日本製鉄によるUSスチールの買収計画をめぐっては、バイデン前大統領がことし1月、国家安全保障上の懸念を理由に禁止命令を出しました。
しかしトランプ大統領はことし4月、政府のCFIUS=対米外国投資委員会に再び審査するよう指示しました。
USスチール買収計画 “承認” 日本製鉄 完全子会社化実現へ
日本製鉄によるUSスチールの買収計画をめぐって、アメリカのトランプ大統領は13日、大統領令に署名し、国家安全保障協定を締結すれば買収計画を承認するという判断を示しました。
日本製鉄はトランプ大統領が両社のパートナーシップを承認したと発表し、買収計画は承認され、完全子会社化が実現するとしています。
“約1兆6000億円投資” 米政府が「黄金株」

トランプ大統領はCFIUSの審査結果を踏まえ、13日、日本製鉄によるUSスチールの買収を禁止するバイデン前政権の大統領令を修正する大統領令に署名しました。
そのうえで「アメリカの財務省などと国家安全保障協定を締結し、締結したあとも協定を順守し続ける場合をのぞき、買収計画を禁止する」として、国家安全保障協定を締結すれば買収計画を承認するという判断を示しました。
これを受けて日本製鉄とUSスチールは、アメリカ政府との間で国家安全保障協定を締結したうえで、トランプ大統領が両社のパートナーシップを承認したと発表しました。
日本製鉄はこれによってUSスチールの普通株を100%取得するという買収計画が承認され、完全子会社化が実現するとしています。
両社が発表した協定では、日本製鉄が2028年までにおよそ110億ドル、日本円で1兆6000億円を投資することが盛り込まれています。
一方、協定ではアメリカ政府がUSスチールの経営の重要事項について拒否権を行使できる特殊な株式「黄金株」を持つことが盛り込まれているということです。
今回発表した大統領令では、国家安全保障上、必要であれば大統領は両社にさらなる命令を出す権限を持つと記されています。
トランプ大統領はこれまで繰り返しUSスチールがアメリカ企業であり続けるべきだと主張してきました。
日本製鉄による巨額の投資に加えて、アメリカ政府が重要事項に影響力を行使できると確認されたことで、トランプ大統領としては買収計画の承認に傾いたものとみられています。
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専門家「将来の展望 大統領に示せたことが理解に」

