東京 墨田区の社会福祉法人「賛育会」は、いわゆる「赤ちゃんポスト」を区内にある「賛育会病院」に年度内に設置する方針を明らかにしていて、31日都内で会見を開き、午後1時から運用を始めると発表しました。
賛育会によりますと、赤ちゃんを預ける場所として24時間出入りが可能な入院棟の1階に専用の部屋が設けられ、「ベビーバスケット」という名前で、ベッドなどが置かれています。
対象は生後4週間以内の新生児で、病院は赤ちゃんを保護したあと一定期間預かり、その後は、児童相談所が中心となって乳児院や里親につなぐということです。
こうした取り組みは、医療機関としては2007年に開始した熊本市の慈恵病院に続いて全国で2例目です。
また、「賛育会」は妊婦が医療機関以外に身元を明かさずに出産する「内密出産」の事業も同時に開始するとしていて、これも慈恵病院に続いて全国で2例目となります。
「賛育会病院」は、産科や小児科などがあり、東京都の地域周産期母子医療センターにも指定されています。
「賛育会病院」の賀藤均院長は「赤ちゃんの遺棄や虐待死など痛ましい事件が後を絶ちません。こうした事態を回避するための緊急で、かつ、最終的な手段であると認識しています。行政機関や民間の関係団体と連携してこのプロジェクトを必要としない社会を目指して、職員一同しっかり取り組んでいきたい」と話していました。
「赤ちゃんポスト」東京 墨田区の社会福祉法人が運用開始
親が育てられない子どもを匿名で預かる、いわゆる「赤ちゃんポスト」の運用を東京 墨田区の社会福祉法人が31日から始めました。また、妊婦が医療機関以外に身元を明かさずに出産する「内密出産」も同時に開始し、いずれも、熊本市の病院に続いて全国で2例目となります。
「ベビーバスケット」とは
賛育会が赤ちゃんを預ける場所として設置した「いのちのバスケット」、通称「ベビーバスケット」は24時間出入りが可能な賛育会病院の入院棟1階に設けられています。
ベビーバスケットに近い出入り口の近くには、場所を知らせるための緑のランプが常時、点灯しています。
入院棟には緑の扉が目印のベビーバスケットの専用の部屋が設けられ、中に人が入ると看護師などに知らせる仕組みです。
部屋の中には赤ちゃんのためのベッドが置かれています。
病院は、親と接触できた場合は、本人の意向や希望を踏まえたうえで、可能であれば、本人や赤ちゃんにまつわる情報などを聞き取りたいとしています。
賛育会はこうしたベビーバスケットの仕様を病院のホームページで公開しています。
新たに「内密出産」も開始
賛育会は「赤ちゃんポスト」の取り組みとともに、新たに「内密出産」も開始します。
内密出産は、予期せぬ妊娠などで子どもを育てることが難しい女性が医療機関以外に身元を明かさずに出産する方法です。
医師や助産師が立ち会わない危険な出産を避けることが目的で、国内では唯一、熊本市の慈恵病院で行われてきました。
賛育会は、この内密出産を同時に始めることで、母親が安全に出産するための新たな選択肢となり「赤ちゃんポスト」の役割も最小化できるとしています。
一方、国内では内密出産に関する法律はありません。
法務省と厚生労働省は3年前にガイドラインを策定していて、この中では、説得してもなお内密出産を希望する場合は、身元を明かさず出産できるとして市区町村長が子どもの戸籍を作成することや、母親に関する情報は医療機関が長期間保管し、子どもが知りたいと希望したときに備え、母親の同意を得て開示の方法や時期について児童相談所と共有するとしています。
ただ、ガイドラインでは身元を明かして出産することが原則で、内密出産を推奨するものではないとしています。
一方、「内密出産」をめぐっては、法制化を求める声があり、国の今後の対応が注目されています。
なぜ今 東京で?
