Lifehacker 2025年5月27日掲載の記事より転載
iPhoneの「Siri」は近いうちに、AIが搭載されて大きくパワーアップするだろう……と期待している人は多いはず。
実際Appleは、2024年6月に開催された前回の開発者会議WWDCで、Siriの進化を大々的にアピールしており「ChatGPTのように機能するSiri」をコマーシャルやマーケティング資料でその姿を披露していました。
ところが、それから1年近く過ぎたいまでも新生Siriは誕生しておらず、実際には、当分見込めそうにありません。なんなら、どのくらい待つことになるのかは、誰もわかりません。
Appleが6月9日から開催されるWWDC 2025で「AIを搭載した新生Siri」を発表しないことは確かでしょう。
迷走するAppleのAI開発
Bloombergの記事では、AppleのAI部門がいかに混乱しているのかについて紹介されていました。
Appleで何が起きているのか、そして、それがAI搭載型Siriとどう関係しているのかについてざっくり説明します。
AIへの認識の遅れと急転換
Appleの経営幹部は以前、ソフトウェア・エンジニアリング担当上級副社長のクレイグ・フェデリギ氏を含めて、AIは投資に値する技術だとは考えていませんでした。
また、AI開発のために同社の中核事業であるソフトウェア・コンポーネント向けのリソースを割くことにも消極的だったんです。
ところがフェデリギ氏は、2022年11月末にリリースされたChatGPTを実際に使ってみて、その考えを180度転換させたそう。
フェデリギ氏と同社経営幹部は、大手AI企業と接触し、積極的に情報収集を開始。2024年9月リリースのiOS 18には「できる限り多くのAI機能を盛り込む」ことを強く指示したのです。
開発の遅れが露呈した深刻な問題
Appleには、ChatGPTの登場による社内の混乱が起こる以前から、AI部門が存在していました。
ただし、Appleのエンジニアが手掛けたAIの品質や精度は、Appleよりずっと前から生成AIの開発に取り組んでいたOpenAIやAnthropic、Googleなどのツールには到底及ばないものだったんです。
この開発の遅れが、主に2つの問題点を引き起こしました。
1つ目は、Appleが世に送り出したAI機能の多くがまだ不完全だったという点です。
その一例としてよく知られているのが、Apple Intelligenceの通知要約機能が重大な誤りを犯した事例です。
Apple IntelligenceがBBCニュースの「要約」として「医療保険会社ユナイテッド・ヘルスのブライアン・トンプソンCEOを射殺した容疑者ルイジ・マンジョーネが銃で自殺した」という通知を生成しました。
ところが実際には、BBCはそのようなニュースを発信していなかったのです。
BBCはこれについてAppleに苦情を申し立てています。なお、Appleは2025年1月、このニュース通知の要約機能を停止しました。
AI開発の遅れが招いた2つ目の事態は、Appleが自社独自の技術でApple Intelligenceを支えることができないため、一部のAI関連技術をほかのAI企業に外部委託せざるを得なくなったという点です。
どの会社と手を組むべきかという点を巡ってはかなりの議論があり、Appleは最終的にChatGPTを選びました。
現在のiPhoneにChatGPTが搭載されているのは、こうした事情があるのです。
AI開発への注力が遅れたため、AppleはGPUの獲得競争に乗り遅れました。
さらに同社は、ユーザーデータに関して厳格なプライバシーポリシーを掲げているため、自社AIモデルの学習に利用できるデータが非常に制限されています。
Siriはなぜアップデートされないのか
Appleは、一部のAI機能については、実用レベルまで開発を進めましたが、そのなかにSiriは含まれていませんでした。
Siriの複雑な内部構造
SiriにAIを搭載するために、AppleはSiriの「頭脳」を2つに分割して二重構造にする必要があったんです。
1つは既存のコード用で、タイマーを設定したり電話をかけたりなど、従来のSiriのタスクを実行します。そして、もう1つがAI処理用です。
AI側の頭脳は単体では機能するものの、もう片方のSiriの頭脳に統合するとなると問題が生じていました。これが開発遅延の主な原因となったんです。