USスチールの投資計画が承認されたことを日本製鉄が明らかにしたことについて、アメリカ政府の政策に詳しい丸紅経済研究所の今村卓社長は「トランプ氏は自身の支持層、あるいはアメリカの製造業や労働者階級の復権に対し、どれだけ貢献してくれるのかで評価したと思う。投資計画をしっかり実現し、USスチールの生産設備が最新のものになれば、アメリカ国内で強力な鉄鋼メーカーに生まれ変わる。さらに雇用を増やすなど、将来の展望が描いて大統領に示せたことが理解につながったと思う」としています。
一方、黄金株の発行を含めた国家安全保障協定がUSスチールの経営に与える影響について「鉄鋼需要が低下した際、生産規模の縮小や撤退という判断が必要になった局面で、政治的な理由で判断できなくなる懸念はある」と指摘した一方で「データセンターの建設など、今後の鉄鋼需要を見ると高品質な鉄鋼製品が必要で、アメリカで需要が傾く可能性が非常に低いため、日本製鉄も受け入れる判断をしたのではないか。さらにUSスチールが強力になれば政治的な影響力を持ち、むしろ支援を求めることもできる」としています。
そのうえで、今回の承認が日本企業へ与える影響について「現地にしっかりとお金と人を投じて雇用を作り、その収益を日米で分かち合っていく。これまでに浸透してきた投資モデルだが、改めて大事だと示された」としています。
【記者解説】“逆転勝利” 一方で課題も
Q.一度は退けられた買収計画が一転して認められる異例の展開だが、この結果をどう見る
A.“逆転勝利”と言える結果だと思います。
幹部の1人は「やっと念願がかなった。巨額投資と雇用創出を訴えた成果だ」と話しています。
その投資ですが、会社はバイデン政権の時には、およそ3900億円としていた投資計画をトランプ大統領になって一気に引き上げました。
ことし2月にトランプ大統領が「買収ではなく、多額の投資」と発言したことを受けて、水面下で数兆円規模の巨額の追加投資を提案したのです。
そして会社は14日、当初の4倍を超える1兆6000億円の投資を発表しました。
製造業復活を目指すトランプ大統領の方針と合致した提案が勝因の1つです。
一方で課題もあります。
会社は巨額の追加投資に加えて、アメリカ政府と国家安全保障協定を結んで、USスチールの経営への一定の関与を認めました。
経営の自由度を確保しながら、会社の狙いどおりに巨額の投資に見あう収益を上げていけるかが今後の焦点です。
Q.まさに来週からG7サミットというタイミングで進展したことになるが、日米の関税交渉に影響はあるか
A.日本政府は日米交渉の後押しにしたいと考えています。
交渉では日本側がアメリカへの貢献として、どれだけの投資計画を示せるかも焦点でそのモデルケースになるとも言えます。
来週のG7サミットにあわせて日米首脳会談が予定される中、日本政府はこうした投資がアメリカ経済にメリットをもたらすと強く訴える見通しです。
その思惑どおり、関税交渉にもプラスの効果をもたらすのか、注目されます。
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トランプ大統領 パートナーシップ承認の背景は
トランプ大統領が両社のパートナーシップを承認した理由は
▽政権が重要課題とする巨額の投資を呼び込むこと、そして▽アメリカ政府が実質的にUSスチールの支配権を握ること、この両方を実現できるという確証が得られたためだとみられています。
トランプ大統領はこれまで愛国心から「完全にアメリカ企業であり続けるべきだ」とか「USスチールは世界一の企業だった。それを他国に買わせるつもりはない」などと述べ、株式の過半数を保有する形での買収は認めない姿勢を繰り返し示してきました。
しかし関係者によりますと両社からの要請に加えて側近のラトニック商務長官、それにUSスチールの地元・ペンシルベニア州選出で与党・共和党のマコーミック上院議員から巨額の投資を呼び込む買収計画は雇用の維持、増加にもつながると説得され、考え直すようになったといいます。
日本製鉄による買収計画を承認しつつ、アメリカ企業であり続けるという矛盾した課題を解決する切り札となったのが「黄金株」です。
「黄金株」は経営の重要事項について拒否権を行使できる特殊な株式です。
トランプ大統領としては、アメリカ政府が「黄金株」を取得することでアメリカ政府の意向に沿わない経営判断を拒否することができ、アメリカ国民にも実質的に経営の支配権を持つとアピールできる点を評価したものとみられます。
買収計画をめぐっては、民主党の支持基盤である労働組合が一貫して反対してきました。
関係者の間では、史上最も労働組合を大切にする大統領だと自負してきたバイデン前大統領のもとでは買収の承認は「ノーチャンス」とも言われ、極めて困難とみられてきました。
一方、もともとビジネスマンのトランプ大統領が、自身にとってもアメリカにとってもプラスとなる成果を、得意とするディールによって十分引き出すことができると判断した形です。
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決め手は「巨額投資」と「雇用創出効果」

USスチールの買収計画が承認された決め手の1つと考えられるのが、日本製鉄が打ち出した巨額投資と雇用創出の効果です。
USスチールの買収計画に対し、バイデン前大統領は禁止命令を出しましたが、国内の製造業の復活を目指すトランプ大統領の就任が大きな転機となりました。
ことし2月、日米首脳会談を受けてアメリカのトランプ大統領は「買収ではなく、多額の投資を行うことで合意した」と述べ、日本製鉄の幹部と協議する考えを示しました。
このため会社はさらなる投資の上積みで買収が実現できる可能性があるとみて、アメリカ側への働きかけを強め、買収計画の再審査へとつなげました。
さらに水面下の交渉では、買収が実現したあとの投資について、それまで示していた27億ドル、日本円でおよそ3900億円を大きく上回る、数兆円規模の巨額の投資を行う方針を伝えていました。
そしてこの投資によって質の高い鉄鋼製品が製造できるようになり、トランプ大統領が目指すアメリカの製造業の強化にもつながると訴えたのです。

先月30日にはトランプ大統領がUSスチールの製鉄所で開かれた集会で演説しました。
この中で「日本製鉄は今後140億ドルを投資すると約束した。ペンシルベニア州で史上最大の投資であり、鉄鋼産業史上最大の投資になる」と述べ、自身の成果であることを強調するとともに少なくとも7万人の雇用創出につながるとアピールしました。
この日、買収計画の承認表明はなかったものの、トランプ大統領は今月13日、バイデン前政権が出した買収禁止の大統領令を修正する大統領令に署名しました。
バイデン前政権のもとで、一度は実現が極めて厳しい状況となった買収計画は、トランプ大統領が前大統領の決定を覆すという異例の展開で決着することになりました。
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なぜUSスチール買収目指す

