2025年5月27日
圧縮解凍ソフト「Explzh for Windows」開発者
鬼束 裕之(pon software)
フリーランスエンジニア。1996年に圧縮解凍ソフト「Explzh for Windows」を公開し、同年シェアウェア化。以来、29年間にわたってメンテナンス・保守を行う。2007年からは、個人での非商用利用に限ってはフリーウェアとして提供している。解凍に特化したフリーソフト「Archive Decoder」も公開している。
「Explzh for Windows」公式サイト
1996年から提供されている、「Explzh for Windows」(以下Explzh)という個人開発の圧縮解凍ソフトウェアがあります。
正式には「Explzh(エクスプローラエルゼットエッチ)」と読むこのソフトのGUIや操作性は、「Windows 7」ごろまでのWindows標準エクスプローラーのようなシンプルなもの。一方で、zip、rar、tar、7zなど様々な形式への対応や、パスワードマネージャによる暗号化書庫の一括管理、macOS上で作成された書庫をWindows上で解凍する時に起きる文字化けの対策、さらには設定したサイトに書庫をアップロードできるFTP接続までを備えた、多機能性を特徴としています。
そんなExplzhは、公開初期から有償のシェアウェアとして提供されてきました。2007年には「個人で非商用利用」の場合に限り、フリーウェアとして無料で使えるようになっています。その後、2025年に入っても精力的な更新が続き、5月17日のアップデートでは、パスワードマネージャ機能をWindowsの生体認証機能「Windows Hello」に対応させるとの機能追加がなされています。
一体、どんなモチベーションで29年間、開発を続けてきたのか。そう聞くと、開発者の鬼束裕之さんは、「使ってくださるユーザさんがいる限りは、 自分が死ぬまで開発を続けてしまおう。そんな気概で取り組んできました」と語ります。そこには、困難に見舞われようとも、決して折れない不屈の開発姿勢がありました。
――本日はよろしくお願いいたします。Explzhにかける思いや開発の経緯について、お話を聞きたいと考えています。
鬼束:よろしくお願いします。
取材にあたり、最初にお伝えしたいことがあります。実をいうと、私は4年前に「脳膿瘍(のうのうよう)」という病気により大きな手術を受け、右半身麻痺と、言語障害の後遺症が残っております。なので、毎日リハビリに全力で励んでいるところですが、お話の中に聞き取りづらい部分があるかもしれません。
――なんと…。大変な状況のなか、お引き受けいただき恐れ入ります。そのような中でも、ソフトウェア開発は続けているのですね。
鬼束:まあ「やると決めたことは、途中で投げ出しちゃダメ」というのが私の信念ですし、やはりソフトウェア開発は好きですしね。頭を働かせながら指先を動かすといった点でリハビリに最適というのもあり、現在でもExplzhの開発を続けているのです。
こうしてお話するのもリハビリの良い機会となりますので、なんでもご質問ください。
――まず、Explzhの開発に至るまでの経緯をお教えください。
鬼束:きっかけは、高校の卒業後にまで遡ります。勉強が好きでなく、特にやりたいこともなかった私は、機械いじりをして過ごしていました。元々工作や機械に触ることが好きだったので、周りの人たちからの依頼を散発的に受けて、有償で電子工作をし、日銭を稼いで暮らしていたんですよ。その流れでクロスアセンブラに触れたのをきっかけに、プログラミングの面白さにのめり込んでいくようになったのです。
そんな日々を過ごしつつも、30歳を過ぎてくると、「人としてもう少しちゃんとしないといけない。社会や、他人のために何かをしたい」という思いが強くなっていきました。
何をしたらいいかはわからなかったけれど、プログラミングの技術だけは持っていた。なので、これを生かし、「どんなものでもいいから、何か人の役に立つものを本気でつくってみたい」と考えました。
そう思っていた中、たまたま目についたのが「圧縮・解凍」という分野でした。
当時の「WinZip」(※1)や「Lhasa」(※2)といった圧縮解凍ソフトを見て「ファイルを小さくしたり、元に戻したり、器用なことをするなあ」と興味を持ちました。同時に、ふと「自分にも、便利な圧縮解凍ツールをつくれるんじゃないか? やってみよう」と思ったのです。
まずはlzh形式のみに対応し、「圧縮ファイルの解凍後にエクスプローラを開く」という機能だけを備えたシンプルなソフトとして、Explzhを1996年に公開しました。
(※1)WinZip:1991年から提供されている、圧縮解凍ソフト。現在もシェアウェアとして更新が続いている。
(※2)Lhasa:こちらはフリーの圧縮解凍ソフト。1990~2000年代にかけ人気を集めた。2010年を最後にアップデートは止まっている。
――そうした背景で開発したのですね。
鬼束:はい。なので元々、「これでひと儲けをしよう」という気持ちはなかった。
しかし現実問題、定職についていなかった私は実家のご飯を食べて生きている身でもあったので、「家にお金を入れなきゃ…」という焦りも抱えていました。
そのため、公開して間もなく、Explzhをシェアウェア化(※3)しました。幸い、その時使っていた「UNLHA32.DLL」という、LZH形式の圧縮解凍用ライブラリの作者(Micco氏)に事前相談したところ、「有料化しても問題ないですよ」との許可もいただけました。
最初は、「月2~3万円ほど利益が生まれればいい方かな」と考えていました。しかし翌年、1997年に入るころには、まだ圧縮解凍ソフトの種類が少なかったというのもあってか、Explzhの認知度がかなり広がっていたんですよ。次第に、予想外にも多くの方に使っていただけるようになり、ありがたいことに、安定した収益も発生するようになっていました。一時は、10万人近くのユーザーがいたと記憶しています。