未完成のまま行われたプロモーション
ところが、Appleは問題が解決するまで待とうとしませんでした。
AIを搭載したSiriが実際に確実に動作するという段階に達する前に、早期に大々的なプロモーションを行ってしまったのです。
2024年6月のWWDC 2024で公開された録画済みのデモ動画では、Siriは複雑なリクエストに応じて、的確な答えを生成していました。
そして、Siriがより的確な答えを導き出すためには、あらかじめ記憶しているユーザーの情報と、その時まさにiPhoneの画面に表示されていた内容の両方を参照する必要があったんです。
Apple従業員が、母親の旅行日程についてSiriに尋ねるデモンストレーションが典型例と言えるでしょう。Siriは、その従業員が旅行計画を立てるために母親と交わしたメッセージを丹念に確認していました。
Appleはまた、AIを搭載したSiriの先進性をアピールするために、大人気ファンタジードラマシリーズ『THE LAST OF US』で主人公の1人を演じたベラ・ラムジーを採用。
その広告動画のなかで、ラムジーはパーティーに行って知り合いを見かけますが、名前を思い出せません。
そこで、iPhoneを取り出して「カフェで2カ月くらい前に打ち合わせをしたときに会った男の人の名前は何?」とSiriに尋ねます。
Siriはすかさず、カレンダーにあった予定を調べて、ラムジーの知り合いの名前を答えました。
ラムジーはSiriに、ミーティングの正確な日付を伝える必要はありませんでしたし、どこから情報を引き出すべきか指示する必要もありませんでした。
AIを搭載したSiriは、状況を推察して、漠然とした質問でも理解できるということを示唆していたんです。
度重なるリリース延期と深刻なバグ
Appleはそれ以降、iOS 18のアップデートに伴ってAI機能を段階的に提供していますが、AIを搭載したSiriはそこに含まれていません。
報道によると、Appleのエンジニアチームは、AIを搭載したSiriを安定して動作させることができない状態だそう。
一時はiOS 18.4でリリースされるのではないかと考えられていました。Bloombergの記事で述べられているように、その予定だったのです。
しかし、どうやら、iOS 18.4ベータ版では、AI搭載版のSiriが期待通りに機能しなかったそう。
AIを搭載したSiriの大型アップデートは再び持ち越され、いまでは「無期限」の延期となっています。
そのため、6月のWWDC 2025でiOS 19が発表されるのに併せて、Siriの新機能が披露される予定もないと考えられているようです。
目標は、iOS 19がアップデートを重ねていくどこかのタイミングで、AI搭載版のSiriをリリースする……ことですが状況は深刻なようです。
報じられたところによると、大半のAI搭載のSiriの機能は正常に機能しないようですし、Siriの大きなバグを1つ修正するたびに「新たなバグが3つ現れる」のだそう。
新体制での再開発と将来への展望
また情報筋によると、AppleのAI部門はスイスのチューリッヒで、新たにLLM(大規模言語モデル)を基盤とするSiriの開発に取り組んでおり、これにより現行の二重構造のSiriを刷新する計画のようです。
Siriの開発を率いるリーダーも変更となり、2025年3月にはジャナンドリア氏に代わって、マイク・ロックウェル氏(Vision Proの開発責任者だった人物)が責任者になりました。
Appleには、社内のみで使用しているAIチャットボットがある……ということは、2023年夏頃から報道されています。
一部の情報筋からは、そのレベルはいまやChatGPTに匹敵するまでになり、それがSiriに統合されれば有用なものとなりうるとの噂も。
Siriの長期的な未来については、控えめながらも楽観視できる理由があります。とはいえ、2024年は散々な状況だったことは否定できません。
Siriの次なる大きな進歩を心待ちにしているなら、当面はあまり期待しないほうが良いでしょう。
著者:Jake Peterson - Lifehacker US
翻訳:遠藤康子(ガリレオ)
Image: PixieMe / Shutterstock.com
Source: Bloomberg, Youtube