「USスチール」は実業家で「鉄鋼王」と呼ばれたアンドリュー・カーネギーらが1901年に創業し、その歴史から幅広い顧客基盤を持つ名門企業です。
トランプ大統領も「偉大な企業」と呼ぶなど、その社名の通り、今でもアメリカの製造業を象徴する企業とされています。
USスチールは高炉と最新鋭の電炉をあわせ持ち、自動車向けの鉄鋼製品などを手がけています。
高炉で使われる原料の鉄鉱石は、自社で保有する鉱山から調達できます。

経営が悪化しているUSスチールが買い手となる企業を探していたことから、日本製鉄はアメリカ市場で販売を拡大する千載一遇のチャンスと捉えて買収に乗り出しました。
日本国内での需要拡大が期待できない中、日本製鉄は成長が期待できるインドと東南アジア、それに先進国最大の市場のアメリカの3つの地域を重視しています。
とりわけアメリカは会社が強みを持つ高級製品の需要が期待できる上、人口の増加などを背景に安定的な成長を見込めるとしています。
さらにアメリカの関税政策によって中国から流入する鉄鋼製品も限られるため、収益を確保できると見込んでいます。
世界鉄鋼協会のまとめによりますと、去年1年間の粗鋼生産量のランキングでは、日本製鉄が4364万トンで世界4位、USスチールは1418万トンで29位となっていて、買収が実現した場合には両社の生産量を単純に合計すると世界3位の中国メーカーに迫る規模になります。
粗鋼生産能力を1億トンにする目標を掲げている日本製鉄にとって、アメリカでの事業拡大は戦略上欠かせなくなっています。
「黄金株」とは

