僕は食品会社に勤める営業部長だ。まだ給食営業の仕事も続けている。昨年12月頭に、得意先の紹介でとある静岡県のメーカーE社の社員食堂の案件が飛び込んできた。E社は現在委託している給食会社が一年間で三回も値上げを打診してきたのをきっかけに交渉が決裂、4月から運営してくれる会社を探しているという。取引先の手前、絶対にしくじってはいけない案件だった。E社の担当者との初めての面談で3社に声がけしたと伝えられた。僕は、70食程度の小さい社員食堂とはいっても年末年始が入るので時間がないこと、提案や試食等の選定を急ピッチで進める必要があること、取引確認や調査は先行して勧めてほしいことを依頼した。
で、順調に企画提案とプレゼンをクリアして最終候補の1社に残り、試食会を実施する段階になった。担当者は「最終確認です」と言った。担当者からは6名参加と告げられた。「飾ることなく普通に社員食堂で提供される内容の食事」を依頼された。依頼に応じて、交渉してクライアントの協力を得て現在受託している社員食堂で実施することになった。その社員食堂で実際に提供している食事を試食してもらうのだ。担当者から「これで公正な評価ができます」と感謝された。当日の朝に担当者から連絡があり、参加メンバーの一人が体調を崩し、もう一人が別件で参加できなくなったため4名参加になったことを告げられ、加えて、肉と魚が食べられない人間のために特別に主菜を新たに作るよう依頼された。普通に社員食堂で提供される食事内容はどこへ?と思いつつ対応を約束した。
試食会場には担当者をいれて3名が現れた。もう1名はどうしたのか、と訊ねると、担当者は私のカウントミスでしたと謝罪した。この人はもしかしてポンコツなのでは?と僕のなかで不安がむくむくと血が流れ込む海綿体のように膨らんでいった。担当者が追い打ちをかけるように、その1名が実は肉と魚が食べられない人間でして…などと、特別に用意した食事が無駄になったとき、こいつマジでポンコツなのでは?と不安の海綿体がパンパンに膨れ上がった。試食会は大好評に終わった。担当者は結果は速やかにご連絡します、特に問題はないと思いますと言って会場を後にした。
数日後、担当者から連絡があり、最終確認の意味を込めて同様の方法での試食会を依頼された。前回の試食会が最終確認だったのでは?という僕の質問に、担当者は「最終確認の試食会のための最終確認でした」とワンダーなロジックをキメてくれた。マジでポンコツなのでは?大丈夫なのか?いいようのない不安に襲われた。セカンド試食会は、最終確認(笑)なので参加者は10名と連絡を受けた。前回の反省を踏まえて肉と魚がダメな人用の主菜も用意した。セカンド試食会当日の午前中に担当者から連絡。また一人減るのかと覚悟していたら、急遽参加メンバーを1名追加という内容だった。オッケー、オッケー、11名ですね、大丈夫ですよ。ポンコツもオッケーっす。余裕をかまして待っていると、あらわれたのは担当者含めて7名。10名足す1名は11名だと昭和50年代に算数の授業でならったはず。もしかして2000年代の算数の教育方法が変更になって10名足す1名は7名になったのかもしれないよね。あっはっは。担当者は、出張していた、営業先から戻れなかった、などとワンダーな理由を述べていたが、ポンコツぶりに心が汚染されそうだったので、「問題ないですよ。さあ始めましょう」と親指を立てて終わらせた。4名は異次元の谷に落ちて消えたと割り切ったのだ。だってオラ、ベテラン営業マンだもの。
結果からいうと試食会は大成功だった。参加した役員クラスも「問題ない。このまま進めて」と担当者にゴーサインをその場で出していた。会場を去っていく際に今後の流れを確認すると担当者は「今回の試食会が最終確認です。社内の手続きはすべて終わっているので遅くても1週間以内にいい報告を差し上げられます。おそらくもっと早く連絡できます」と言った。ポンコツ撤回。デキるじゃないかキミ。で、1週間経っても連絡は来なかった。むくむくと膨れ上がるポンコツ不安。連絡を入れると「実は、御社の経営状況をとあるデータバンク的な調査会社をつかって調査したところ、経営状況がよろしくないと財務担当からストップがかかりまして」と担当者は言った。最初に取引確認調査をすすめておくように言いましたよね、先日もすべて手続きは完了していて形だけの最終確認です、と仰ってましたよね、と訊ねると担当者は「ぜんぶ忘れていました。でもご安心ください。私が責任をもって説明して話を通しますから」と言った。ポンコツなあなたのどこを見て安心できるというのだろうか。あなたのいう最終確認は何を意味していたのだろうか。都度、ウチとの契約は大丈夫ですかと確認したときの問題ありません回答はなんだったのか。
一時間後、担当者から℡。「ダメでした。社内規定なので交渉はここまでとさせてください」と謎のビジネスライクな態度を打ち出し、伝えることだけを伝えてあっさりと通話を切った。人数を数えられないポンコツなのに。僕が上司にどう説明しているか苦悩しているとポンコツマンから連絡があり「今の会社との解約手続きを終えてしまって4月からの社員食堂の運営が行き詰まります」。なるほど、そこで今回は特例として契約するという話なのだな、やるなポンコツと感心していると「経営状況の悪い貴社とは取引できませんので、経営状況の良好な給食会社を紹介してく」と言い出したので途中で通話を打ち切った。ポンコツすぎる。契約しなくてよかった。
会社上層部に結果を報告した。先方の担当者の仕事の進め方が雑であること、当社の経営状況が悪いという調査結果を先方の財務担当が指摘して取引できないという結論にいたったこと。経営状況が悪いのは、会社上層部がはじめた新規事業が絶不調だったからである。なんと売上が想定の50分の1。速攻で撤退になった。これが失注の原因だ。しかし上層部はウルトラポンコツで「ウチの経営状況が悪いというのは本音で、建前は別にあるんじゃないか」などと言った。バカだから本音と建前が逆になっているが、超訳すると、「他に主原因がある。我々はスケープゴートだ」であった。いや、調査結果が悪かったのは明らかだから…。「キミは自分の責任を担当者と上司にかぶせている」と言われた。何を言っても無駄だった。デスクに戻ってくると監査室に依頼していたE社の調査報告が届いていた。シュレッダーにかける前に内容を確認したら、E社の経営状況は債務超過でウチよりも悪かったのである。おまゆうであった。(所要時間40分)