自分にとって、ここまで多くの方に喜んでもらえるソフトをつくれたというのは本当に嬉しいこと。次第に「よし、絶対に途中で投げ出したりせず、開発をし続けよう」との信念が自分の中で固まっていきました。
またその後、「より多くの人にこのソフトを届けたい」との想いも強くなり、2007年には個人での非商用利用については無償で提供するという形に移行しています。
(※3)当時は1ライセンスあたり1000円(税込)。現在は、1100円(税込、個人の非商用利用の場合は無料)。
――そんなExplzhの設計思想についてお聞かせください。何か、明確なコンセプトがあるのでしょうか。
鬼束:自分としては、いい意味で「意表を突く」というのをコンセプトに据えています。「え、こんなことまでできるの?」「こんな便利な解決方法があったのか」と、ユーザーに驚きと喜びを与えるような機能やアイデアを意識しています。
なので、他の各種書庫形式への対応はもちろん、macOSで作成された書庫の解凍時の文字化け対策や、FTPクライアント、Officeで作成された文書のファイルサイズを小さくする機能など、その時々で「これもあったら便利そうだ」と感じた機能を次々に取り入れて拡張してきた、というのが率直なところです。
ただ、かつてのWindowsのエクスプローラーのようなシンプルな画面を踏襲しつつ、ショートカットキーを含めたキーボード操作によってファイル操作に関する多くを効率的にこなせるUIは今まで一貫させているつもりです。
もちろん、本家Windowsの標準エクスプローラー自体は、「8」ではリボン(※4)を導入したり「11」では新しいコマンドバーを搭載したりと、デザインや操作感が大きな変遷をたどっているかと思います。ただ、私自身としては、「ファイルの管理」というコンピュータ操作の基本的な領域にあたる部分については、あまりUIデザインを頻繁に変えない一貫性を持つことが大事だと考え、Explzhではなるべく同じようなUIを維持するようにしています。
こうした、キーボード中心によるシンプルなファイル操作という志向の点では、個人的には、かつて人気を誇ったファイラーソフト「FILMTN」や「FD」(※5)に親近感を抱いています。
(※4)リボン:マイクロソフトが開発したGUIのコンポーネント。画面上部の帯状の領域に、関連するコマンドがアイコンなどでまとめられている。
(※5)「FILMTN」「FD」:いずれも、MS-DOS時代に人気を博したファイラーソフト。主にキーボードによって、ファイル操作を行う。
――先ほど話していた「開発を投げ出さない」との決意が、現在まで一貫しているのですね。その後、大病を経て、現在もリハビリを兼ねて、Explzhの開発を続けているとのお話でした。可能なら、その経緯について聞いてもよいでしょうか。
鬼束:4年前、本当に突然「脳膿瘍」を左脳に発症し、すぐに手術を受けました。命に関わる手術でしたが、そんなことよりも「場合によっては、Explzhの開発を休止しないといけないかもな」という不安の方が大きかったのを覚えています。
幸い、無事に命は助かりました。しかし1、2週間も入院していると、自分の前にコンピュータがない状態に耐えられなくなり…。医師に「リハビリにもいいだろうから、プログラミングをやらせてほしい」と頼み込んで、家族にPCを持ってきてもらったんです。
そして、愕然としました。後遺症により、2桁の四則演算すらまともにできなくなっていたからです。
――かなり厳しい状態だったことが伝わります…。
鬼束:「もう、開発を続けられないかも」と頭によぎりましたよ。でも、悩んでいても仕方がないと考え、無心でPCに向き合い、プログラミングに挑戦し続けました。すると段々、簡単な計算ぐらいならこなせるように回復していったんですね。
現在も右手は思うように動かせませんし、日常生活の会話時には、簡単な単語が頭に浮かばず、言葉に詰まったりします。でも不思議なもので、キーボードに向かうと、何をするべきかがなんとなくわかり、以前のように「Visual C++」でコードを書いて、ビルドを通すことができるんですよ。
医師によると、好きなことに没頭していると、後遺症の症状が出にくくなることがあるのだそうです。一時はどうなることかと思いましたが、「一命を取りとめて、開発を続けるチャンスを得たのだから、これはもう、自分が死ぬ時まで開発をやり続けてしまおう!」とさらにモチベーションは強くなりました。
――では、今後のExplzhの目標についてお聞かせください。
鬼束:実をいうと、ちょうど今現在は、「いったん目指すべきところはやりきった」という感覚があります。具体的にいえば、最近、zip書庫のヘッダ情報の厳密チェック機能を実装しました。ダウンロード時などに破損し、データ後方の一部がわずかに欠損しているzipファイルでも、一定の精度で素早く修復・展開できるという機能なのですが、これまで手がけてきた他の各種機能も相まって「zip形式書庫の扱いと処理に関しては、なかなかのソフトになったのでは?」との自負があるのです。
…とはいえ、この「やりきった」という感覚は、過去30年近くの開発人生で何度も経験してきたことでもあります(笑)。「よし、あの機能を実装できた。もうやることはないな」と思っても、しばらくするとまた新しい課題や改善したい点が見つかって、再び実装に取り組む。その繰り返しですね。
ですから、今は具体的な次の目標がなくても、またすぐに見つかるだろうと思っています。何より、開発をしていて私が一番うれしいのは、やはりユーザーの皆さんから「これ、便利だね」と言ってもらえる瞬間です。その一言を聞くためにも、リハビリのためにも、そして「投げ出さない」という信念を全うするためにも、これからもExplzhの開発を続けていきます。
取材・執筆・編集:田村 今人
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