「黄金株」は「拒否権付株式」とも言われ、株主総会や取締役会で人事案などの重要な議案を否決できる権利を与えられた特殊な株式です。
今回、買収の条件としてアメリカ政府が黄金株を持つことで、USスチールの経営に関する重要事項について、実質的にアメリカ政府の承認が必要となります。
買収計画をめぐって、トランプ大統領は先月25日、記者団に対して「アメリカによって支配されることになるだろう」と述べるなど、アメリカ側が影響力を残すことを示唆していました。
日本製鉄の目指すUSスチールの完全子会社化にトランプ大統領が一貫して否定的な姿勢を示す中、買収を実現させたい日本製鉄が条件面で一定の譲歩をせざるを得ないと判断したものとみられます。
日本国内では資源開発会社「INPEX」の黄金株を経済産業省が保有しています。
外資系企業からの買収などエネルギーの安定供給を損なうおそれのある重要事項に対して拒否権を持つということです。
ホワイトハウス「トランプ大統領は約束果たした」
アメリカのメディア、ブルームバーグによりますと、ホワイトハウスは13日、「トランプ大統領はアメリカの鉄鋼業と雇用を守ると約束し、それを果たした」とコメントしています。
そのうえで、「きょうの大統領令は、USスチールが偉大なるペンシルベニア州にとどまり、アメリカの国家と経済の安全保障の重要な要素として保護されることを確約するものだ」としています。
全米鉄鋼労働組合「コメントできない」
USW=全米鉄鋼労働組合は「国家安全保障協定の詳細を見ないかぎり、コメントできない」としています。
USWは日本製鉄によるUSスチールの買収計画に対して一貫して反対の姿勢を示しています。
武藤経産相「米国政府の決定を歓迎」
武藤経済産業大臣は日本製鉄によるUSスチールの投資計画をアメリカのトランプ大統領が正式に承認したことについてコメントを発表しました。
このなかで「日本製鉄はこの投資案件について、日米の鉄鋼企業が先端技術を融合し国際競争力を高めるとともに、米国内での良質な鉄鋼の生産能力や雇用を維持・拡大することに貢献すると説明してきたと承知している。日本政府としても、この投資が日米の鉄鋼産業が新たなイノベーションを生み出す力を強化し、日米間の緊密なパートナーシップの強化につながると考えており、今回の米国政府の決定を歓迎する」としています。
日本の政権幹部 政府関係者の反応は
「大変喜ばしい 『黄金株』影響力引き続き注視を」
石破政権幹部「厳しい状況に追い込まれていたが、買収計画の見通しがたったことは大変喜ばしいことだ。一方で、国家安全保障協定の締結やアメリカ政府が『黄金株』を持つことについては、アメリカ側が今後、どのような形で影響力を行使してくるかわからず、引き続き注視していく必要がある」
「関税措置めぐる日米交渉にも間違いなくプラス」
石破政権幹部「アメリカの関税措置をめぐる日米交渉にも間違いなくプラスになる明るい話だ。こうした投資の拡大がアメリカ経済に貢献していることをG7サミットで行われる日米首脳会談でも粘り強く訴え、一定の合意に結びつけたい」
「首脳会談きっかけに新たな形での交渉進んだ結果」
政府関係者「ことし2月の石破総理大臣とトランプ大統領の首脳会談で、日本のアメリカへの投資でありウィンウィンなものになるという認識を共有したことをきっかけに、新たな形での交渉が進んだ結果だ。日本側が関税交渉でも提案している投資の拡大の典型的な例になると捉えている」
「G7サミットにあわせた日米首脳会談の成果につながること期待」
政府関係者「買収計画は、日本の企業によるアメリカでの投資であり、製鉄分野での協力でもあるのでアメリカの関税措置を受けた日米交渉と関係している。G7サミットにあわせた日米首脳会談の成果につながることを期待したい」
【これまでの経緯は】
▽政治的論争の的に
この買収計画はおととし12月の発表以降、政治的な論争の的となってきました。
トランプ氏は去年1月末「ひどい話だ。私なら即座に阻止する。絶対にだ」と述べ、大統領に再び就任した場合には、買収を認めない考えを明らかにしました。
このおよそ1か月半後、去年3月に今度はバイデン前大統領が買収に否定的な考えを示します。
さらにバイデン氏は去年4月に東部ペンシルベニア州ピッツバーグにあるUSW=全米鉄鋼労働組合の本部を訪れて演説を行い、USスチールは1世紀以上、アメリカの象徴的な企業だとした上で「完全にアメリカ企業であり続けるべきだ。アメリカ人によって所有され、世界で最も優秀な鉄鋼労働組合の組合員によって操業される企業であり続けることを約束する」と述べました。
続いて民主党の大統領候補となったハリス前副大統領も、USスチールはアメリカ国内で所有されるべきだとの考えを表明しました。
鉄鋼業界の労働組合の幹部から買収計画に反対の声が上がる中、この案件について安全保障上のリスクに関する審査を行ったのがアメリカ政府のCFIUS=対米外国投資委員会です。
委員会は去年12月、全会一致に至らず、バイデン前大統領に判断が委ねられることになりました。
▽バイデン前大統領が禁止命令
そしてバイデン氏はことし1月、国家安全保障上の懸念を理由に計画に対する禁止命令を出しました。
その後、就任したトランプ大統領はことし2月、石破総理大臣との首脳会談を行いました。
会談のあとの記者会見でトランプ大統領はUSスチールについて「われわれにとってとても重要な会社だ。私たちは会社がなくなってしまうのを見たくなかったし、実際にそうなることはないだろう。買収は印象としてよくない」と述べました。
▽トランプ大統領「USスチール所有ではなく多額の投資で合意」
その上で「彼らはUSスチールを所有するのではなく、多額の投資をすることで合意した」と述べました。
ただその後、記者団に対し日本製鉄によるUSスチールの株式の保有について問われ「誰もUSスチールの株式の過半数を持つことはできない」と述べて、株式の過半数を保有する形での買収は認めない姿勢を示しました。
▽CFIUSに再審査指示
そしてトランプ大統領はことし4月、CFIUSに対し再び審査を実施するよう指示する文書に署名。
異例の再審査によって買収が認められる可能性が高まったという見方も出ましたが、トランプ大統領は記者団に対し「日本のことは好きだが、愛されてきたUSスチールの外国企業による買収となると、私にとって認めることは難しい」と述べるなど、日本製鉄が子会社化する形での買収の承認には否定的な考えを改めて示しました。
そして、先月22日、ロイター通信は、CFIUSのメンバーの多くが安全保障上のリスクは軽減策をとることで対処が可能だという見解を示し、トランプ大統領に報告したと報じました。
▽両社のパートナーシップ承認意向示す
23日にはトランプ大統領がSNSに「熟慮と交渉を重ねた結果、USスチールがアメリカに残り、本社も偉大な都市ピッツバーグにとどまると発表できることを誇りに思う。これはUSスチールと日本製鉄の間で計画されたパートナーシップだ」などと投稿しました。
両社のパートナーシップを承認する意向を示す一方、その詳細については明らかにしませんでした。
30日にはトランプ大統領がペンシルベニア州ピッツバーグの郊外にあるUSスチールの製鉄所の集会で演説し「われわれはすばらしいパートナーを得ることになる」と述べる一方、「最も重要なことはUSスチールがアメリカにコントロールされ続けるということだ」と述べ、アメリカ企業であり続けることが重要だという認識を示しました。
▽ 「黄金株」米政府取得の認識示す
トランプ大統領は今月12日、ホワイトハウスで「私たちは黄金株を持ち、大統領が管理する」と述べ、USスチールの取締役の選任や解任など、経営の重要事項について拒否権を行使できる特殊な株式「黄金株」をアメリカ政府が取得するとの認識を示していました。