
経験者として採用も「ミス連発」わずか10日でクビに “試用期間中”でも裁判所が「解雇は適法」と判断した理由

「経験者だから採用したのに」
「基本的なことすらできないじゃないか」
「何度同じミスを繰り返すんだ...」
「このままではケガ人が出てしまう」
として、会社がAさんを解雇した。Aさんの実働日数は、わずか10日だった。
試用期間中の解雇がOKになるケースは少ないが、Aさんの解雇について、裁判所は「適法」だと判断した。(東京地裁 R6.9.18)
なぜこのような結論となったのか…。以下、詳しく解説する。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
会社は、銑鉄鋳物(せんてついもの:鉄と炭素を多く含む合金である「銑鉄」を型に流し込んで固めたもの)の製造および加工販売などを行っており、自動車のエンジン部品の製造に必要なプランジャーチップ(金型に流し込んだアルミを押し付けるための部品)などを製作している。
Aさんはその製作などを行う機械工として採用された。
プランジャーチップは業務上、その加工品の寸法の計測が正確に行われることが必要かつ重要なものであることから、Aさんが携わる業務には【高度な正確性】が要求された。
またプランジャーチップの制作には「NC旋盤」というものが用いられており、刃物を使うNC旋盤での作業のミスは、作業者や周囲の従業員にケガをさせたり機械自体を壊す危険があるため、従業員がミスをすれば【大ケガ】につながる恐れがあった。
しかし、会社はすぐにAさんの仕事のできなさに閉口することとなる。Aさんが起こしたミスなどは以下のとおりだ(専門用語を適宜省いている)。
- 上司の指導の下、実働2日目から実際にNC旋盤での加工作業などを始めたところ、実働3日目頃にNC旋盤の操作を誤り、加工中にその材料が機械から外れるという事故を起こした(その際、上司はAさんに対し、操作を誤ると「あなたや他の従業員がケガをするかもしれない」と指導した)
- Aさんは、実働4日目または5日目頃にNC旋盤での操作を誤り、NC旋盤の刃物がプログラムと違う距離にあった材料にぶつかって負荷がかかり、機械の芯がずれ、材料が外れてNC旋盤内に衝突するという事故を起こした
- 社長と上司はAさんに対して寸法を正確に計測することの重要性について繰り返し説明、指導を受けていたものの、寸法の計測ミスを1日に数回繰り返し、解雇時まで改善されなかった(そのため、上司を含む他の従業員は、Aさんが計測した材料について、改めて計測し直すという対応をした)
- Aさんは、社長や上司からの注意や指導に対し、うなずいたり、小声で返事をしたりする程度の反応を見せるにとどまった
実働10日目、社長はAさんに対して「計測ミスが多く、なかなか改善されない」「NC旋盤での大きな事故を2回起こしており、今後、 あなた自身や従業員がケガをしたり、機械を破損したりする大きな事故が起きてからでは遅い」などと説明して解雇を言い渡した。
後日、会社からAさんに対して交付された退職証明書には以下の記載があった(判決文より引用)。
〈1. 履歴書及び面接にて、NC旋盤は2年ぐらい経験が有り、又、計測器もノギス等実績があるとの事で採用しましたが、実際は、指導担当が付きっきりで指導しなくてはならない事が多く、経験が浅いと判断しました〉
〈2. 指示の内容が、誤認されることが多く、製品加工の指示が伝わらない、それにより機械のトラブルを招いたこと等、指示事項に対する判断・理解に欠けていると思われることが多々ありました。 製品の寸法検査も、後から指導担当は再度全数計測したり、又故意ではないかもしれませんが、違う寸法の素材をチャッキングして加工機のトラブルを招いたりしました。加工機の修正に半日を要した事もありました〉
〈以上の事から、弊社機械加工には適していないと判断、試用期間2週間ではありますが、機械で作業をしていますので、重大事故に繋がったり、万が一、怪我をするような事が有ってからでは遅いと思い解雇する事と致しました〉
Aさんは解雇に納得できず提訴した。
裁判所の判断
結果はAさんの敗訴だ。試用期間中とはいえ、解雇が認められるケースは少ないのだが、本件ではOKとなった。
■ 法律マメ知識
「試用期間中」という言葉からは“お試し”的なニュアンスが感じられるが、簡単には解雇できない。最高裁は、試用期間の法的性質について、雇用者の「解約権」を留保した雇用契約であり、試用期間中の解雇の自由は通常の解雇よりも広く認められるとしながらも、「解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認され得る場合」に限り認められると判示した(三菱樹脂事件:最高裁 S48.12.12)。
裁判所は今回、上記判例の基準を前提として、おおむね以下のとおり認定している。
- 会社は、Aさんに対し、寸法計測の重要性やNC旋盤の危険性を説明・指導しており、Aさんもそのことを理解し得たといえる
- NC旋盤での具体的な作業は単純なものであり、Aさんは、その職歴において、NC旋盤での作業の経験を有しており、上司の前では適切に使用できていたのであるから、ミスの改善に困難な事情はなかった
- それにもかかわらず、Aさんは、実働3日目頃以降、社長や上司から注意指導を繰り返し受けていながら、NC旋盤での加工作業におけるミス(2度目のミスは、機械の芯をずらしてしまうほどの事故につながっている)や寸法の計測ミスを繰り返しており、寸法の計測ミスについては本件解雇時まで改善されていない
このような事実から裁判所は、「Aさんは、会社の業務に関する資質や適格性等を欠いており、実働日数10日間で本件解雇がされたという事情を踏まえても、本件解雇は本件契約の解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当」と判断した。
最後に
裁判所は通常、試用期間中の解雇には慎重な姿勢をとっている。
だが本件では、
- 現場での危険な操作ミスが複数回あった
- 精密な寸法計測ミスが繰り返され、改善されなかった
- 上司の注意・指導にも反応が乏しく、改善の兆しが見られなかった
といった事情が丁寧に認定され、裁判所は「解雇はやむを得ない」と判断した。
今回の裁判は、「どこまでの事情があれば、試用期間中でも解雇が有効になるのか」を考えるうえで、非常に参考になるのではないだろうか。
取材協力弁護士
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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