らし方に工夫が必要なんです。あの吹雪の音は波形を2つしか使っていないんですが,その鳴らし方を変えたものを何種類か作って,できるだけ本物らしく不規則に聞こえるようにするのが大変でした。


「かまいたちの夜」を象徴する吹雪は,グラフィックスにもこだわりが感じられる。大量の雪が変則的に動き,ずっと見ていても飽きないものになっているが,これはプログラマーであった故・大森田不可止氏の手腕によるところが大きいのだという
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 そしてもう1つ,サウンドノベルならではの音の特徴として,「BGMと効果音の中間」とでも表現すべき音の存在に触れておきたい。
 「かまいたちの夜」の場合,「こんや,12じ,だれかがしぬ」と書かれたメッセージを発見したシーンで流れる“ゾォ〜ッ”という音や,人々が疑心暗鬼に陥るシーンでループする“ブゥーン……”というサウンドが印象的ではないかと思う。

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 それらはスタッフの間で「状況音楽」と呼ばれ,1つ1つに曲名こそないが,プレイヤーの心理を揺さぶるものとなっており,本作のサウンド演出では重要な位置にあった。メロディーとしての特徴がない状況音楽が強い印象を与える理由には,楽曲作りで加藤氏が心がけた点とも密接な関係があった。

加藤氏:
 音楽がいろいろなことを説明しすぎないように,と意識していました。1本のゲームの中で頭に残るメロディーって,1つか2つあれば十分だと思うので,あとはプレイヤー想像力をかき立てることを大事にして,メロディーよりも「耳にこびりつくような音色」を取るようにしていました。


間接と直接,双方のグラフィックス表現で怖さを演出


 「かまいたちの夜」のゲーム画面における最大の特徴といえば,実写取り込みの背景青い人物のシルエットを重ねるビジュアル表現だろう。

 サウンドノベル第1弾の「弟切草」は,背景がドットグラフィックスによるイラストのみとなっており,「かまいたちの夜」も当初は同じ手法が予定されていたが,プロデューサーである中村光一氏の判断により実写の取り込みを行うことに。スーパーファミコンの性能ゆえの粗めの解像度が,テキストの恐怖をさらに引き立てた。

開発スタッフが“モデル”になって資料写真を撮影することもあったそうだ
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 青いシルエットで表現された人物は,体格や髪型によってキャラクターごとにしっかり描き分けられているうえ,アニメーションもあり,プレイヤーの想像力をかき立てた。この表現手法は後のシリーズ作品でも使われ,「かまいたちの夜」のアイコンとなっている。

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 発売から30年が経った現在になってみれば,人物をシルエットのみにとどめ,あえて細部まで描かなかったことにより,グラフィックス性能の進化や服装の流行といったものの影響を受けず,古さを感じさせない効果が生まれたとも感じる。

麻野氏:
 「弟切草」では背景のみでしたが,「かまいたちの夜」では登場キャラクターが大幅に増えたから,人物も出そうという話になったんです。そんなときに我孫子さんが「じゃあ影で描写すればいい」と言ったんですよ。

 僕と我孫子さんは同い年なんですけど,小学生向け雑誌のちょっとしたミステリー特集なんかにあった,人物が影として描かれている挿絵のイメージがあったんだと思います。我孫子さんの意見を聞いた瞬間に,怪しいもの,不気味なものをシルエットで表現する最終形を思い浮かべることができました。

 これを受けて人物配置の絵コンテが準備され,背景に青いシルエットの人物が重なるゲーム画面が作られていった。
 アイデアを出した我孫子氏は,「名探偵コナン」の犯人の描き方のように,誰なのかまでは特定できないものを想像していたため,それぞれの人物を描き分けたシルエットに驚いたという。

 シルエットという間接的な表現を採用する一方で,猟奇的殺人事件を扱う本作では直接的なバイオレンス描写も取り入れられた。死体(の一部)や血痕といったものは特殊メイクなどを使った実写の取り込みとなっており,それらもプレイヤーに強い印象を残した。

麻野氏:
 CEROなどの規制がない時代なので,好き放題に作ってしまうことができましたが,最初の犠牲者のバラバラ死体がはっきり映るシーンは,さすがに「これはちょっとやめてほしい」と,あるところから物言いがついたんです。
 そのシーンは最終的に「一瞬だけカラーで見せて,すぐに白黒にする」という見せ方に変更しました。

 本作をプレイしていない人は,「バラバラ死体がはっきり映る」と聞いて驚くかもしれないが,正確に言えば,「室内に吹き込んだ雪に,血の付いた手首が埋もれている」といったものであり,生首が転がっているようなシーンではない。また,前述したように実写とはいっても粗い解像度のため,その分生々しさは弱まっている。個人的な所感にはなるが「決定的に目を覆いたくなるようなもの」を画面に映すことは極力避けられていると感じた。

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麻野氏:
 これは中村光一さんがよく言っていて,僕もすごく理解できたことなんですが,「怖い」と「不快」は違うんですよ。何でもかんでも血を出して,切断面を出して,プレイヤーを不快にさせても意味がない。そのあたりの線引きは感覚的で難しいですが,あまりグロテスクさを強調する方向にはいかないようにしたいと思っていました。

 ここまで紹介してきたように,本作では怖さの演出にさまざまな手法が使われたが,もう1つ,プレイヤーが気付きにくい仕掛けもあった。

麻野氏:
 あまりコストをかけずに怖くさせるため,プレイヤーが気づかない程度に画面をだんだん暗くするコマンドをプログラマーに作ってもらったんですよ。同じ背景の画面でも,シナリオの最後の方になるとだいぶ暗くなってる。