なぜ今、こうした取り組みが都内で始まったのか。
賛育会はプロジェクトを開始する背景について、予期せぬ妊娠や医療者の立ち会いがない「孤立出産」に加えて、生まれたばかりの赤ちゃんを遺棄する事件などが後を絶たない現状があるとしています。
こども家庭庁によりますと、生まれて1か月未満で殺害や遺棄などをされた赤ちゃんは2022年度で15人で、それまでの20年であわせて228人にのぼり、このうち出産した場所は、不明なケースを除いておよそ8割が自宅など医療機関以外の場所だということです。
賛育会病院のおととし1年間の分べん数は674件で、このうち11%(80人)は若くして妊娠したり生活に困難を抱えたりして出産前からサポートが必要な特定妊婦だったということです。
賛育会では今回の取り組みを「赤ちゃんのいのちを守るプロジェクト」と名付け、いわゆる「赤ちゃんポスト」や「内密出産」のほかに去年7月から先行して匿名で妊娠などの相談に応じる電話相談を始めました。
病院によりますと、これまでにおよそ60件の相談が寄せられ、「避妊に失敗してしまいどうしていいのかわからない」とか「妊娠したが誰にも相談できない」など1人で悩んでいるケースが多く見られたということです。
病院では妊娠や出産について不安があれば、まずは相談をしてほしいとしています。
預けられた子どものその後は
「赤ちゃんポスト」に預けられた子どもはその後、どうなるのか。
賛育会によりますと、まず、子どもを保護したあとは、医師が健康状態を確認し、必要な医療措置を行います。
そのあと、病院のある墨田区を管轄する東京都の江東児童相談所が中心となって、乳児院や里親などにつなぎ、養育が受けられるように対応がとられます。
また、子どもの名前については、その情報がなかった場合、病院の所在地である墨田区の区長が名付けを行うとともに、区が戸籍を作成するということです。
一方、いわゆる「赤ちゃんポスト」や「内密出産」をめぐり議論になるのが、子どもの「出自を知る権利」の問題です。
「赤ちゃんポスト」の最大の特徴とも言える子どもを匿名で預けられる「匿名性」は、子どもの出自を知る権利に反するという指摘もあります。
生まれた子どもがみずからのルーツを知りたいと望んだときにどう向き合うのか、課題は山積しています。
賛育会は出自を知る権利は重要だとしたうえで、赤ちゃんを預けに来た親と接触できた場合、親の意向や希望を確認しながら可能であれば、子どもや保護者に関する情報の提供を依頼したいとしています。
熊本の「赤ちゃんポスト」運用状況は
熊本市の慈恵病院は、赤ちゃんの遺棄や殺害を防ごうと熊本市の設置許可を得て、2007年5月に国内で初めて親が育てられない子どもを匿名で預かる「こうのとりのゆりかご」、いわゆる「赤ちゃんポスト」の運用を始めました。
病院や市によりますと、18年前の運用開始から去年3月末までに179人の子どもが預けられましたが、このうち預け入れた人が関東地方在住とわかったのは29人でした。
年齢別では、生後1か月未満の新生児が147人と8割以上で、このうち生後7日未満が100人でした。
このほか、生後1年未満の乳児が21人、就学前の幼児が11人でした。
出産の場所は「自宅」が90人と半数以上を占めていて、熊本市の専門部会が3年ごとにまとめている報告書では、「経済的な理由による未受診」や「家族に相談できずに出産を迎えている事例が多い」としています。
こうした状況を踏まえて慈恵病院では2021年12月から病院だけに身元を明かして出産する「内密出産」を導入しきょうまでに47人の赤ちゃんが生まれています。
ただ「赤ちゃんポスト」や内密出産をめぐっては親の匿名性を守る一方で、子ども自身が、みずからのルーツにあたる「出自」を知る権利がどこまで保障されるのかが課題となっています。
病院側と熊本市が共同でつくった検討会は、子どものルーツの管理や開示などの方法のありかたを示した報告書を今月とりまとめましたが、現在の法令では対処できない問題が多いとして、新たな法整備が必要だと指摘しています。
専門家「社会全体で広く考えるきっかけに」
子どもの家庭福祉が専門で、熊本市の「こうのとりのゆりかご」の検証に携わってきた関西大学の山縣文治教授は「人口密集地の東京では事業の利用者が熊本の慈恵病院に比べて増える可能性があり、病院や職員にとって大きな負担になったり、子どもに関わる個人情報を誰が預かるのかなどの課題が顕在化したりすることが予想される」と指摘しています。
そのうえで、「事業については賛否両方の意見が寄せられるだろうが、待ったなしで子どもたちを守らなければいけない状況下で過去にさかのぼって母親を批判するのではなく、子どもの育つ環境をどう確保していくのか、個人情報をどう残して管理していくのか、社会全体で広く考えるきっかけになってほしい」と話していました。
さらに、「民間事業ではあるものの、子どもの養育など、行政との連携が不可欠な部分もある。熊本と東京での2つの取り組みをモデルにしながら、自治体や国がどのように関わるべきか、制度化の議論を進める段階にきているのではないか」と話していました。
東京都の対応は
東京都によりますと、今回の賛育会の事業について昨年度から都や区、それに病院の担当者の三者で連携について話し合いを進めてきました。
都は今後、学識経験者で作る検証部会を設けることを明らかにしたうえで、3月末、病院に対して留意点をまとめた文書を提出したということです。
その中では、出自を知る権利を保障するため個人情報を適切に管理することや、都の検証部会に協力することなどを病院側に求めたということです。
病院も今後、弁護士などで作る第三者委員会を設けて事業を検証することにしています。
都は「事業は、法律に定めがない法人独自の取り組みではあるが子どもの最善の利益を優先し区と連携して対応していく」としています。