 この発想は「ドラゴンクエスト」のダンジョンで流れる音楽がヒントになったんです。階層を下りるごとに音程が下がっていく演出があったんですよね。それに近いことを画面の暗さでもできないかなと思って試した手法でした。


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「かまいたちの夜」には,すべてが入っている


 2回にわたって「かまいたちの夜」のクリエイターたちに話を聞いたが,これまで本作を何十周とプレイした筆者にも,多くの新たな発見があった。近年はゲーム実況動画で初見プレイヤーの反応を見るのが楽しみになっているが,今回の取材で開発チームのさまざまな狙いを知ったことから,その楽しみもさらに増したと思う。

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 この記事で興味を持った人はぜひ自身の手でプレイしてほしいが,今回紹介した「かまいたちの夜」第1作は,PCや現行の家庭用ゲーム機向けにはリリースされていない。PS3やPS Vitaでは,リメイク版にあたる「かまいたちの夜 特別篇」をゲームアーカイブスでプレイできるが,ともに10年以上前のハードウェアであることから,新規にプレイできる人はかなり限られそうだ。

 筆者としては,スーパーファミコン音源特有の,やや籠もって聴こえるサウンド,低解像度ゆえの味わいがあるグラフィックスやフォントなどがトータルでもたらす怖さ,当企画の前編で紹介した一部サブシナリオにおける隠し演出の特性といったところに大きな魅力を感じているので,ぜひオリジナルであるスーパーファミコン版の現行機向けリリースを期待したいところだ。

 さらに欲を言えば,「かまいたちの夜2 監獄島のわらべ唄」「かまいたちの夜×3 三日月島事件の真相」というPS2時代の続編も合わせて,シリーズをまとめて遊べるものが出てくれたら……そんなことを願わずにいられない。

 1998年に発売された「かまいたちの夜 特別篇」の取扱説明書には,「原作者よりプレイヤーの皆様へ」と題された我孫子氏のメッセージがある。

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 我孫子氏は,「コンピュータゲームの寿命は短く,わずか数年前のゲームのほとんどが,グラフィックやサウンドの貧弱さもあってプレイするに耐えられないものとなってしまう」という,ハードウェアの進化によって生まれる問題を指摘。一方で「小説の世界では,十年前,二十年前はもちろん,数百年前のものさえいまだに読み継がれ,多くの人に楽しまれている」という,対照的な事実にも触れている。

 そのうえで,サウンドノベルを繰り返し上映される名作映画になぞらえて「映画に近い寿命を持っているのではないか」としている。

 このメッセージから25年あまりが経過したが,「かまいたちの夜」の魅力は今なお色あせることがない。YouTubeなどアップされている実況プレイ動画を見ても,発売当時には生まれていなかったと思われる人たちからのコメントも寄せられている。まさに名作映画のような楽しまれ方をしていると言えないだろうか。

 我孫子氏は,「かまいたちの夜」後に発売されたノベルゲームを見ていく中で「アドベンチャーゲームとミステリーは一見相性がいいように思えるが,実際は非常に難しいのではないか」と感じるようになったという。

 「かまいたちの夜」はシンプルなゲーム性ながら,我孫子氏によって巧妙に作り込まれたテキストや,麻野氏がこだわった「犯人の当てさせ方」の工夫により,選択肢の総当たりをはじめとした「テキストアドベンチャーが抱える構造的な問題」を解決した。そういった部分は,ゲームとしての様式を真似ただけでは実現できないものだろう,
 そこに加藤氏や中嶋氏が手がけた楽曲や効果音,状況音楽と,さまざまな演出のアイデアが加わったことが,今もなお「かまいたちの夜」の存在を際立たせているのかもしれない。

 今回インタビューに参加していただいた4人のクリエイターに,改めて「かまいたちの夜」が自身にとってどんな作品だったかを語ってもらったので,それを本稿の締めとしたい。

加藤氏:
 「かまいたちの夜」がなかったら今の自分はいないので,自分の原点を作ってくれた作品ですね。作っている当時は,それこそ文化祭のお化け屋敷のような感覚で「どうやったら驚いてもらえるかな」とばかり考えていて,本当に楽しく遊ばせてもらった,思い出の作品になりました。

中嶋氏:
 私はこの作品以後に作曲を手がける機会はほぼなかったんですけれど,今なお,このゲームをプレイされた方から「これを聴いてゲームの作曲を志しました」という話を聞くことがあって。ホンマかいな? と思ってしまうんですが(笑)。
 音楽だけでなく,いろいろな魅力が詰まったゲームとして,そんなふうに人に影響を与えた作品に関われたのは素敵なことで,感謝しています。

麻野氏:
 やっぱり出世作,ということになるのかなと。僕がいちスタッフとして関わったゲームタイトルで世間的に一番有名なのは「ドラゴンクエスト」ですが,メインで参加したものとしては「かまいたちの夜」になりますよね。「どんなゲームを作ってるんですか?」と聞かれたときにも,やっぱりこのタイトルを挙げると思います。

我孫子氏:
 あの当時やりたかったことを,全部やった作品だと改めて思います。小説では『処女作には作家のすべてが詰まっている』とよく言われるのですが,最初の作品を作っているときは,次の機会があるかも分からずに全力でやっているんですよ。

 だから僕も,初めてサウンドノベルを書くに当たっては,ミステリーだけではなく,やりたいことを全部入れて,幅広いものにしたいと思っていました。そのすべてが「かまいたちの夜」にあるんです。
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